マオ怒りの一撃により、ヴォルガンを店の壁ごとぶっ飛ばし、店と外との隔たりが完全に無くなった。
「マオ……ッ!?」
「ごめん、おばあ様。アタシはもうあれ以上の悪口我慢できない。……それにヴォルガンのやつ、元々武器を無理矢理奪うつもりだったみたいだよ」
無刀【残影】の勢いのまま外に出たマオは店の周りをぐるりと指を差す。
するとそこにはズラリと立ち並ぶ影の牙メンバー達。
つまり大人数で強行突破する前提で事を運んでいたということになる。
「……マオ、だったか。ずいぶん腕を磨いたようだな」
マオの技を食らって大きく飛ばされたヴォルガンだったが、何食わぬ顔でゆっくりと歩み寄ってきた。
とはいえ胸元には無刀を受けた時の傷がザックリと入っているため、全く効いていないということもないようだ。
「今日この時まで、お前を殺すために磨いてきた力だからな。死ね、ヴォルガンッ!」
マオはそう吐き捨て、再び無刀でヴォルガンへ迫る。
スムーズな足運びに死角への潜り込み、完璧な流れで技に入った。
見事命中――
そんな刹那、マオの放った無刀をヴォルガンは素手で鷲掴んだ。
「く……っ!」
「一撃目は……わざと受けたに決まってんだろっ!」
ヴォルガンはそのままマオを掴んだ腕ごとぶん回し、店の中へ放り投げた。
「マオ……ッ!」
イオナは急いで中のマオへ駆け寄った。
「おばあ様、まだ……アイツを殺すまで、は」
「マオ、この人数じゃ勝ち目がない。今は一旦逃げるよ」
現実的に考えて、この人数差で戦えば、間違いなく2人共死ぬ。
そう思ったイオナはマオの行動を止めにかかる。
「……おばあ様は、先に逃げてて」
しかし彼女の瞳からは、一切の諦めを感じない。
死んでも目的を果たす、そんな強い眼差しだった。
そしてマオの手には1本の剣。
近くにあった武器を拾ってのであろう。
早く彼女を止めないと。
そう思ったイオナの脳裏にはヴォルガンへの復讐を心から望んでいたマオの姿。
もしかすると、ここで復讐を果たすべく行動することだけでも、彼女の復讐心を半分くらいは晴らすことができるんじゃないか。
このままで生き延びるよりもマオにとっては幸せなのかもしれない。
そんな考えがイオナの中でよぎる。
そのたった一瞬の隙は、彼女をここへ留めるチャンスを完全に見失わせた。
マオは手に持つ剣と共にヴォルガンの元へ向かってしまったのだ。
「ハァァァァ――ッ! 死ねっ!」
「ガハハッ! お前らは絶対に手ェ出すなよっ!」
本気の殺意を向けるマオに対し、愉しげに立ち向かうヴォルガン。
遊びのつもりなのか仲間の手出しを一切せぬよう命じ、さらにそれだけでなく、
マオは力の限りに何度も剣を振るっているが、容易に躱わされ続ける。
怒りの感情に支配されて、普段の力が発揮できていない様子。
それを見たヴォルガンは思わず吹き出した。
「……ふっ! お前、そんな俺が憎いかよっ!!!」
と同時に周りの仲間もドッと笑い出す。
完全におもちゃ扱いだ。
それでもマオは一心に剣を振っている。
そんなマオの姿に、イオナはあることを思い出す。
今日したエリアスとの話の内容だ。
そしてイオナは思わずため息が漏れた。
「……いつから私はつまらない大人になっちまったんだろうね」
そう、英雄の話だ。
あれだけ説教垂れたことを言っておいて、自分が1番保守的な考えをしていた。
英雄としての生き方に憧れていたはずなのに、気づけばこんなに遠いところにいるなんて。
大人の私が見本にならなくちゃいけないのにね。
一体今まで何やってたんだろうか。
「あああぁぁぁあああっ!!!」
喚き散らすヴォルガン、ヤツの足元に転がる左腕。
満足気に目を見開くマオの姿が今起きた全てを物語っていた。
「はぁ……はぁ……、氣をコントロールして、わざと剣速を下げていたのにも気づかないなんてマヌケだな」
息を切らしながらも、満足げにそう語る。
どうやらマオは、エリアスがイオナと初めて戦った時に行った氣のコントロールによる剣速を行ったようだ。
あれは緩急を利用した剣撃で、初見だとイオナですら反応できなかったほど。
ここでそれを使うとは、さすがエリアスの右腕を名乗るだけはある。
……だがマズイかもしれない。
ヴォルガンを1番よく知るイオナは経験上この先起こることを最悪の想定をした。
「……く、そ、ガキィッっ!!」
ヴォルガンは今までに見せなかったほど速い動きでマオに迫り、彼女の胴体を左手のみで掴みあげる。
普段のヤツにはそんなことできない。
そんな異質な力を引き出したのは、今のヴォルガンが怒りにより真の力を発揮したから。
体は一回りほど大きく全身は白い毛に包まれて、顔はさながら狼男。
獣族の中でも一部のものにしか扱えない。
生まれ持った才能と強靭な肉体が必要なそれは、血狼騎士団副団長として確かな実力を身につけたイオナにすら会得できなかったもの。
「ウォォォ――ッ!!」
重く響く雄叫びをあげる完全獣化のヴォルガン、単純な戦闘能力でいうとS級冒険者に匹敵するほど。
ヴォルガンはそのままの勢いで、マオを地面に叩きつける。
ドカンッ――
「カハ……ッ!」
その場の地面が凹むほどの大威力。
マオは完全に気を失っている。
まさに悪逆非道。
気絶したマオを殺さんと最後の一撃を拳に乗せて叩き込む。
「……死んで詫びろぉ――っ!」
ガキンッ――
振り下ろした拳は頑丈な装甲によって弾かれた。
「マオ、遅れてすまない。知らぬうちにつまらない考えがこびり付いていてね。でもアンタのおかげでしっかりできたよ、死ぬ覚悟も殺す覚悟もっ!」
マオを殺すべく放たれたヴォルガンの拳は、イオナを右腕に収まったガントレットにより強く弾かれたのだった。
「ババアッ! お前はいつも俺の邪魔を……っ!」
「息子が道を違えたら、正してやるのが親の役目さ」
「ふん、今更母親ヅラか」
「あぁ。遅くなったが、母親の務めを果たしにきたよ。ヴォルガン、私は親として、責任もってお前を殺すっ!」
「……そうか、そんなに死にてぇか。お前らっ! 手筈通り、今日島を出る。今のうちにこの島の金品や金になりそうなガキを攫っとけ!」
ヴォルガンの命令に対して、即刻従う部下達。
「させないよっ!」
街へ向かうヤツらを止めるべくイオナは体を動かすが、完全獣化のヴォルガンがすかさず行く手を阻んでくる。
「お前は俺を殺すんじゃなかったのか?」
ヤツの背丈は2メートル超、ニタリと口角を引き上げ、イオナを高みから見下している。
街の人々を陰の牙から守りたい彼女だったが、今のヴォルガンを相手しつつできるようなことではない。
それを直感で感じたイオナは幸か不幸か、自らの息子と対峙する以外の選択肢が完全に排除されたのだった。
「一瞬でお前を殺し、街も救う」
「おもしれぇ。やれるもんならやってみろ。さぁ始めようぜ、親子同士の殺し合いをよぉっ!」
◇
ちょうどその頃クウリに乗ったエリアスは、ちょうどダストエンドに到着したところだった。
「ありがとな、クウリ。お前のおかげでかなり時間を短縮できた」
クウリのゴツゴツした頭を撫でてやると、名前の通りクゥンと鳴き上機嫌になる。
「じゃあ、俺行ってくるな」
「クゥン! クゥン!」
すると激しくクウリが鳴き始めた。
「……え?」
「クゥン! クゥン!」
「……えっと、街にヤツらがたくさんいるって? そりゃどっちの方向だ?」
「クゥン! クゥン!」
「え、私についてこいって? わかったよクウリ、案内してくれ!」
「クゥン!」
クウリはタッタッと駆け出した。
俺はその後に続く。
ちなみにこうやって会話が成り立つようになったのはついさっき。
移動中、常時クウリの肌に触れてる内に、氣の流れや纏った魔力からなんとなく何が言いたいのか分かってしまったのだ。
クウリについて行けば、間違いなくイオナの婆さんへ近づけるはず。
婆さんもだが、一緒にいるマオも心配だ。
手を出してないといいが。
……2人とも無事でいてくれよ。