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第41話 イオナ武器商店にて


 イオナ武器商店――


「マオ、本当に付いていかなくてよかったのか?」


 受付カウンターで腰をかけているイオナは無心に店の床を掃き掃除しているマオへそう問いかける。


「うん」


 心ここに在らずと言わんばかりの空返事。

 そりゃ仲間の仇をとるという復讐心がマオをここまで強くしたといっても過言ではない。

 そんな彼女の動力源ともいえる行動原理が、エリアスの決断によってついえようとしているのだから。

 しかもマオにとってエリアスは今や絶対的信頼をおけるボスであり、日々を共にする最高の仲間。

 さぞ複雑な気持ちであろう。


「……さてどうしたものかねぇ」


 イオナはそんなマオの気持ちを全て汲み取り、それをため息として外へ吐き出した。


「アタシだって……」


 マオが口を開く。

 そして一瞬言葉を詰まらせたが深く息を吐き、再び語り出した。 


「……アタシだって復讐は何も生まないことだって知ってる。それに、みんなを傷つけない選択肢を選んだエリアス様の気持ちもよく分かる。叶うならば、それが1番だってアタシもそう思うから」


「だったらどうして……」


「アイツらは根っからの悪だから。この3年、目立った悪事はなかったけど、きっとそれには理由があると思うの。そんな時に従者の解放、食料庫の件、こんないい事が重なって、きっとエリアス様もどうすればいいか迷っているだけ。根拠は……ないけれど、アタシはアイツらをこの島から出しちゃいけない。仮に出てしまったら大変なことが起こる、アタシの本能がそう言ってる気がするの」


 マオは内に秘めた想いをそのままイオナへ伝えた。


「……そうかい」


 イオナは短い言葉で返す。

 しかしマオの考えに概ね同意のイオナ。

 話の概要はエリアスから聞いているが、どうも裏があるとしか思えない。


 とはいえヤツらに動きがない以上、これはタダの老いぼれの勘、机上の空論に過ぎないため、何もできないのが現状。


 マオの考えに脳を掻き立てられたイオナは考えを巡らせてみるも、結局思考のイタチごっこになってしまい、再び大きなため息をついた。


「邪魔するぞっ!」


 ドアの開口音と同時に、ドスのきいた男の声。

 灰色毛皮のストールに上裸、長く太い白髪、常軌を逸したガタイと身長。

 頭頂部に生えた虎の耳は、ヤツが虎獣人だという確たる証拠。

 そんな男からすると、イオナ武器商店は小さな店。

 大きな体を少し屈ませて、潜るように入ってくる。


「ヴォルガン……ッ!?」


「よぉババア。久しぶりだな」


 その会話に疑問を持ったマオがイオナへ問う。


「おばあ様、昔からヴォルガンのこと知ってるの?」


「あぁ。ちょっとね」


「おいババア、ひでぇな。血の繋がった実の息子をちょっとの知り合いとは言わねぇだろうよ」


 ヴォルガンから放たれる衝撃の事実にマオは言葉を失い、イオナは顔を歪める。


「アンタとは共にダストエンドへ送られたあの日から親子の縁を切ってるはず。今更何の用だい?」


「ははっ! 俺だって我が息子に手をかけようとした犯罪者とは話したくないさ」


 さっきから全く話についていけず、困惑しているマオはやっとの思いで間に入る。


「ちょっと待って。さっきから何の話を……それに2人の関係って……」


「その赤毛……お前はたしか、エリアスが持って帰った女か。ふん、実にいい女になった。今なら俺の女になってもいいんだぞ?」


「……殺すっ!」


「待つんだマオッ! 感情のままに戦うんじゃない。一度冷静になれ」


 今のひと言で激昂したマオは、1番手元から近い剣を握ってヴォルガンへ迫ろうとするが、イオナが前に立ちはだかって彼女の気持ちを落ち着かせようとした。


「……まぁ冗談はこの辺にしておいて、俺とババアの関係だが、そうさなぁ……国家に反逆した息子とその息子を自らの手で殺そうとした母親、そんなどうしようもない狼族の親子ってところか」


「おばあ様、それ……本当なの?」


 マオはヴォルガンから語られた言葉の真意をイオナへ確認すべく問いかけた。


「ヴォルグリア国において、身内殺しは何よりも重い罪。だからこそ当時騎士団が担っていた、反逆者であるヴォルガン捕獲任務のメンバーからは外されていたんだが、どうしても息子が許せなくてね。あの時の私はまだ若かった。怒りに身を任せちまって、気づけばヴォルガンは瀕死状態、私は騎士団団長に取り押さえられていた始末。後々この件は国議で話し合われたが、案の定私は騎士団から追放、そのままダストエンド送りだったわけさ」


「……それって、おばあ様は騎士団としての仕事をこなしただけじゃないの?」


「マオは本国へ渡ったことがないから知らないかもしれないが、ヴォルグリア国は種族や家族間の友好を重んじることが特徴の国家。だからこそ身内における争いがあれば、当然罰も重いんだよ」


 マオ自身、物心がついた頃にはダストエンドで生活していた。

 それ故、彼女は本国における法律や決まりを知らずにここまで育ったのだ。


「ババア……。話し中悪いが、こっちの時間がないもんでな。そろそろ本題だ、ここにある武器全てよこせ」


 ヴォルガンの目的に一瞬たじろぐイオナだったが、それからすぐ口を開いた。


「……ふん、ウチの大事な子供達を、お前のような奴にやれるわけないだろ」


「そんな奴を産み育てたのはどこのどいつだ? ろくに子育てもできず仕事に生きた結果、副団長止まり。ババアが強いのは認めるが、その実力があって団長になれなかったのはお前に人望がなかったからじゃないのか? どうせろくな頑張りもせず、副団長の地位で威張ってただけだろ? それにそこの赤毛の女やエリアスがここを出入りしているらしいが、ガキ共に威張り倒して楽しいかよ。エリアス達もこんな老害に付き合わされて可哀想にな。ふん、やっぱりこんな奴が造ったゴミ武器なんていらねぇわ」


 ヴォルガンは募った積年の恨みなのか、つらつらとまくし立ててきた。

 イオナは内心憤りが限界近くにまで達していたが、ここで我を忘れてしまえば昔と変わらない。

 武器を奪う気がないのであればこのまま我慢して、奴が帰るのを待とう、そう思った。


「用が済んだのならとっとと帰ってく……」


「おばあ様を、バカにするな――っ!」


 ドカンッ――


 マオは一瞬の躊躇もなく無刀【残影】でヴォルガンを吹き飛ばし、店の壁ごとぶち抜いたのだ。

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