俺とアーゼル、ラニアの3人は迎えにきた竜車へ乗り込み、食料庫とやらへ向かった。
尚、竜車には陰の牙の部下の男が1人。
操縦役兼、案内役といったところだ。
ちょうど街を離れて30分ほど。
部下の男は、今後俺達が単独でも向かえるようにその都度、方角と距離を丁寧に教えてくれている。
その説明を、アーゼルが「はい」と真面目に聞いているし、俺自身一度行った場所の行き方は忘れない。
これで場所の問題は解決だ。
しばらく走っていると、大きな倉庫のような建物が見えてきた。
「もしかしてあれが食料庫なのっ!? 大きすぎるのっ!」
「はい、そうですよ」
ラニアの驚嘆に、部下の男は丁寧に言葉を返す。
まぁ彼女が驚くのも無理はない。
なんたって人でいう500人以上は余裕で入れそうなほどの大きさなのだから。
そしてそれからあっという間に到着。
部下は外で待っているというので、俺達は食料庫の中へ入っていった。
「うわーっ! スゴい……って寒いのっ! 一体なんなのっ!?」
「さすが食料庫……冷凍保存するために、室温を極限にまで下げているんだね。しかしこれだけあれば、子供達にたくさん食べさせてあげられるよ」
アーゼルは室内の寒さにも気を取られず、食料の多さに感激している。
室内には2メートル超の棚が、縦にも横にもズラリと立ち並んでいる。
その数、正直ぱっと見じゃ数えきれないほど、30……いや50は余裕でありそう。
そして各棚ぎっしりと食べ物が置いてある。
野菜や肉、魚類などその種類は多種多様。
「いや、しょしょ食料があったのは、は、いいけど、寒すぎ、だろ〜〜」
一方の俺、入った瞬間寒さに負けて震え上がっている。
「どうぞお待ちしてましたよ皆さん」
声をかけてきたのは、おそらく陰の牙の部下であろうブラウンのコートを着た女性。
いいな、暖かそうで。
彼女はニッコリと笑み、俺達を快く受け入れてくれている。
「これ、着てください」
やはり彼女が手に持つコートは俺達用だったらしく、順に手渡してくれた。
ありがたく羽織らせてもらったところで彼女は続いて話し出す。
「ここは陰の牙専用の食料庫です。この寒さからお分かりだとは思いますが、全ての食材を冷凍保存しております。私達がこの島を去った後はあなた方の好きにお使い下さい。何か他に気になる点はありますか?」
気になる点か。
特に食材自体保存がきくようだし、俺としては特にない。
そう思っていると、隣のアーゼルが手を挙げていた。
「あの……ここの食料庫は陰の牙の方々のみが使用していたのですか?」
いや、それさっきお姉さんが言ってたじゃん。
珍しく我らが知将のアーゼルが意味のない問いを投げている。
「はい、そうですよ。それが何か?」
お姉さんは当然の如く問いに答えた。
まぁそうだよな。
説明にあったし。
「そう、ですか」
それにも関わらずアーゼルは煮え切らない返事を返した。
なんだ、何か引っかかってるのか?
「他に質問は……なさそうですね」
「……だったらおかしいの」
お姉さんが話を切り上げようとした時、ラニアは意図せずも引き止める形をとる。
「何が、でしょう?」
お姉さんが首を傾げる中、ラニアは口を開く。
「だってお前、陰の牙じゃないの。さっき専用って言っていたのに」
陰の牙じゃない?
もしかしてアーゼルが引っかかっていたのはそのことだったのか?
と思ってアーゼルに目をやると「ラニア……」と呟き頭を抱えていた。
あえて黙っていたのにベラベラと話しやがって、そう言いたげである。
「どうして……ってもしかしてまだ虎の紋がないから? あぁこれはね、私最近入団させてもらったんですよ。今日が初仕事で〜」
お姉さんは一瞬表情を曇らせるも、その後流暢にわけを話してきた。
「新入り、なの?」
「そう、そうなんですよ。紛らわしくてごめんなさいね」
「そうなの。だったら……なんで新入りがこの食料庫にいっぱいいるの? この中、陰の牙にはいなかったやつの臭いばっかりするの」
ラニアの言葉を遮るように、アーゼルは「ラニア、これ以上はもうっ!」と間に入るが、彼女の口は止まらない。
そして口を閉じた時、すでに向かいのお姉さんから笑顔が完全に消えてしまっていた。
「はぁ……。どうもここには勘の良いガキが多いらしいね」
嘆息を漏らすお姉さん。
さっきの明るさとは真逆、今の彼女は無感情。
冷えきった目をしている。
「なんだ、ここで俺達を袋叩きにするつもりか?」
「……いや、こっちは時間稼ぎさえできればいい」
彼女は俺の問いにそう返す。
「エリアス……」
呼びかけてきたアーゼルは俺達が入ってきた入口側を向いている。
そしてその先にはズラリと立ちはだかる見知らぬ大人の男女。
「なぁ、もう殺しちまった方が早くねぇか?」
発言からして、友好的にって感じじゃなさそうだ。
隣のアーゼル、ラニアも一気に警戒態勢に入る。
「そうだな。時間稼ぎっつってもなんせ相手があの血狼騎士団の元副団長様だろ? そもそも勝てるかどうか」
「いや、といっても今はただのババアらしいし、さすがにヴォルガンも負けねぇだろうよ」
入口に立ち並ぶ奴らはベラベラと愉しげに話しているが、俺はそのお重要な単語を聞き逃さなかった。
血狼騎士団……元副団長……ババア、思い当たる人物は1人しかいない。
そしてその人物をヴォルガンが狙っているときた。
「ちょっと! 内容は口止めされてなかった!?」
「あ、そうだったか? まぁ俺達に与えられた任務は時間稼ぎだけだし気にすんなよ。それさえできりゃ『陰の牙』として外へ連れ出してくれるってんだから、全くおいしい話だぜ」
仲間からの忠告も大して気にせず、次から次へと情報を漏らす1人の男。
おかげで状況が少し見えてきた。
ヴォルガンはイオナの婆さんを殺そうとしている。
つまりコイツらはそれまでの時間稼ぎ、そういうことだろう。
ならば俺達のすることは1つ。
「アーゼル、ラニア、ここの奴らを片付けて、さっさと街へ戻ろう!」
「そうするのっ! 早くしないとイオナが危ないのっ!」
しかしアーゼルは一向に首を縦に振らない。
そして口を開き、別案を提示してきた。
「エリアス……君は先に行ってくれ。僕とラニアはここに残ってコイツらの相手をする」
「アーゼル、何言ってるんだ? この数相手に無茶すぎる。ここは全員で協力するべきだろ」
「さすがにこの数は無理だね。だからエリアスは入口の奴らを倒してからそのまま外へ向かってくれ。残りの敵くらいなら僕とラニアでもどうにかなる」
「なるほど、な」
残りの敵。
気づけば倉庫の奥からも10人ほど姿を現しているのでガッツリ囲まれているわけだが、ソイツらくらいは倒せるとアーゼルは言い切っている。
「それがいいのっ! ラニアとアーゼルでこんな奴ら、全員ぶちのめせるのっ!」
ラニアもこの意見に同調してきた。
……が本当に大丈夫か?
この3年で2人も当然強くなった。
しかし単純に考えて大人10人と子供2人だ。
この局面だけ見ると明らかに不利な状況。
「大丈夫だよ、エリアス。危なくなったら、ラニアが僕を抱えて逃げてくれるから」
本気なのか冗談なのか、アーゼルは穏やかな表情でそう言ってきた。
「ラニア頼り……っ!? ……でもその時は任せるのっ!」
それに自信満々に答えるラニアを見て思った。
ここは任せても大丈夫だと。
根拠はないが、なんとかしてくれる気がする。
「ははっ! たった3人のガキで何ができんだ! まぁ好きなだけ考えて少しでもいい案を出してくれよ。そうじゃねぇと俺達の暇つぶし程度にもならないぜ〜?」
「ナハハッ! 間違いねぇや!」
「まぁちょっと大人気ない気もするけどなぁ」
「なんでもいい。さっさとガキ共を血祭りにあげようぜ!」
男の声に周りもテンションを上げている。
「エリアス……できないなんて言わないよね?」
そんな中、アーゼルがニタリ顔で俺にそう言う。
あぁ、さっきの作戦、入口の奴を倒すって話だな。
「アーゼルさんよ、誰に聞いてんだ? 余裕に決まってる!」
「ふっ、なら安心だ。作戦に移ろう。ラニアも準備いいね?」
「ラニアはさっきからいつでもオッケーなのっ! 準備が遅かったのはお前らなのっ!」
ラニアの憎まれ口に俺とアーゼルは一瞬顔が綻んでしまうも、すぐに気を引き締める。
……さっそく作戦開始だっ!