ヴォルグリア国、血狼騎士団団長室――
ガチャッ――
「……団長さんよぉ、休暇日を堪能している部下を急に呼び出すなんてよほどの用事なんだろうな?」
乱暴にドアを開け放ち、ドカドカと入室してきたのは気だるげな中年男性、騎士団副団長ロワルド・エドウィン。
彼は自身よりも目上である団長グレイ・アルモンドに向かって傲慢な態度で振る舞う。
「悪いねロワール、少し緊急なんだ」
「……ほう? あの魔法国エルファリアとの軍事戦争に終止符を打った男、グレイ団長様が言う緊急とはどんなもんか気になるねぇ」
「ロワール、それは昔のことだ。今はもうそんな力残ってないよ」
グレイはニコッと微笑んで、当時の戦争で失った右腕の断端部分をヒラヒラと見せてくる。
「旦那ぁ、皮肉言って悪かったよ。……それはそうと何があったんだ?」
「城内で第1中隊の全滅が確認された」
グレイはロワルドの言葉を遮って本題を突き出した。
「……はぁ? 城ん中だと? たしか第1ってディアモンドの部隊だったよな。あのインテリクソメガネは?」
「ディアモンドくん……彼の死体だけ見当たらないらしい」
「ふん、あの効率厨クソメガネのことだ。ビビって自分だけ逃げたか?」
ロワルドは愉しげにそう言うが、グレイの表情は未だに優れない。
「それならまだ良かったんだけどね」
団長の深刻な顔に、ロワルドもようやく事の重大さを感じ始める。
「……だったらなんだってんだ?」
「その事件現場で……微量の魔力が感知された」
「魔力、だと……っ!?」
ロワルドが驚くのも無理はない。
なぜならこのヴォルグリア国は魔法が禁じられているからだ。
魔法禁止――
この国において魔法とは、敵国であるエルファリアが得意とする戦術。
つまり魔法は軍事兵器という認識なのである。
「ま、待ってくれ旦那! てこたぁ魔法国の奴らが攻めてきたってことかよっ!?」
ロワルドは動揺を落ち着かせる暇もなく、言葉を走らせていく。
「ロワール、それはない。君も分かっているだろうが、この国の入国審査には魔力測定を行う。魔法を使用できるものは一定数以上の数値を叩き出すはず。ウチはそういった人の入国は全て断っているはずじゃないか」
「ならどうやって?」
「可能性は概ね1つ。ロワールだって本当は気づいてるんじゃないかい?」
「……ヴォルグリア国民の中に魔法使用者がいる、そう言いてぇんだな。それもこの血狼騎士団の中に」
グレイはゆっくりと頷く。
「このヴォルグリア城には、原則騎士団員しか入城できないからね」
「それで旦那はディアモンドの野郎を……疑ってんのか?」
ロワルドは張り詰めた空気に、思わず息を呑んだ。
そしてその後グレイの口から、集まった情報による最も可能性の高い憶測が語られる。
「……ディアモンドくん、彼がダストエンドへ向かったと情報が入った」
あり得ない答えにロワルドはスッと肩の力が抜ける。
なんでも効率第一のディアモンド、彼が何も得るものがない貧民街へ好んで行くとは考えられないから。
「ハハハッ! 旦那ぁ、そりゃ見間違いだ。アイツはあんなとこ行くようなバカじゃねぇ。そうだろ?」
ロワルドの問いに押し黙るグレイ。
そんな団長の姿を見てロワルドは思い出した。
旦那は確証のないことを口にしないタチだと。
もしディアモンドがダストエンドへ向かったとすればなぜ?
魔法使用者から命からがら逃げのびて……いや、それならなぜ団長、副団長に頼らなかった?
様々な疑問が脳内に浮かび上がったロワルドだったが、証拠もないので当然真実には辿りつかない。
そう思ったロワルドはある決断をした。
「分かった。俺が直接確認しに行ってやるよ!」
「わたしも、と言いたいところだけど……」
「分かってる! 団長様が国を出るにはそれ相応に手続きがいるからな」
「すまない。その代わり、わたしは城内で他に魔法使用者がいないか探ってみるとしよう」
「あぁ、頼んだぜ」
「そちらこそ、ディアモンドくんの件は任せるよ」
2人は互いに手を握り合う。
そして血狼騎士団の団長、副団長はそれぞれが国のため、行動に移るのだった。