ヴォルガンから半年ぶりの招集。
俺は久々に陰の牙アジトの2階にある食堂で夕食をご馳走になっている。
もちろん向かいにはヴォルガン。
他の席にも部下がズラリと座っている。
今のところ「最近調子はどうだ」だの「ガキ共は皆元気か」だのとたわいのない世間話を振ってくるだけ。
もしかしてただ単に話したかっただけ……いや、そんなわけはない。
いつも何かしら理由はある。
今回も、例外ではないはずだ。
そして食事が終わった。
「……エリアス、さて話をしようか」
そうだ、ヤツは食事中に大事な話はしない。
いつも食べ終わった後に本題へ入る。
つまり今からが今日呼ばれた理由にあたるわけだ。
「で、今日は誰と戦わせるんだ?」
俺はいつもの如く偉そうな態度で問う。
相変わらず部下の視線は痛いが、初めの頃に比べるとそれも減った気がする。
まぁ3年も態度を変えてないんだから、部下達も諦めたんだろうか。
「ヴォルガンさん、さっきからなんですコイツ?」
見慣れない男の声。
いや、俺こそ気になっていた。
知らないのがヴォルガンの横に座ってるなって。
ダブルボタンの黒コートを羽織る20代くらいのメガネをかけたインテリ青年。
まずこのダストエンドで整った服を着ている時点で明らかに他の奴とは何かが違う。
「そうか、お前は初めてだったな。コイツはエリアス、まぁ……仲の良いダチってみたいなもんだ」
「仲良くもないし、ダチでもない」
俺がすかさず否定すると、インテリメガネがキッと睨みを効かせてくる。
「そう怒るなディアモンド」
ヴォルガンはそのインテリメガネ改めディアモンドを宥めながら俺に紹介してきた。
彼の整った服、これはディアモンドが自ら本国から渡ってきたからだという。
「それにコイツ、血狼騎士団第1中隊長の立場を失ってまでここに来てるってんだから大したもんだぜっ!」
ガハハ、とヴォルガンは大笑いしつつとんでもない情報を漏らしてきた。
「……本国の騎士団」
情報量の多さに俺は頭がついていかない。
つまり本国での住居権を失った人々が住む貧民街へ、騎士団の役職持ちが好んできたと。
うん、わけが分からん。
「……まぁ遅かれ早かれ、血狼騎士団はいずれ崩壊する。その前に抜けてやっただけですよ」
ディアモンドは不足分の情報を付け加えるように俺へ話してきたが、余計に分からなくなった。
ま、本国に嫌気がさしてこっちにきた。
そんなところか。
「エリアス、それよりも本題だ」
ヴォルガンはそれだけ話題を軌道修正する。
「お前達従者を解放しようと思う」
「なっ!? 従者をっ!? それってどういう……」
突然のことに俺は言葉を失った。
「この島を出る手段が見つかったんだ。本来ならば景気づけにパーッとガキ共を全員殺す予定だったがエリアス、お前ほどの実力者がいるとなってはそれも叶わん。それに他にも強いガキがチラホラいるだろ? こちらも渡航前に仲間を失いたくないんでな」
ヴォルガン達陰の牙からの解放。
それは俺とアーゼルがリーヴェン村に帰るための第1歩であり、子供達全員の悲願。
まさか思わぬ形で願いが叶うとは。
しかし1つ大きな問題がある。
「でも、食料は? 今まで集めた資材と交換でもらってた食べ物はどうなる?」
俺がそう問うとヴォルガンはニタリと笑んだ。
「……そう、それこそがエリアス、お前達に頼みたい仕事内容だ。実は俺達には食料庫があってな。そこの所有権をお前に譲ろうと思う」
「食料庫? いいのか?」
「あぁ」
ヴォルガンいわく、そこには備蓄されてある食料がたんまりあるという。
なぜそんなにたくさんあるのか、これは俺達が集めた資材を元手に本国から食料を取り寄せているからである。
この3年ダストエンドで生活して分かったが、この街で商売している人は、自らで作った物を本国へ輸出することで必要なもの、例えば食べ物やものづくりに必要な材料を輸入している。
例えばイオナ。
あの婆さんはここで武器を造っている。
そしてその一部を本国へ送ることで日々の食料や鍛冶に必要な材料を取り寄せているのだ。
ここの生活はそうやって成り立っている。
だから何もできない子供達は恵んでもらう他ない、そう思っていたが、よく考えるとみんな日々金になりそうな資材をあれだけ集めることができるのだ。
なら従者にならなくても生活できたんじゃないか?
いや、そもそも価値のある資材やその集め方を教えたのは他の誰でもない、陰の牙だ。
結局今の過程でなかったら子供達は食糧難に陥ってどちらにせよ命を失っていただろう。
まぁどちらにせよこれで解放される。
これからは子供達を苦しめる存在がいなくなるのだ。
もちろん亡くなった子供もたくさんいる。
それは悔いても悔やみきれないが、今はこんな過酷な環境でも無事生き抜いた多勢の子供達がいることを喜ぶべきだ。
次の日、ヴォルガンは集会所へやってきた。
そして告げたのである。
俺が昨晩聞いたものと一寸違わぬ内容を。
「従者達、お前達を解放するっ!」
食料についても心配ないことを知った子供達は言うまでもなく、大喜び。
今日は少ない食料で祝杯をあげたのだった。
それから3日後の正午、食料庫へ案内する竜車をここへ寄越してくれるらしい。
選ばれたのは俺、アーゼル、ラニア、マオといういつものメンバー。
資材集めという日課から解放された俺達は、日常を過ごしながらその日を待つことになったのである。