陰の牙、新入りだというあのチンピラ。
だが他の部下とは少し実力が違うようだ。
そいつはガシッとリンの腕を掴み、自身へ引き寄せる。
「……ちょ、ちょっとっ!」
「へっ! それなりに抵抗はできるようだが、俺にゃあ効かねぇぜ!」
ヤツはリンが振るった拳をいとも簡単に受け止めた。
この3年で一応彼女にも、氣を使った軽い護身術みたいなものは教えてある。
それこそ他の部下であれば一瞬ほどは時間稼ぎできるレベルのはず。
だが目の前のチンピラには一切の効果なし。
やはりそれなりの実力、ということか。
「やいやいやいっ! そこの無礼なやつ! ウチのもんに何してくれとんじゃいっ!」
威勢よく飛び出したのは赤毛の美女、マオだ。
それより口調が元に戻ってる……というかすでに原型すらないが、どこで覚えたんだそんなの。
「あぁん? なんだテメェ……ってここにも上玉がいるじゃねぇか!」
チンピラはマオの体を見回して舌なめずりをする。
「うぇぇぇ……っ! エリアス様、気持ち悪いです」
「なら俺がサクッとリンを助けるか」
マオが戦いの前に嫌悪感を抱いている。
今回は彼女が先立って助けに向かおうとしてくれたため大人しくしていたが、元々俺もリンを助けるつもりではいた。
マオがいかないのであれば、当初の予定通り俺が出向くとするか。
従者が歯向かっていいのかって話だが、まぁ本来ならばいけないこと。
しかし今回に限っては例外と判断した。
それはなぜか、あのチンピラの行動は『陰の牙』の総意ではないからだ。
それどころか先輩である他の部下に逆らってまでの行動、つまり裏切り行為といってもいい。
だからこその例外。
異例の事態だからこそ臨機応変に、だ。
「……いえ、やはりアタシが! あんな雑魚、エリアス様が出向くまでもないです」
「おい、さっきから従者のくせに生意気な口効いてんなぁっ! 誰が雑魚だって!?」
チンピラは俺達の会話が気に食わなかったのか、握っていたリンの腕を自ら振りほどき、俺達に迫ってくる。
「ここでアタシがしくじると、エリアス様の顔に泥を塗る羽目に。だから一切手は抜けない」
マオは構えた。
シューッと深い息を吐く。
そして氣を右の手に集中した。
「無刀【残影】」
「……っ!?」
マオは得意の瞬発力で一気に距離を詰め、氣により光を放つ手刀を振り下ろした。
ザシュッ――
一応ヤツも自称B級冒険者。
何かヤバい気配を察知したのか、即座に後ずさって距離を取ろうとしたおかげでチンピラの正面に振り下ろされた手刀による傷は浅く済んだ。
「グハ……ッ!」
そしてその勢いで盛大に尻もちをついた。
「……当て損ねたか。しかしこのままではエリアス様が恥をかくことに」
再び手刀を輝かせ、チンピラにもう一振り加えようとマオはさらに迫っていく。
「待て待て待てっ!! こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ! ……分かった、お前が強いのは分かったから! 手を下ろしてくれっ!」
しかし彼女は懇願するチンピラを見ても尚、足を進めていく。
「そう、自分の行いを悔いて悔いて悔いて……そのまま死になさいっ! 手刀……」
「ストップストップっ! マオ、もう大丈夫だから」
今まさに右手を振り下ろそうとした瞬間、俺は背後からマオの肩に手を置いた。
「えぇ……でもアタシ達の強さをしっかり見せつけとかないと、エリアス様の評判が悪くなります」
「いやいや、殺した方が悪くなるからっ!」
「え、そうなんですか?」
マオは俺の方を振り向きながらこてんと首を傾げている。
「そうそう、これじゃ弱いものいじめになっちゃうからね?」
「だ、誰が弱いもんだって……」
俺の言葉に引っかかったチンピラはぎらりと睨みつけてきた。
「お前、エリアス様に逆らうのか?」
……がマオによる睨みの上書きによってそれはすぐにかき消される。
「あ、いや……その、すみま、せん」
すでにチンピラは恐怖によりマオと目が合わせられない様子。
こりゃ勝負あったな。
「だ、だから手を出すなって言ったんだ。ヴォルガン様の言う通り、俺達じゃあのガキ達には勝てねぇんだよ。今回お前が行った行為はしっかり上へ報告させてもらう。それまで大人しくしておけ」
先程チンピラに殴られた中年の部下はそう言い放つ。
なるほど、最近ヤツらが手出ししてこないのはそういう理由だったのか。
まぁヴォルガンとしては金目のものが回収できればなんの問題もないもんな。
「……ちっ、分かったよ」
そう言ってチンピラはここを去ろうとしている部下達の後についていく。
少しイレギュラーはあったが、今日も無事に集会が終わったな。
「……エリアス」
去り際に中年の部下が俺を呼ぶ。
「はい?」
「明日、ヴォルガン様から招集だ」
「はい、了解」
と、中年は伝え次第ここを去った。
しかし招集か。
半年ぶりくらいだな。
呼び出されるのも慣れたもんだが、何が起こるか分からない。
充分に気を引き締めて挑まないと。
「……エリアス様、アタシの戦いぶり、いかがだったでしょうか?」
マオは片膝をつき、俺の顔を覗き込むように見上げてくる。
その輝かせた瞳、まるで褒めて欲しいとばかりにしっぽを振る子犬のよう。
「あー、えっとまぁ強くなったよ、マオは」
「えへへ……エリアス様ぁ、ありがとうございます」
いや、まぁ言いたいことは色々ある。
例えば人が教えた技に勝手に技名つけないで、とか。
けど初めての実戦、まさかあそこまで躊躇なく殺しにかかるとは思いもしなかったが、踏みとどまってくれたしとりあえずは良しとしよう。
「よくやったのっ! マオがやらなかったら、ラニアがボコボコにしてやったのっ!」
俺達に駆け寄ってきたラニアはシュッシュッと拳を振るって戦意を示す。
「本当助かったよマオ。ラニアのいうとおり、リンにあれ以上被害が及ぶものなら僕がアイツをぶん殴ってた」
アーゼルは珍しくラニアに同意する。
2人は根っからの頭脳派と武闘派、普段は意見が交わらないことの方が多いが仲間を思いやる気持ちだけは同じ、それは3年経っても変わらない……いやむしろ強固な絆がより結ばれたことで、強まってすらいるのだ。
「……みんな、本当にありがとう」
それからリンが述べた感謝に対して、気にすんなよと皆一様に声をかけたところで今日を終えた。
やはり集会のある日は1日が長く感じる。
また明日からいつもの日々が始まるわけだが、その前に乗り越えるべきことが1つ。
そう、ヴォルガンからの招集だ。
半年ぶりになんの用だ?
……と考えたところで検討もつかないので俺は明日に備えて飯を食い、大人しく眠ることにした。