夜が明けた。
俺が一夜過ごしたこの場所、それは昨日子供達が集まった場所であり、彼らの寝床でもあるという集会所と呼ばれる土地。
そう、彼ら子供達は毎日外で夜を過ごすらしい。
雨が降ったらどうする?
そんなことを思ったが、この乾いた土地に雨が降ることなんてほとんどないという。
果たしてそれがいいことなのか悪いことなのか。
無事、『陰の牙』従者として迎え入れられた俺はこの場所で2日目の朝を迎えた。
陽の光によって目が自然と開く爽快な朝、を体験する前に腹部への異様な圧迫感に襲われて俺は目が覚めた。
「ウプ……ッ!」
「エリアス、朝なのっ! 寝てるのお前だけなの」
起きて最初に見た景色、それは猫耳獣族が仰向けになっている俺の腹部に跨り、上下に体を揺らしている姿だった。
「ラ、ラニア!? ……じゃなくてラニアさん、今起きたから即刻退いてくれぇ、くるじぃ……」
「お前が起きるの遅いからなのっ!」
未だに俺の上で上下にピストンしているラニア。
いくら前世、剣術修行に全振りしすぎて女性経験が全くの皆無だとしても、ガキに欲情することなんて絶対にない。
たとえラニアが上下に動く度、栗色の髪が揺れて甘い香りを飛ばしてきたとしてもなんとも思わない……ってか獣族ってこんないい匂いすんの?
なんかもっと獣臭いのかと思ってたんだが!?
「ラニア、何してるんだい? 僕は出発の準備をしている間、エリアスを優しく起こしてくれって言ったよね?」
「だってコイツが……」
「ラニアっ!」
「……ご、ごめんなの」
鋭く睨みをきかせるアーゼルに対して、ラニアはしゅんとした表情で俺の上から体を退かせた。
よく見るといつもピンと立っている耳も寝ているし、お尻から生えている尻尾も垂れ下がっている。
その心情が体に反映するところはまさに獣、獣族である特徴なのだろう。
そんなところを見れば、少し乱暴なラニア……いや、ラニアさんもより一層愛くるしく思える。
「エリアス、ほら早く一緒に行くの!」
「ラニア、エリアスはまだ起きたばっかりだ。そんなに急かさないよ」
「ありがとう。俺は大丈夫。特に準備もないし、いつでも行ける」
アーゼルは言ったとおり起きてすぐではあるが、ここは実家のように朝起きて顔を洗い、歯を磨くなんて環境じゃないだろうし。
例えそんな習慣があったとして、これから彼らに教えてもらうことだ。
現状、俺が個人で判断できることは今朝の時点で何一つなかった。
そこで、いつでも出発できる俺はアーゼルに1つ質問を投げた。
「で、どこ行くんだ?」
「それは行きながら話すよ! この国の説明も含めてね」
そうだ、俺は何も知らない。
昨日の話、主従制度や『陰の牙』については教えてもらったが、そんなものはほんの一部だ。
そもそもこの国はなんなのか、リーヴェン村との位置関係はどうなってるのか、気になることはたくさんある。
よし、そうとなれば移動時間の活用だ。
俺はアーゼルとラニアの後について行った。
移動し始めて、さっそくアーゼルが口を開く。
「エリアス、まずこの国について。……ここはガルダラ大陸の最も西部に位置するヴォルグリア国というんだ」
どうやらここは俺の住むリーヴェン村とは違う大陸らしい。
聞くところこの世界では海を渡るような大陸移動なんてものは一般的でないようだ。
にしてもここは仮にもヴォルグリア『国』。
地域としてはそういった大きな括りなのだから、もっと栄えていたりするもんじゃないのかとアーゼルに問うと、
「ここはヴォルグリア国であってそうではないからね」
と、わけの分からない返答が返ってきた。
「はい?」
「えっとこの街がダストエンドって呼ばれているのは知ってるかな?」
「あー会話の中でなんとなくな」
たしか昨日の会話でチラホラ飛び交っていた単語だ。
やはり予想通りこの街の呼び名だったようだ。
「このダストエンド、実はヴォルグリア国近辺の孤島らしいんだ」
アーゼルはさらに細かい国の説明を続けた。
ダストエンドはヴォルグリア国が購入した島らしい。
そこには本国で大罪を犯した者、国からの借金を返せない者、国への税金を納められない者など、わけあってヴォルグリア国で生活できなくなった人達が強制的に移送されるようだ。
前世でいうあれか、流刑ってやつか。
要は島流し、昔は死刑よりも過酷だったと言われていたらしい。
そしてそんな島送りにされた者達は総称してこう呼ばれている。
堕ちビト、と――
「堕ちビトかぁ」
きっとそのままの意味、落ちぶれたとか下に落ちるとかその辺りの意味からきているのだろう。
「あっちの国の人達は平和に暮らしているらしいの。すごく腹立だしいの」
ムスッとしたラニアの耳がピンと上に立っている。
怒ると耳がそそり立つってなんか可愛いな。
アニメや漫画で獣族が人気だったのも今なら素直に頷ける。
「本国は相当賑わった大都市らしいよ。僕達もいつかはそっち側に……っていつの間にか到着してたね」
アーゼルとラニアが足を止めた場所、そこはいくつもある民家の内の1つだった。
パッと見たところ、特に変わったところはない。
「ここは?」
「ま、とにかく中に入ろう」
ガチャッ――
中に入ると、そこは普通の民家……ではない。
武器、武器、防具、防具。
テーブルに置かれていたり、壁に立てかけられていたりと室内至るところに飾られている。
「イオナ、今日も来たの」
「こら、ラニア。イオナさんだっていつも言ってるじゃないか」
アーゼルとラニアはどうやらイオナという方に会いにきたらしい。
2人の目線の先、それはこの武器屋の受付にあたるカウンター、の奥に座る人だ。
「ラニア、アーゼル。今日はここへ来る日じゃなかったろ? 何しに来た?」
しゃがれた女性の声。
その正体はカウンター奥にある椅子に座っている老婆だ。
何やら手に持つ剣を布巾で磨いているところ。
よく見れば彼女、白髪に茶色の獣耳が生えている。
それこそラニアのものとまるでそっくりだ。
「何しに来た、じゃないの! 今日こそ、武器をもらいに来たに決まってるの!」
ラニアはちょうど右側の壁に立てかけられている鉄のガントレットを指差してそう言った。
「ラニア、違うよ。今日はエリアスを紹介するために……」
「ふん、いいだろう。ちょうど客もいなくて暇してたところだ。ラニア、表に出なっ!」
ニヤリとほくそ笑んだイオナはその場から勢いよく立ち上がった。
立ち姿は老婆とは思えないほど背筋がまっすぐ伸びている。
さらには大きな背丈、180㎝はありそうだ。
あれは只者じゃない――
元剣聖の本能がそう言っている。
それから、俺達は揃ってこの民家改め『イオナ武器商店』の裏庭へ移動したのだった。