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第17話 従者


「エ、エリアス……っ!? 今なんて!?」


「何コイツ、バカなのっ!?」


『陰の牙』の従者になるという俺の決断に対して、アーゼルとラニアは目を丸くする。


「まぁ『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』って言うでしょ?」


 俺の言葉に子供達はポカンとしている。

 ラニアや他の子は置いておいて、まさか博識っぽいアーゼルにすらそんな顔されるとは。

 もしかしたらこの世界にはないことわざなのかもしれないな。


「えっとエリアス? さっき僕達が話した主従制度とかこの虎の紋章については覚えているよね?」


「え、あぁもちろん」


「じゃあどうしてその結論に?」


 アーゼルは全く理解できないと言わんばかりに、やや首を傾げ気味で俺へ問いを投げる。


 おいおい、まるで俺の頭が悪い、みたいな雰囲気になってるじゃないか。

 こちとら一生懸命導き出した答えだったのによぉ。


「えっとまぁ今の話だと俺がここから抜け出したら、虎の紋章がないために他の大罪人にボコボコにされるわけでしょ? だからこの街にいるなら、できるだけ強い紋章がいいかなって」


 全くの嘘だ。

『陰の牙』という悪を裁くためだなんて、彼らに迷惑をかけたくないので絶対に言えない。


 別に前世のように国やら世界やらを救いたいってわけじゃない。

 現状エリアスにそんな力はないしな。


 だけど、目の前の人達くらいは救いたい。

 それが剣聖として今世に渡り引き継いだ正義感と、今のエリアスの実力で遂行できる、極めて現実的な範囲の願いである。 


「あぁそういう……ま、それもそう、だけど」


 アーゼルは俺に、歯切れ悪く返事する。

 まぁなんとか飲み込んだって感じ。

 全く理解できない、からは大きな進歩だ。


「で、でも! それでもコイツ、バカなのっ! 自分から従者になりたいだなんて、そんな奴いないのっ!」


 なんだかめちゃくちゃ俺をバカ呼ばわりしてくるが、これも彼女なりに心配してくれているのかもしれない。


「ラニア、心配してくれて……」


「お前はラニア、なのっ!」


「おっふ、すいませんラニアさん」


 俺は反射的に言い直す。


 しかし俺の感謝の意を遮ってまで呼称に注意してくるとは、仲間内での上下関係はわりと……いや、アーゼルのことは呼び捨てでも大丈夫だし、どうやらそういうルールではなさそうだ。

 彼女なりのこだわりってところか。


「それで、いいの」


 ラニアは満足そうに胸を張る。

 どうやらこれでいいらしい。


「彼女の中で呼び方に棲み分けがあるらしくてね。エリアスもそんな気にしないでやってくれ」


「アーゼル、それだとラニアがこだわり強い獣人みたいに聞こえるのっ!」


「ごめんね。そんなことないよ、ラニアはこだわり強くないよー」


 そう言ってアーゼルは優しい笑みを浮かべてラニアの頭を撫でる。

 彼女は一瞬気持ちよさそうにその行為を受け入れるが、突然ハッと我に返った。


「……これじゃまるでラニアが子供みたいなのっ!」


「ははっ! 何言ってるの、ラニアはまだまだ可愛い子供じゃないか」


「それを言うならアーゼルも子供なのっ! 歳もそんなに変わらないのっ!」


「そうだねぇ」


 そう言いながらアーゼルは繰り返しラニアを撫で回っている。


 一方のラニアは「うぐぅ……」と屈辱そうな顔をしつつも顔を赤らめ、このまま受け入れてしまいたいほど心地良い、みたいな表情だ。


 なんか、微笑ましいな。

 ふとそう思った。 


「はは、またやってる〜」

「なんか気が抜けたや」

「だね、いつもの日常って感じ」


 俺のそんな気持ちはどうやら正常らしく、周りの子供達からはほのぼのとした意見が飛び交っている。


「もぉ……っ! みんなラニアをバカにしてるのっ!」


 プンスカと顔を紅潮させて子供達に怒りを表すラニアだったが、その表現は『陰の牙』に向ける鋭いものではない。

 『家族』へ見せる優しい怒り。

 憤りに対して鋭い、優しいという振れ幅を決めるのは些かおかしい話だとは思うが、彼女の表情がそれを物語っているのだ。


「可愛いなーラニアちゃんは!」

「そうそう、ラニアは可愛い」


「そこ! ラニア、さんなのっ!」


 呼称してきた子供に真っ直ぐ指を伸ばし、そう指摘することでまた笑いが起こる。


 そうか。

 彼らにとってはここにいるみんなが家族。

 生活を……生き死にを共にする仲間なのだ。


 いいなぁ家族って。

 俺はふとリーヴェン村を思い出した。


 いつも優しい心配性の母さん。

 俺を天才と常に過大評価してくる親バカの父さん。

 ここへ転移して間もないが、家族団欒していた時のことがずいぶん昔のように感じる。


 家族に……会いたい、な。


 やはり前世、アルベールの記憶があれど今の俺は5歳のエリアス。

 発達段階としては幼児期なのだ。


 転生してから思うのだがこの体という器、どうやらただの入れ物ってわけじゃなく、精神にまで影響を及ぼしている。


 そう、俺がエリアスとしての乳幼児期、お腹が減って泣きたくもないのに大人げなく喚き散らかしてしまった時同様、精神は器に左右される。


 つまり現在はアルベールとしての人格を持ちつつも、5歳児という未熟な精神も兼ね備えているということ。

 だから一瞬だけホームシックになっちゃったのだ。


「おい、お前ら〜! えらく楽しそうじゃねぇか」


 集会所入口から聞こえてきた男性の声。

 ソイツは大きな背丈に金色に染まった短い髪、右腕全体に宿る虎の刺青が特徴的だ。

 そう、『陰の牙』メンバーの中で初めに会った男がそこに立っていた。


「お前は……っ!?」


「新入り、そんな睨むなよ。俺はボスが渡し忘れたっていう報酬を持ってきただってのに」


 そう言って白い巾着袋をアーゼルの足元に放り投げた。


「ありがとうござい、ます」


 アーゼルはこわばった顔で会釈し、その巾着袋をゆっくり開く。


「じゃ、俺の仕事はここまでだからよ」


「あーちょっと待ってください」


 俺はここを去ろうする金髪男に一声かけた。


「……あぁん?」


 男は首だけをクルッと俺に向け、ガンを飛ばしてくる。


 いくらお前がそんな強面な顔をしていても、全くもって眼中にない。

 アウトオブ眼中、ってやつである。

 そりゃ俺が目を向けているのは『陰の牙』のボス、ヴォルガンなる男なのだから。


「あの〜俺、従者になりたいんですけど」


 より積極性を示すため俺はそう言いながら、右手を広げ、上に大きく掲げたのだった。

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