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第16話 エリアスの決断


 俺とアーゼル、ラニアは全ての話を聞いた。

 ここへ到着する前、集会所で起こった全ての出来事を。


「……せない」


「え……?」


 ラニアがぽつりとこぼした言葉。

 思わず俺は聞き直した。


「許せない……許せないのっ!」


 全身が震えるほどに強く握られた拳。

 彼女のクリッと丸い瞳は鋭く尖り、なぜか俺を睨んでいる。

 まぁ聞き返したのは俺だけどさ。


 迫力のある威嚇に、心ともなく尻込みしてしまった。

 これも獣族である彼女が持つ1つの特徴なのかもしれない。


 一方のアーゼル、彼も同様今にも腑が煮えくり返ってもおかしくない、そんな怒りの念を表に出している。

 ……が、その表情も一瞬にして抜け落ちた。


「ラニア……僕も許せない。その感情は一緒だよ。だけど、従者である僕達に選択肢はないんだ」


 アーゼルは自身の右腕に刻まれた虎の紋章を左手で強く握りしめ、何もかも諦めたかのような口調で呟く。


「あの〜」


 重たい空気の中、俺に視線が集まった。

 部外者の俺が声を上げるのは非常に忍びないのだが、今の状況を完璧に把握したいが故の行動。

 大目に見てくれ、と思いながら次の言葉を発する。


「従者ってどういう、あれ、ですか?」


 今の発言、空気の読めない発言をした感は否めない。

 実際ここにいるアーゼル、ラニア以外はポカンとした様子で俺を見ている。

 まるで初めて発見された未知の種族を目の当たりにした時のような、そんな顔だ。


 その空気を見兼ねて、アーゼルは「そうだったね」と子供達へ体を向ける。


「みんな、少し紹介が遅れたが、彼はエリアス。さっきの発言通り、彼は従者ではないんだ。だけど、この街にはしばらく住むことになるとは思う。だからみんな、良ければ仲良くしてほしい」


 と、話途中の「従者ではない」に少し周りは驚いていたが、その後の「仲良く」に対して快く首を縦に振ってくれた。


「えっと、俺はここの初心者だからさ、色々教えてくれると助かるよ。よろしく」


 アーゼルが話しやすいよう基盤を作ってくれたおかげで、俺はスムーズな自己紹介ができた。


 彼は本当によくできた子供、今のエリアスと比べてもせいぜい2、3歳上くらいだろう。

 前世の年齢を足せば明らかに俺の方が年配のはずなのに、そんなことを一切感じさせない貫禄みたいなものがアーゼルにはすでに備わっている気がする。

 もしかしてコイツも前世の記憶があるんじゃないかなんてふとよぎった。

 そのうち聞いてみるか。


「エリアス、従者のことだったね。今から僕が知ってる範囲のことを伝えるよ」


 ここでアーゼルから説明されたのはこの街独特のルールである主従制度。

 まずはこの意味が分からないと話にならない。


 これは互いが同意した上で一方が相応の対価を払うことで他方を支配し、もう片方はその対価に合意した上で従うという関係性を得ること。

 まぁいわゆる奴隷、みたいなものだ。


 ここでいう支配側は『陰の牙』従者側は『子供達』ということになる。


 そして対価とはなんなのか……それは生きるための食糧である。

 この関係を結んだ当初、ここの子供達は飢餓状態に陥っていた。


 食べ物、飲み物はもちろんのこと、助けてくれるような人だって1人もいない。

 後は野垂れ死ぬだけ。

 そんな時に契約を結びにきたのが『陰の牙』だった。


 生きるための食糧を恵んでやる。

 その代わりに金目のものを定期的に持ってこい。


 それが契約の内容。

 もちろん子供達に選択肢はない。

 生きるためにはそれしかなかったのだから。


 だから彼らはこれまでどんな理不尽な目に遭っても、契約を守っていたのだ。


「にしてもこれは……やりすぎじゃねーか」


 分かってはいた。

 従者って言葉からなんとなく想像はしていたが、実際目にしたこの惨状が……今聞いた契約内容が俺に怒りを湧き立たせてくる。


「弱いところ突いて主従関係を結んだことにも腹立つが、その制度を利用して好き勝手してる人間性に虫唾が走るな」


 憤りが俺の中でピークに達した。

 次々溢れるように、自然と言葉が出てくる。


「アーゼル、どうにかして逃げる方法はないのか?」


 ひとしきり言葉を言い終えた俺はアーゼルに策の有無を問うた。


「エリアス、親身になってくれてありがとう。……それと逃げる方法ならあるよ」


「なら……」


「だけど、全員は無理だ。『陰の牙』のメンバーは僕達子供の数以上。どう考えても逃げられないよ」


 アーゼルは冷静な口調でそう言う。

 同時に周りの空気もピリッとした。


 中には俺よりも年下の子だっている。

 その子達も今のアーゼルの発言の意味が分かったのか、気まずそうに視線を下へ落とす。


「ラニア……もう限界、なの。ここから、うぐ……っ! 逃げたい……」 


 今の発言がよほど響いたのだろう。

 ラニアは声を震わし、涙を流す。


 そしてそれに続いて僕も、私もと、次々に子供達は弱音を吐き始めた。


「み、みんな……っ! 不安にさせてごめんよ。でもみんなも知ってのとおり、今の生活は悪いことばかりじゃない。僕達に刻まれた虎の紋章、この街『ダストエンド』に蔓延る中で1番の組織である『陰の牙』の証。この街の数多いる大罪人から身を守る御守りでもあるんだ。つまり従者として契約に沿っていけば、最低限生き延びることができる。だから……みんなで、頑張って生きていこう。これ以上被害が出ないように」


 この悪い空気を変えるため、アーゼルは必死に語り尽くした。


「アーゼルが、そう言うなら……ラニアも頑張るの」


 どうやらラニアにはしっかり彼の言葉が伝わったようだ。

 それから順に子供達も泣き止む。


 やはりこの界隈はアーゼルが中心になっている。

 良くも悪くも彼の言葉が皆の心情を……そしてみんなの行動を変えていっているのだろう。


 いいグループ、いい仲間。

 関わりが短い俺にすらそう見える。

 いや、実際そうなのだ。

 この『ダストエンド』とやらの生活がどれだけ過酷だとしても、皆で力を合わせれば乗り越えられる。

 アーゼルの統率力、皆の団結力を見て俺はそう確信した。


 悪いのはこの『陰の牙』の従者であるという立場。

 ただそれだけだ。


 アーゼルのいうとおり、従者として契約していれば最低限安全だとは思う。


 だが、いつまでだ?

 いつまでそうしていればいい?


 いつか学校のように従者を卒業できるのか?


 いや、そんなはずはない。

 遊び半分で子供2人に殺し合いをさせるようなクソ野郎共だ。

 娯楽として殺すなり、他の主人へ売るなりと最期まで利用し尽くすだろう。


 あーゆー奴らのクズっぷりは徹底している。

 甘い部分なんて1つもない。

 少なくとも、俺が前世で関わってきた悪党共はそんな奴ばっかりだった。


 だからこっちも徹底するのだ。

 躊躇なく悪を裁く鉄槌として。


「アーゼル」


「エリアス、どうした?」


「俺もなるわ。『陰の牙』の従者に」


 現状を把握した俺は、そんな決断したのだった。


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