俺達はその集会所とやらに向かっているらしい。
今のところそれ以上の説明がないため、そこで何をするのか、何が起こっているのか、はたまたそれがこの街では当たり前に起こり得ることなのか、何も分からない状態。
しかし前を歩く金髪男の足取りがノロノロと非常に緩慢なので、到着はまだ先になるだろう。
それにしてもその後ろにつく子供、アーゼルとラニアの緊張感がハンパない。
さっきから張り詰めた空気の中、2人は表情を強ばらせている。
実はさっきから声をかけてもいいものなのかと考えているのだが、今のところその答えが出ず。
結局ただ知らずについていくという現状を打破できていないのだ。
「……エリアス、ちなみに魔法って使えるか?」
色々考えていたところでアーゼルがそう言う。
俺も聞きたいことがあったので、話しかけてもらえるのはすごい助かる。
しかし俺にしか届かないくらいの小声、つまりは聞かれたくない話ということだろう。
「一応は」
なので、俺は短い言葉で伝えた。
するとアーゼルはさらに俺へ体を寄せ、耳打ちしてくる。
「ここでの注意点を端的に伝える。驚かないで、軽く聞き流すように聞いてくれ」
そんな前振りに俺は静かに頷いた。
「この街は魔法禁止、従者にとって主人の命令は絶対。とりあえずこの2つは最低でも守らないといけない」
……はぁ?
魔法、禁止?
従者ってのは事前に会話の中で聞こえていた。
ってことは主人がいる、ってことくらいは前世の記憶がある俺にとって容易に結びつく事柄だ。
しかしもう1つの注意点、魔法禁止に関しては正直予想だにしてなかった。
今、俺はエルフの血のおかげで魔力が視覚的に視えるようになっている。
ここに転移してからもそれは例外でない。
リーヴェン村と同様、至るところに魔力が漂っていることを考えると、この眼は正常に働いているはず。
……ということはアーゼルの言う魔法禁止、これは物理的な発動を意味するのではなく、何かしらの効力によって阻まれているというのが正解か。
さすがにその何かしらの正体は分からない。
国としての法律なのか、絶対的な存在が権力、また武力を用いて封じているのか。
パッと思いつくのはその辺りだが、答えが分かるまで魔法は行使しない。
それが今1番正しい行動だ。
「……ここを抜けた先だ」
金髪男が足を進ませたのは、左右を建物で挟まれた細い路地裏。
おかげで日中なのに全く陽があたらず、不気味な雰囲気を醸し出している。
本当に通っていいところなのかと疑問に思うが、アーゼルとラニアは一瞬も躊躇することなく後に続いていくのできっとこの路自体は大丈夫なのだろう。
とはいえ、2人の表情が晴れているわけではない。
つまり問題はこの先、ってことか。
道を進んでいると、徐々にこの奥から声が届く。
なんというか小さくて聞こえづらいが、甲高い声で騒いでいる感じ。
そして奥へ進んでいくにつれて、それは確かなものに変わっていった。
間違いない、これは子供達の泣き声……いや、悲鳴だ。
「ありゃ〜この悲鳴、ボス久々にやっちゃったかもなぁ〜」
金髪男は他人事のようにそう言い、ニシシと愉快に笑んでいる。
「……っ!! くっそ、なの!!」
ラニアは強く言葉を吐き捨ててから、もう我慢ならないと言わんばかりにこの場から奥の方へ駆け出した。
「……にしてもボス、俺が来るまで待ってくれてもよかったのによぉ」
次は打って変わって不機嫌そうな金髪。
走り去るラニアの背を見て……いや、コイツはもっと遠いところを見るような目をしている。
「まぁいい。アーゼル、新人り、お前らも行けよ。こっから先まで、わざわざ見張る必要もねーだろ」
そう言い放った金髪はくるっと踵を返す。
そしてはぁ〜あ、と大きなあくびをしながら元来た道を引き返したのだ。
なんだ、急に興味なくなった素振りして。
さっきまであんな愉快そうだったのに。
「あいつ、変態なんだよ。子供の痛めつけられる瞬間は好きなのに、その直後からは一切の興味がなくなる。本人は賢者タイムだとか言ってるらしいけど」
アーゼルはゆっくりとこの場を去る金髪に一瞥くれてからそう言った。
「……ヤバいやつじゃん」
「そうなんだ。とりあえず今はラニアを追おう! エリアス、走れそうか?」
「おう! もちろんだ」
俺とアーゼルは先に向かった。
奥へ進むにつれて悲鳴は大きく鮮明になっていく。
これは1人じゃない、何人もの声が重なって共鳴している。
全てを絞り出しても尚、張りあげ続けたその先に出るような枯れ切った声。
それは子供達にとって絶望に値する出来事が、長きに渡り起こっていることを暗示しているようだ。
そして俺達は到着した。
その集会所、とやらに。
そこには1つの場所に群がる子供達の姿があった。
目を腫らし絶望している男の子、どうすればいいかと今も尚枯れた声で泣き叫ぶ女の子。
そんな惨状の原因はきっとあの人だかりの奥にある。
「ちょっとごめんね」
アーゼルがその集団をかき分けてすぐ俺はその光景に直面した。
血に塗れた2人の男の子と転がる2本の剣、2人とも横たわっているが、片側の男の子の上にはラニアが上から跨がっている。
「ねぇ! なんなの!? なんでこんなことになってるの?」
俺達より1歩先に駆け出したラニア。
彼女はその男の子に対して、今のずさんな現状を問い質していた。
しかしその子はすでにパニック状態、何かを答えられる状態ではない。
「ラニア、そこから退くんだ。彼は答えられる状態じゃない」
「……分かった、なの」
アーゼルの言葉にラニアは渋々腰をあげる。
そして次に目を向けるはもう1人の男の子。
「これ、死んでるな」
静かにそう語るアーゼル。
明らかに出血量の多い彼は体に数ヶ所の刺し傷があり、傷口からは鮮血が少しずつ外へ流れている。
「そんなことないの! まだ助かる可能性だって……」
「いや、もう魔力が流れていない」
「そんな……」
そのセリフに強い説得力があったのか、さっきまで否定に走っていたラニアが妙に納得する。
さらに周りの子供達においても肩を落とす、再び泣き始めるなど、まるでアーゼルの言葉は真実だ、と言わんばかりに皆が受け入れ始めたのだった。
これは、アーゼルがこの子達のリーダー的なものだから?
それともさっきの言葉自体に意味があるってことか?
「あ、あの……アーゼルくん」
このタイミングで声をかけてきたのは、10歳くらいの女の子。
中では1番年長に近い感じ、だからなのか、今では比較的落ち着いた様子を保っている。
その声にはアーゼルのみならず俺やラニア、他の子供達の視線も一気に集まった。
「ここで起きたこと、私から話をさせて」
「ありがとう、リン。その前に……」
と、突然口をつぐんだことで皆の視線はアーゼルへと向く。
「彼を、埋葬してあげようか」
そう言って優しく微笑むアーゼルの表情はどことなく寂しそうにも感じた。
男の子の埋葬後、リン、という女の子からここで行ったことの一部始終が語られることになる。
そしてそれを聞き終えた俺、エリアスはある1つの決断をするのだった。