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第14話 街の惨状


「おいお前ら、何グダグダと話してんだ?」


 ドスの効いた男性の声。

 この声色に聞き覚えがあるのか、アーゼルとラニアは体をビクつかせる。


 一瞬、さっき追いかけてきた店主っぽい人かなんて思ったが、ここまでイカつい感じではなかったはず。


「はい、すみません」


「す、すみませんなの」


 アーゼルとラニアはハッとしてすぐ男へ向かって頭を下げる。


 そしてその男は金に染めた短髪でかなり筋肉質、背丈も大きいときた。

 しかし目立つのはそこではなく、右腕。

 上腕から前腕にかけて、虎の刺青のようなものが入ってるのだ。

 各関節、1頭の虎が外界を睨むような絵。

 まるで狙った獲物は絶対に逃がさない、そんな意思が込められているよう。


 なんだ、さっきから虎、虎、虎。

 この街のルールだったりするのだろうか。


「もうみんなとっくに集まってるぞ。ま、お前らは従者の中でも優秀な部類、多少遅れようが問題はねぇだろうさ。ちゃんとブツもあるようし、お咎めはないはず」


 従者……ブツ……お咎め……。

 あまりいい単語には聞こえない。

 それにアーゼルとラニア、知ってる大人が迎えにきたにしては、怯えや恐怖の感情が前面に押し出ている。


 人を見た目で判断してはいけない。

 これは前世、アルベール時代にも心がけていたことだが、この大人は2人の反応からして、あまり褒められた人ではなさそうだ。


「……で、そこのガキは?」


 男は俺に目をやる。

 同じように刺青の虎までこっちを見るもんだから、ちょいとだけビクッとさせられた。


「あーえっと……」


「こ、この子は僕達の手伝いをしてくれたんです」


 なんと答えようか迷っていたところ、アーゼルがすかさずフォローに入ってくれる。


「ほぉ。ま、いいか。一緒にこい」


 男はアーゼルの言葉を軽く聞き流す。

 ここに来るまで色々と怪しまれた俺の服装だったが、この男は大して気にも留めずアッサリと受け入れた。


 こんな物騒な街っぽいところでえらく不用心だな。

 ま、俺の見た目はどう見てもただの子供。

 警戒する必要ないってか?


 男が背を向け歩き出した瞬間、アーゼルが耳打ちしてくる。


「とりあえず一緒に来てもらうけど、タイミング見て逃げられるように手配するからね」


「え、あぁ。ありがとう」


 男に聞こえないよう配慮してくれたようなので、俺も同じよう小さな声で返す。


「……くくっ」


 突然男が歩みを止めて笑いだした。


 な、なんだ?

 思い出し笑いするほどこの街には愉快でおもしろいことでも……ありゃいいが、そんな感じではなさそう。


「あぁ悪ぃ。今頃、集会所で起こってること考えるとな、つい可笑しくて。ま、お前ら子供……特に新入りには酷だしゆっくり行こうや」


 男はそう言った後、再び歩き出す。

 宣言したとおり、さっきより明らかにペースを緩めて。


「アーゼル、一体何が……」


 一瞬言葉を失った。

 アーゼルは俺の隣でクッと下唇を噛み、拳は震えるほどに強く握られている。

 悔しいからか、内から湧き出る怒りからか、何にせよ負の感情が強く表されていたから。


 そして一方の猫耳ラニア。

 彼女に至っては無表情……いや、あれは感情を殺している、といった様子。

 栗色の瞳には相も変わらず怯えの感じが窺える。


 くそ、良くない状況のはずなのに、この街の常識を知らないせいでもう1歩が踏み込めない。

 ……もどかしいが、ついて行くしかないか。



 ◇



 エリアスがアーゼルと出会う少し前に遡る。



 集会所では――



 ここは広さ100坪超の跡地。

 特に整備されていないデコボコの地面、建物やら塀やらに四方囲まれているが1箇所、2メートルほど塀が途切れた部分があり、そこから人は出入りすることができる。


 大通りから少し中道をくぐれば誰でも到達できるところだが、なぜか人々は寄り付こうとはしない。


 理由はただ1つ。

 かつて大罪を犯した虎獣人ヴォルガンが率いる犯罪者集団、『陰の牙』が集う場だから。


 今日は数日に1度の集会の日。

 ここへ集まるのは3人から5人で1グループの子供達が5グループほど、計20人近く。

 そして『陰の牙』リーダーのヴォルガンと手下の男が4人。


「従者どもォ! 今週の成果を示せェ!」


 集会所の中心で叫ぶのは、ボスのヴォルガン。

 虎獣人ではあるが、普段は人間の姿。

 小さく整った顔のわりに筋肉質で大きな体、つり上がった眉とカッと大きく見開いた瞳は、自分に絶対的な自信があることを示しているようだ。

 上裸に灰色毛皮のストールを首に巻き、へその高さまで垂れ下がっている。 

 そして白虎の如く白い髪は背中全体に広がるほど、1本1本が分厚く長い。


 そんなヴォルガンが放った『従者』という言葉。

 これはこの街の正式なルールに則っている。


 主従制度――


 それはこの街における1つの確立された制度。

 互いが同意した上で一方が相応の対価を払うことで他方を支配し、もう片方はその対価に合意した上で従うという関係性を得ること。


 ヴォルガンに対して恐怖を感じながらも、グループのリーダーがなんとか近くの大人に『成果』という名の巾着袋を手渡していく。


 その中にあるのは、この数日色んな方法で集めた物資の数々。

 主には生活物資にはなるが、換金する価値があるものであれば、金属や鉱石なんかでも良い。


 その巾着袋は全てヴォルガンの元へ集められ、ボス直々に中身を確認していく。


 1袋目、2袋目、3袋目……。


 ここでふと中を探る手が止まった。


「おい」


 集会所に響く重低音。

 しばらく静寂の空気が漂った後、ヴォルガンは再び声をあげる。


「この袋、どこの班だァ?」


 この空間にいる子供達の視線はある1つのグループへ集まった。

 そう、傍から見たら似たような巾着袋、違いなんて分からない。

 しかし子供達の間には、強い仲間意識のようなものが芽生えているようで、互いの袋がどれかくらいは把握しているのだ。


 そこのグループは男女2人ずつ。

 年齢は皆5歳から10歳の間で少しばらつきがある。


「またお前達か。……仕方ない。出来の悪い子は『廃棄』だ」


 フォォォォォォ――ッ!!!


 ボスのセリフに仲間は大きく雄叫びをあげて盛り上がる。


「久しぶりの廃棄だな」

「今回はどんな方法でするんだ?」

「見ろよ、ガキ共の怯えた顔っ!」


 一方の子供達、皆今から起こるであろう悲劇に不安を募らせている。


「女は、可哀想だ。今回はお前達、男2人にしよう」


 ヴォルガンにより指定された2人は自分のことだと分かった瞬間、糸が切れたかのように泣き崩れた。


「わあぁぁぁぁ――っ!!」


 ボスの手により人選がされてすぐ、手下達が動き出す。


 対象2人は急いで逃げようとするが、大人の足に勝てるはずもなく容易に捕えられた。


 そしてそのまま


 廃棄とはつまり主従関係の解消。

 契約の証である虎の紋章の剥奪だ。

 その紋章は男なら右肩、女なら右足に刻まれるのが『陰の牙』の鉄則。


 手下の男は躊躇なく執行した。

 男の子2人の右腕を手持ちの剣で切り落としたのである。


「あ゛ぁぁぁぁ、いだいぃぃぃぃ」


 苦しむ2人に休む暇は与えられない。

 互いの眼前にそれぞれ剣が放られる。


 そしてボスから最期の命が下された。


「生を勝ち取れ! 生きた者には身の安全を保証してやる」


 ヴォルガンは片腕を失った子供達に命懸けの一騎討ちを言い渡したのである。

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