目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第13話 見知らぬ土地


 何も無い空間を通ってから何時間くらい経ったのか……いや何日かもしれないし、はたまた何分という短い時間だったかもしれない。


 なんというか転移中は時間感覚が曖昧になってしまう、まるで夢を見ているような感覚に陥っていた。


 さて、俺はあの転移遺跡という見知らぬ空間からさらに見知らぬ空間へと飛ばされることになったわけだが、到着したこの場所、少ない人気とはいえ俺と同じ人間族の姿がチラホラ見えるところ、どうやら天国や地獄のような異界ではなさそうだ。


 街並みとしては俺がいたリーヴェン村のような自然豊かさとは真逆で、枯れた草木に乾燥した地面、砂の混じった風という砂漠の上にできた街、みたいな印象。

 それでも尚ここを街だと思ったのは、チラホラ建ち並ぶ小さな古民家や1列に並ぶ使い古されたテントの下で物を切り売りする商売人っぽい人達がいたからだ。


 何もしなけりゃ始まらない。

 とりあえず動くか。


 ってことで、俺はちょっと散策を始めた。


 なぜか街の人の視線が痛い。

 みんな怪訝な目で、俺の体を上から下まで舐め回すように視線を沿わせてくる。


 見慣れない顔ってのもあるだろうが、それだけでなく外見全体を見られているような。


 あ、そうか。

 今の俺の服装、どうもここの住民とは毛色が違う。

 それもそのはず、みんな着ている服はバラバラなものの、薄汚れていたり、所々破けていたりとお世辞にも綺麗な格好とは言えない。

 しかしお互い身なりを気にすることなく過ごしているようなので、これが普通なのだろう。


 どうやら毎日ママンが綺麗に洗濯してくれているこのお召し物が今は悪目立ちしているようだ。


 なんだか腑に落ちた。

 そりゃ言っちゃ悪いが、これだけ身なりを整えているやつが平然と歩いているとなると、目立って仕方ない。 


「おいこら待てガキ共っ!」


 突然の『ガキ』というワードに一瞬肩をビクつかせたが、のちに接続される『共』によって俺という選択肢は排除された。


 同時にザワつく人々、その方には逃げる2人の子供に、追いかける大人の男1人。

 俺と同い歳くらいか?


 そもそも身長や体格、総合的な筋力からして大人に大きく劣る子供だが、彼ら2人にはさらに大きな巾着袋を背負うというハンデを抱えている。

 徐々に距離も縮まっているし、追いつかれるのは時間の問題だろう。


 なんて思っていると、気付けば体は動いてしまうもので、俺は子供達を追いかけている大人の行く手を阻むが如く立ち塞がっていた。


「なんだ、このガキ? アイツら盗賊の仲間か?」


「盗賊……?」


 ……ってなんだっけ?

 とうぞく、トウゾク、盗賊……。


 え、もしかして悪いの『ガキ共』側!?

 これって俺も悪事に加担したことになるんじゃ。


「ほら、君もこっちへ!」


 手を引いてきた銀髪の男の子。

 横髪、後ろ髪は肩に触れるほどの長さ。

 そして服、右側の袖が不自然短くなっているが、そこから顔を出している虎の紋章が印象的。

 ここの貧しさや苦労を考えるとオシャレで髪を伸ばしたり、紋章……というか刺青を彫ったりしないとは思うが。


 しかしどうも俺はこの世界で銀髪と縁があるようだ。


 そういえばあの後、フィオラ大丈夫だったかな。

 無事に父さんが迎えに来てくれているといいけど。

 いや、心配するまでもないか。

 あの親バカ父さんだ、俺の反応が転移によってあの場所から消失したとあらば、最高速度であそこまで駆けつけてくれるだろうし。


 それよりも、俺はここから帰る方法を考えよう。

 まずはあのオッサンから逃げなければ。


 そして今俺を誘導してくれるこの2人、道がよく分かっているのか裏道や子供の背丈じゃないと通れないような抜け道を使って軽快に足を運んでいく。

 おかげで何とか逃れることが出来た。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


「うん、もう大丈夫そうなの」


 よく大人から逃げきれたもんだ。

 それに2人共、呼吸一つ乱れていない。

 よほどの体力があるとみえる。


「それよりコイツなんなの?」


 俺をライトブラウンの瞳で鋭く見つめるのは、猫耳の女の子。


「……って猫耳っ!?」


 鎖骨まで伸びるパーマがかった栗色の髪からはピンと真っ直ぐ天に向かって獣の耳が生えている。

 猫耳、とつい反応してしまったが、生物学上本当に猫かどうかは分からない。

 そしてよく見るとフニャフニャとなびく尻尾が生えているし、さすがにこの困窮した生活の中、コスプレなんてことはないだろう。


 そして1番はこの右太もも……。

 あ、いや別に他意があってジロジロ見たわけじゃないが、目に入るのは仕方ない。

 銀髪の彼と同じように虎の紋章が入っているのだから。

 この子に関しても右ズボンのみ不自然に丈が短くなっている。


 つまりこの2人に共通する虎の紋章、他者に見えるよう、その印を示さなければならないということ。

 もしかしてカップルでいうペアルック、的な?

 いや、生活に困ってる中そんなことするだろうか?


 一方の猫耳女の子は思わず興奮してしまった俺を警戒するように、銀髪の彼の背に隠れる。


「ラニア、そんなこと言うもんじゃない。僕達は彼に助けてもらったんだ」


 銀髪の彼はラニアという猫耳の子をなだめる。


「どこの誰かは分からないけど、改めて礼を言うよ。僕はアーゼル。君、名前は? どこからきたの?」


 アーゼル?

 どっかで聞いたこと……いや、まずは自己紹介だ。


「僕は……」


 ふと発した一人称に疑問を持つ。

 ここには俺の両親、レイナとセルディはいない。

 実はこの僕という一人称、俺がエリアスとして2人の子だと自分に言い聞かせる時のもの。

 別に僕だから子供、俺だから大人、ってわけではないのは百も承知。

 ただ自分の中でそういった役割を認識させるため、あえて振り分けているのだ。


 もちろん俺がこっちの世界で2人の子供だという事実はなんら変わらない。

 しかしだからといって、今ここで子供ぶる必要はないだろう。


 俺が次に一人称を戻すのは、エリアス・アールグレイとして父さん、母さんに再会できた時だ。

 それまでは前世アルベールの記憶を持つただのエリアスとして生きていく。


 そうやって少しでも2人の子供だという意識を省けば、俺は剣聖アルベールの時のように躊躇なく人を殺すことができるはず。

 そんな非情ともいえる心がこの先、生き残るためには必要、そう剣聖だった頃の本能が敏感に働いているのだ。


「どう、した……?」


 黙りこくりすぎて、アーゼルは不審な目で俺の顔を覗き込んでくる。

 ちょっと考え込みすぎたな。


「あ、いや……なんでもない。俺はエリアス。実はリーヴェン村ってところからきたんだけど」


「え……っ!?」


 アーゼルが目を丸くした。

 その反応、俺が発したリーヴェン村に心当たりが様子。


「もしかして、知ってるのか?」


「え、あぁ……」


「アーゼル、教えてくれないか? 俺はそこに帰らなくちゃいけない!」


 思わぬところで収穫ありだ。

 こんなにも早く村へ帰る可能性が芽吹くとは。


「それは……」


「おいお前ら、何グダグダと話してんだ?」


 俺達の会話中、突如後ろから大人の男の声がしたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?