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第12話 突然の別れ


 目の前の景色が大きく変わり、気がつけば殺風景な広い空間で俺は立ち尽くしていた。

 整備されたかのように平坦な薄茶色の岩肌は何が原理か強く発色しており、この部屋を明るく照らしている。

 そして地面いっぱいに敷かれた魔法陣のような大きく丸い絵柄。


 ここは……遺跡?

 と、そう思わせるような光景だった。


「何ここ……?」


 フィオラは不安そうな声で俺の服をクイッと握る。

 そんな彼女の視線の先、そこには髪を逆立てた不気味な女が黒い瞳がこちらを見ていた。


「おい、なんだここ?」


「森……ノ奥にアル遺跡ヨ。ドウヤラ誘イ込厶コトに成功シタヨウダナ」


 俺の乱雑な物言いに対して、女は全く気にもしない素振りでそう答える。

 森、というのはおそらく『亡者の森』のことか。


「こんなところで戦おうってか?」


「イイエ。私は戦エナイ。コノ体に肉体がナイのダカラ」


「じゃあ一体……」


 ゴゴッ――


 遺跡が大きく縦に揺れる。


「エリアス……っ!」


 その振動にフィオラは怯え、俺に身を寄せた。


「ココは転移遺跡。コノ魔法陣に蓄積サレタ魔力は、対象1人をドコカに飛バスコトがデキル」


 そう言い放つ女。

 意図が全く分からない。 


「なんでこんなことするんだ!?」


「エルフは天敵。コノ森を滅ボシカネナイ。幼イ間二始末スル」


 間髪入れず俺の問いに答えた。

 と同時に遺跡の床にある魔法陣が強く光り出す。


 そしてその光はフィオラの体にも変化をもたらした。


「体が……っ!?」


 そう、彼女自身も光を放ち始めたのだ。 

 フィオラは自分の四肢を確認することで、今の状況を把握する。


「フィオラ……っ!?」


 あの女がエルフへ向ける敵意。

 ここが転移遺跡だという事実。

 この2つが俺に絶望的な仮説を立てさせてくる。


 対象を1人どこかへ飛ばすことができる――


 女はそう言った。

 つまり遺跡が任意的に転移対象を選ぶことができるということになる。


 それがフィオラの体を包む光なのだとしたら。


 ……ダメだ、嫌な想像しかできない。


「くそ、転移ってどこに……」


「ソレハ、誰ニモ分からナイ」


 一瞬転移した後助けに行けるかと、そんな考えがよぎったが甘すぎた。


 どこへ飛ぶか分からない。

 それが本当のことかはさておき連絡手段もないこんな広い土地で人を1人探すなんて、広大な砂漠から1粒の宝石を探し当てるようなもの。


 さすがに不可能だ。


 ならばとれる方法はただ1つ。


「フィオラ、大丈夫だ。少し下がっててくれ」


 そう一言声をかけて、実行に移る。


「……エリアス?」


 俺は疑問の顔を浮かべているであろう彼女へ背を向け、手に集めた直径2メートル台の炎の球体を床にぶち投げた。


 ドカンッ――


 特大の爆発音と共に、遺跡の床は大きく抉れた。


「ナ、ナニヲッ!?」


 女の驚いた声、しかし俺には動きを止める時間なんて1秒もない。

 何せフィオラが転移してしまう前に、この遺跡を壊してしまわないといけないのだから。


 そのまま間を置かず手を前にかざし、炎の剣を創り出す。

 大きさは2メートル大、魔法なので重さも感じない。


 さらに発動者は自身の魔法からダメージを受けないという法則があるらしく、そのおかげで俺はこの剣を握っても熱くないのだ。


 しかし魔法をこんなにも速く発動できるようになったのも、エンドールさん流お稽古の成果。

 つまりはエルフの力の賜物。

 今なら炎でもっと色んなことができそうだ。


 それに魔力が視えるということは、単に視界がチカチカするだけではない。

 自分の中に流れる魔力が視覚的に分かるのだ。


 それの何がいいって、初めは俺にもよく分からなかった。


 しかし実際使えば一目瞭然。

 力の込めようによって変化する魔力循環の善し悪しが目で見て分かるのだ。

 もっと分かりやすく言うと、今までは体の感覚という抽象的なイメージだけでその流れを把握し、理解しようとしていたが、このエルフの力が宿るだけで視覚からのインプットが増えたということ。


 つまり魔法は目で覚える方が簡単。

 ただそれだけのことなのだ。


「こんな遺跡破壊してやるっ! フィオラが転移する前にっ!」


 俺は創り出した炎の剣で、遺跡中の床や天井を斬り刻んでいく。


「……エリアス、すごい」


「僕もエルフの力を得てるからな。魔力が視えるってスゴいわ」


「いや、エルフの力があってもそこまでできるのはエリアスくらいだよ」


 フィオラは比較的安全な俺の背後に隠れて、感嘆の声を漏らす。


「エルフの力……」


 女は見る目を変えた。

 そして呟く。


「仕方ナイ。対象ヲ変更スル」


「エリアスっ!? 体、光ってる……」


「あぁ。いいんだよ。これで僕がこの遺跡を壊すか、転移するかの2択になった」


 彼女は驚いた声でそう言うがその指摘された側の張本人、つまり俺はさほど驚いてはいない。

 これが予想していた出来事だったから。

 だから俺はこうもあっさりとしているのだ。


「ムダ。コノ遺跡は壊セナイ」


 女が口にした壊せない、というのは物理的なことを言っているのかどうか分からない。

 だが、間違いなく壁や天井は壊れているので破滅の一途を辿っているはず……。


 ただ懸念すべき点で言えば、俺の体を包む光がさらに増しているということ。

 転移してしまうタイミングがいつかなんてのは分からないが、いつ飛んでもおかしくない、そんな状況だ。


 それに、そろそろ魔力が尽きそう。

 いくらエルフの力を宿すといえどエリアスの体はまだまだ子供。

 魔力器官で創り出せる魔力は、今はまだこの小さな体に比例しているのだ。


「エリアスっ! 行っちゃヤダっ!」


 フィオラは俺の体をグッと引き寄せ、是が非でも転移を止めようとする。


「フィオラ。ごめんな」


 俺は彼女を巻き込まないよう、突き飛ばした。


「……っ!?」


 どてん、と尻もちをついたフィオラ。

 しかし彼女も俺と一緒に9ヶ月修行をこなしてきた身。

 そんな簡単には怯まず、最速で体勢を立て直して再び向かって来ようとする。


「フィオラ……っ! 聞いてくれ!」


 俺はそう言って掌を前に突き出すと、彼女の動きが自然と静止した。


「転移するのは1人。僕なら……僕の実力ならこのリーヴェン村に戻って来れる。一緒に修行してきたフィオラなら分かるだろ?」


「で、でもぉ……」


「大丈夫だ。なんたって僕……いや俺は昔、超強い剣聖だったんだぜ? ここだけの話だけどな」


「け、んせい?」


 突然の俺の言葉にフィオラは眉を寄せ、困惑した様子。

 まぁ分からんわな。


「ウチの父さんが息子にGPSを持たせるような過保護で本当に良かった。フィオラ、もうすぐ助けが来る。悪いけど父さんと母さんにも、必ず戻るからと言っといてくれ」


「やだ……エリアス、やだよぉ……」


 フィオラの喚き声など気にも留めず、俺の体はさらに輝きを増す。

 ダメか、そろそろな気がする。


「じゃ、行ってくるわ」


 俺はフィオラをこれ以上不安にさせまいと、できる限り笑みを浮かべた。


 そしてその瞬間、フッと目の前の景色が無へと変わる。

 あぁそうか……今この瞬間、俺は空間を移動したんだ。 

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