エンドールさんが仕事へ向かった後、いつも通り魔法の練習をこなしていると、ボチボチ日も暮れてきた。
「フィオラ、そろそろ帰るか」
「えーやだぁっ! もうちょっとエリアスと居たいっ!」
とまぁこんな風に最近は子供らしくゴネることが増えてきた。
「また明日も会えるから大丈夫だよ。って毎日会ってるじゃん、僕達」
「そうだけどぉ……」
甘える彼女を慰める彼氏みたいだな、と思いつつ俺はフィオラに声をかけると、まさに寂しがってる彼女のような口ぶりでフィオラはそう言葉を漏らすのだった。
正直可愛いっ!
可愛くて堪らんのだが、これは剣聖アルベールの人格として子供へ向ける親心的なものなのか、エリアスとして同年代に向ける恋心なのか区別がつかない。
少なくとも今現時点で、その答えを導き出すのは難しいだろう。
きっとそれはエリアスの発達段階が大人へと到達した時、自然と解が生まれることになる。
それまでこの悩みは自分の胸の中へしまっておく。
今、そう決めたのだ。
「……あれ、?」
俺が秘めたる想いを整理している間に、フィオラの視線は丘の下へと注がれていた。
子供は飽きっぽいって本当のことなんだな。
「フィオラ、どうした?」
俺は彼女と肩を並べ、同じように視線を送る。
そこには見たことのある光景。
それもエリアスになってからの。
つまりはデジャブ、というやつである。
「ねぇ、やっぱり亡者の森なんてやめとこうよ〜」
「大丈夫、私の家まで行ける安全な道知ってるんだ」
丘の真下で言葉巧みに森へ誘導する少女。
色白細身、長い黒髪で目元が隠れた不気味な子。
それは俺とフィオラが9ヶ月ほど前に出会った女の子と見た目も特徴も一致していた。
彼女に誘導されているのは3人の子供達。
この位置からでは、子供達の背中しか見えず、表情こそ分からないが、その場で立ち止まっているあたり怯えているに違いない。
「エリアス、どうしよう……?」
フィオラは不安な目、弱々しい声で俺に尋ねる。
「助けよう!」
俺が瞬時に答えられたのは、この状況がまさに2度目だからである。
あの時、亡者の森にさえ入らなければあんな危険な目には遭わなかったはず。
だから1度目、この丘で止められなかったことは自分の中で大きな後悔となっているのだ。
それにここは田舎道で人気がないにしても一応はリーヴェン村の範囲ではある。
あの女の子は森の中でフィオラを殺すようモンスターに命令を下していたが、さすがに白昼堂々と村の中でそんなことはできないだろうし。
そしてさらに言えば、俺もフィオラもこの9ヶ月で強くなった。
だからこその自信、反射的に俺の口から「助ける」という答えが出た理由だと思う。
フィオラと顔を合わせると、彼女は力強く頷いた。
覚悟ができた、ってことだろう。
とはいえフィオラに危険な目にあってほしくない。
だからまず俺が全力で駆け出し、彼女がそれを追う形にする。
「子供達、ソイツにゃついて行っちゃダメだぞ!」
フィオラよりも先に駆けつけた俺が彼らに救いの声をあげた。
だがおかしい、反応がないのだ。
そういえばあの時、森に入るフィオラ達に声をかけた時も同じ感じだった。
やはり魔法か何かで、外部からの接触を遮っているのかもしれない。
そう思って俺は危険を知らせるため、彼らのうち1人の男の子の肩に手を置く。
「おい、本当に危ないんだって!」
俺が肩を触れたその少年は、ゆっくりと首を傾げ、そのまま俺の方へグリッと首を回してくる。
「モウジャノモリナンテ、ヤメトコウヨ、モウジャノモリナンテ、ヤメトコウヨ、モウジャノモリナンテ、ヤメトコウヨ」
「エリアスっ!!」
フィオラは震えながらも強く吐き出した声で俺の名を呼ぶが、重なる機械的な声が彼女の叫びを見事遮った。
と同時に俺達へ振り返る子供達の顔を見て、驚愕する。
「に、人形……っ!?」
微動だにしない眼球に無機質な構造の肌、口角から顎に向かって垂直に下がるライン。
表情はピクリとも動かさず、口元のラインに沿って口がカタカタと開閉を繰り返すのみ。
フィオラが怯えた声で子供達に向けた『人形』という言葉は、完全に的を射ている。
「……っ!?」
もはやホラーすぎて、俺は1歩退き息を呑む。
これじゃ人形、いやあの女の操り人形……傀儡だ。
「エリアスっ! 早く逃げ……」
「ヤット見つケタ。エルフのオンナ」
女はあの時のように黒髪を全て逆立たせ、見開いた真っ黒な瞳を俺達に向ける。
そして周囲10メートルはある大きな闇の空間を地面に広げたのだ。
「……フィオラっ!」
俺が彼女の名を呼んだ時にはすでに遅く、地面に広がる闇の空間は俺とフィオラを引力のようなもので引きずり込もうとしてくる。
幼いエリアスの体にはそれに抗えるほどの実力は備わっておらず、俺は謎の力に体の自由を奪われた。
だめだ、吸い込まれる……っ!
「助け、て……エリアスっ!」
フィオラの嘆願が耳に届く。
そのまま為す術なく闇に飲み込まれていく彼女を、俺は眺めることしかできない。
不甲斐ない……俺はそんな憐れな気持ちに晒されながら、静かに闇へ飲まれたのだった。