「エリアスゥゥゥッ!! 大丈夫か!? 父さんが助けに来たからにはもう心配……ってあれ?」
と俺の位置をあのお守り型GPSで特定した完全武装の父さんがヴェリーシア家に突撃してきたあの日からもう半年。
俺は5歳になった。
一方フィオラは俺の1つ歳上だから6歳。
年齢でいえばもう小学1年生。
そう、ピッカピッカのっ、ってやつだ。
まずこの世界に学校があるのかという点だが、もちろんある。
しかしどうも俺の知ってる小学校とは違うようで、ここでは魔法学院初等部、中等部、高等部と別れており、更にいえば義務教育ではないらしい。
ちなみに前世とは就学年数が少し異なる。
初等部が6歳からというのは前世と同じだが、各課程3年制となっている。
つまりストレートにいけば15歳には高等部を卒業、そして成人というわけだ。
では実際に俺がそこへ通うのかというと、答えはYES……に近いとでもいおうか。
そう言い切れない理由としては2つ。
まず単純に入学試験だ。
父さん曰く、俺の実力でまず受からないはずがないとは言ってくれている。
だが、その日何があるか分からない。
腹痛で実力を発揮できないかもしれないし、試験会場に隕石が降ってくるかもしれない。
だから合格するまではなんとも。
そして2つ目、これは単に思い悩む親心というやつ。
やはり息子が遠く離れた土地に行くのは不安なんだと。
この話を両親とした時、初めてここが『リーヴェン村』という辺境の村だと知った。
そしてこの世界で1番多くの人族が住んでいると言われている『アルヴェニア大陸』だという。
俺はこれを機に、自分の住む土地について少し調べてみた。
アルヴェニア大陸は縦3000km、横3500kmはある楕円形のような形の大陸で、前世でいうオーストラリアなんかに大陸の形が似ている気がする。
今、俺が住むリーヴェン村はこの大陸の比較的南側に位置しており、魔法学院のある中央都市『アルヴェン』にはここから馬車で半日で着く停車場から発車される寝台列車で、1日ほど北に走った場所にあるらしい。
もちろん大陸と言われているだけあって海にはしっかり面している。
そしてその地平線の遥か先には他の大陸があるのだが、現状前世のように船で海外旅行という感じで気軽に行けるわけではない。
それはこの世界の大陸間が極めて遠いことや、それに用いる燃料が貴重なものだという問題があるためだ。
だからといって他大陸へ行けないというわけでもないらしい。
限りなく少ないが、魔導士が受諾する任務のうち最高難易度のS級に関しては他大陸のものもあるという。
一般的にはその方法のみが世に知られている。
果たして魔導士のうち、S級に昇格した者がこの大陸中でも全体の1%にも満たないことを『一般的』と言っていいのか甚だ疑問ではあるが。
おっと、一度話を戻そう。
俺がヴェリーシア家に初めて訪れた日、そしてフィオラのお父さん改めエンドールさんが俺の父さんへ今回の件の説明と謝罪をしたあの日から、我がアルベール家とヴェリーシア家の交流が始まったのだ。
どうも親同士気が合ったようで、母同士はよくお互いの家でお茶会を、父同士はよく酒を酌み交わしたりと現在に渡って盛んな交流を行っている。
だから俺とフィオラの修行、エンドールさんとのエルフ族のお稽古も俺の親公認というわけだ。
そして俺の日々にはフィオラとの修行、父さんへの成果お披露目に加えてエンドールさんとのお稽古が増えたわけだが、今日はその内のお稽古の日。
場所はいつもの丘。
「さぁエリアスくん! 準備運動から始めるよ!」
エンドールさんは貫禄のある立ち姿に満面の笑みで俺にそう声かけてくる。
「はい、お願いします!」
さて今からするのは、いつものルーティーンというやつだ。
この半年で『目に視えるチカチカ』まぁ魔力のことなんだけど、これにもずいぶん慣れてきた。
初めは眩しいわ気になるわで大変だったけど、今や俺の視界の一部で、急になくなったらちょっと寂しいレベルで馴染んでしまっている。
そして準備運動とは、この魔力達との対話である。
これがこの半年という期間でエンドールさんに教えてもらったこと。
対話とエルフ族の中では正式に呼ばれているらしいので俺も同じように言っているが、要は目に視える魔力を自在に操るというもの。
これがまた難しいのだ。
俺はいつものように魔力達を動かしていく。
まずは大きな○、次は□、×と光達が俺の思うように形作っていった。
「……この半年で対話が上手くなったね」
エンドールさんは優しい声で褒めてくれる。
「エリアスっ! すごい上手っ!」
フィオラはパチパチと手を叩く。
「エンドールさんの教え方が分かりやすいんですよ」
「本当にエリアスくんは5歳とは思えないほど謙虚だね。うちのフィオラも見習って欲しいものだ」
そう言い放つエンドールさんにフィオラはよく分からないと言わんばかりに首を傾げる。
6歳に謙虚、という言葉は早かったかな。
それからすぐお稽古は再開された。
俺は指示通りあれよあれよと魔力達を動かしていく。
エンドールさんはその都度「すごいよ」と褒めてくれるが、いつもお稽古はこれで時間が過ぎ去っていく。
俺としてはそろそろ新しいことを覚えたい。
これじゃサーカスの猛獣使い、水族館でいうドルフィントレーナーとやってることは同じである。
「よし、今日はこんなもんかな」
「あの、エンドールさん。そろそろ新しいことってしないんですか? 例えば魔力の一体化、とか」
小一時間ほど勤しんだ後、この場を締めくくろうとするエンドールさんに俺はそう提案した。
「魔力の一体化、か。初めに言ったことをよく覚えていたね。だけど残念ながらまだ早いんだ。今の歳だとおそらく体が負荷に耐えられない」
「そう、なんですね。具体的には何歳くらいから?」
俺の問いにエンドールさんは「そうだね、」と顎に拳を当て考え込む。
「だいたい、15歳くらいかな。学院を卒業してからが体にとってはベストだろう」
「だいぶ先ですね」
正直ちょっとだけガッカリした。
5歳になるまで順調に新しいことを吸収してきた俺だったが、秘めた力を知りながらも足踏みをするのはどうにももどかしく感じてしまう。
とはいえ体が壊れてしまっては元も子もない。
「……もしかすると、一体化の部分法ならいけるかも」
「え、それってなんですか?」
エンドールさんの小さな呟きに対して俺は問いを投げた。
「右手だけ、左手だけみたいな感じでね、体の一部分だけに魔力を集めることだよ。今日はこの後仕事だから難しいけど、また来週やってみよっか!」
「はい! お願いします!」
「エリアスだけずるい! 私も覚えたい!」
「はは、分かったよフィオラ。次は3人でお稽古しような」
「うん、楽しみ! 3人でできるの嬉しい!」
『魔力との対話』についてはフィオラにとってただの日常生活レベル。
つまり俺と並んで学ぶ必要がないので、このお稽古はエンドールさんと2人で行っていた。
その傍らでフィオラは俺にアドバイスくれたり、ときに退屈そうに景色を見渡したりと、1人寂しい時間を過ごしていたようなので、3人でお稽古できるのがよほど嬉しいのだろう。
「じゃあすまないが仕事に行ってくるよ。エリアスくん、フィオラを頼むね」
エンドールさんは和かにそう言う。
「はい、僕がしっかり家まで送り届けますんで!」
景気よくそう返事して、この場は解散となった。
次エンドールさんと会うのは来週だ。
そしてフィオラと肩を並べてお稽古できる日。
彼女自身心弾ませているが、実のところ俺も楽しみにしている。
そりゃまぁみんなで修行って、楽しいからな。
俺は早く来週になれ、とエンドールさんの去る背中を見て思うのだった。
しかしそんな来週は来ない。
なんて今の俺とフィオラには知る由もなかった。