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第8話 限界



 俺の新たな日々が始まってはや3ヶ月。

 ちなみにこの『新たな』とは銀髪美少女エルフ、フィオラとの魔法の特訓や毎日お母さんと作っているという愛妻弁当、調理工程の全てが謎で3カ月経った今でもレシピ1つ分からないこの虫のエキ……赤い飲み物、そして原因不明の発熱のことである。


 慣れとは非常に怖いもので、最近だと熱が出ていてもある程度平気になっていた。

 だが困ったことに体は薬にも慣れやがって、解熱剤の効果が薄れてしまい俺の体は絶賛24時間発熱中なのだ。


 そして慣れ関連で言えばもう1つ、今ではこの赤いドリンクを躊躇する前に飲み干している自分がいる。

 前世では人智を超えた氣のコントロールで話題だった剣聖アルベールだったが、まさか今世でも遠い未来、『死のドリンク飲み神』と崇め奉られることになるとは思いもしなかった(自称)。


 少し逸れたが、発熱に話を戻そう。

 実はまだ両親にも内緒にしている。

 逆にここまでよくバレなかったな、とも思う。


 まぁ本当いうと、すでに怪しまれている気はする。

 特に母さん、たまに「顔色が悪いけど?」と心配されるし。


 しかし今のところはなんとか修行のしすぎかな,と誤魔化している。

 母親は子供のことがなんでも分かるなんてことも聞く。

 だから胸を張って絶対に気づかれないとまでは言えないが、現状問い詰められることもなく済んでいる。


 とりあえずは自宅にある医学書を漁りに漁って今の症状について調べているが、特に進展はないといった状況だ。


 全くなんなんだよこの症状……。

 まさかこのジュースじゃないよな?

 え、ないよな?


「……リアスッ! エリアスってば!」


「んやぁっ!? はい、なんでしょ〜おっ〜おっ〜お〜っ!」


 フィオラはエリアスと何度も呼びながら俺の両肩を握り、前後に揺さぶってくる。

 まるで座ってない首のように上下に動くもんで視界が歪むこと歪むこと。


「ねぇ、みた? 今、みてた?」


 一度揺さぶりを止めたフィオラは、俺の瞳をまっすぐ見つめてそう問いかけてきた。


「えっと、あれだろ? ここが高くそびえ立つ丘なもんだから、風が強くてスカートがめくれちゃった的な」


「……むぅ。エリアス見てなかった。またおパンツのこと言うっ!」


 頬を膨らましむくれる彼女にごめん、と俺は両手を合わせてペコペコ頭を下げる。


 なんだかんだフィオラとは出会って3ヶ月。

 基本的に毎日一緒なため、さっきのようなおパンツジョークもお手の元。

 ただ年的に幼少期ということもあって、あまり恥じらいがなさそうだ。


 俺は未だご機嫌斜めのフィオラ様へ一声かける。


「フィオラ、凝縮だろ? ずいぶん上達したじゃないか」


 一応横目では見ていたが、本当にスムーズな凝縮だった。

 やはりエルフという種族故なのか、魔法の上達がえらく早いと思う。


「えへへ〜。やっぱりエリアスは私のこと見てくれてたぁ〜」


 そう言ってフィオラは真正面からハグしてきた。

 これは最近彼女が俺にしてくる感情表現のひとつだ。

 こんな小さい子なのに男の子とは違う香りがして、なんだかドキドキしてしまう。


「フィオラ、ほらまた距離が近くなってるよ」


「え〜いいじゃん。仲良しなんだし」


 どうやら彼女は心を開けば、物理的に距離も近くなるらしい。

 今の年齢ならまだいいが、フィオラが大きくなったら心配で仕方がなくなりそうだ。


 もう少し大きくなったら男女の距離感というものを教えてやろう。

 人生の先輩として。


「そうだ、エリアス! せーしつへんか! 見せて!」


 フィオラは俺から体をパッと離す。

 ほらハグよりも魔法だよ、みたいな目で俺を見てくる。

 本当にそう思っているのかは神のみぞ知るだが。


「おーけー。ちょっと待ってな」


 もちろんこの数ヶ月、俺自身何もしなかったわけでない。

 フィオラに魔法を教えつつ、空いている時間でしっかり力を身につけていたのだ。


「じゃあいくよ」


 俺はさっそく掌に凝縮させた魔力を炎へと変化させる。

 そして野球ボール大の火の球完成だ。


 実はこれ、3ヶ月頑張った成果でもある。

 地味すぎてどこが? と思われるかもしれないが、確実な変化。

 それは具現化、要は魔力を立ち昇らせていた過程を省いたのだ。


「わぁ〜! やっぱりエリアスすごい……っ!」


 父さんや母さんを見ていたら分かるが、魔法を使う際、誰も魔力を立ち昇らせてなんていない。

 仮に戦闘中呑気にそんなことしていたら、一瞬で仕留められてしまうだろう。

 つまり実用的に魔法を使う上で、この過程は必要ないということになる。


 だからこそ、この点に着目してひたすら練習していたのだ。


 ちなみにこんなこともできるようになった。


 「まだまだ!」


 この炎の球体をさらにアレンジする。

 鋭利に、できるだけ鋭利にまっすぐと伸ばしていく。

 それこそ1本の槍のように。


 丁寧にゆっくりと、だ。

 じゃないと形は変えられない。


「よし、できた」


「す、すごいよ……エリアスっ!」


 フィオラは両手を組み、感嘆の声を出す。

 彼女から放たれる羨望の眼差しには俺もなかなか慣れず、今でも歯痒さを感じている。


 形を変えるにはまだまだ実用性が低い。

 これも鍛錬あるのみだろう。


 実はここまでの成果を父さんに見てもらう機会があったのだが、今の俺の実力はD級冒険者の魔導師相当はあると言っていた。


 そんな息子の成長を肌で感じている父親、セルディ・アールグレイはできれば俺に付きっきりで魔法指導をしたいなんてことを呟いていたが、やはりA級冒険者という立場で日々忙しなく時間が取れないようだ。

 だから今は父さんの休暇日に実力を披露することで満足してもらっている。


 これも親孝行か、なんて4歳らしくないことを思いながら。


 そして「お外で魔法の練習、すごく捗る」と子供らしく伝えることで、元々比較的自由だった外出はさらに自由さが増したのだった。

 具体的には多少帰りが遅くなっても何も言われなくなったり、行き先を聞かれなくなったり。


 まぁその代わりに父さんからは、前世でいう神社のお守りみたいなものを渡された。

 どうやらこのお守り、GPS機能的なものがあるらしい。

 これもA級冒険者である父さんの繊細な魔力コントロールが為せるスゴ技だ、なんて言っていたけど。


「エリアスっ! 次、次の魔法っ!」


 炎の槍を目の当たりにしたフィオラの興奮は留まることを知らない。


「えーっとじゃあ、今練習中の雷やってみるか」


「おぉーっ!」


 前世の死因でもある雷、やはりこれに関しても習得は早かった。

 とはいえまだ覚えたばかりなので、炎のように自在に形を変えたりも難しいし、エネルギーの消費も激しい。


 しかし目を輝かせているフィオラを失望させたくない。


 俺は力を込めて魔力を雷の性質に変化させる。

 イメージだ、雷を強く脳に想起させていく。


 手の中に収まるほどの小さな稲妻。

 小さな光の枝が不規則に走っている。


 よしよし、調子いいぞ。

 これならもう少し大きくできるかも。


「よし、もうちょっと魔力を注いで、そうそう……」


 あれ体に力が入らないぞ。

 それに意識もちょっとボヤッとしてきた。


「え……エリアス、どうしたの!?」


「から、だが……言うこと、効か、な……」


 バタンッ――


 ここで俺の記憶は一度途絶えたのだった。

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