フィオラの修行は次の段階へ進んだ。
いや、まさかそんなスムーズに第2段階までこなせるなんてさすがにオジサンもびっくりした。
とはいえ次は俺も苦戦した凝縮だ。
いくらエルフ族だといってもこればかりはコツや技術みたいなものが必要。
そう簡単にはいかないだろうよ。
「……むぅ。分かんない」
フィオラは立ち昇らせた魔力を手に宿しながらどうしたものかとむくれている。
とまぁさすがに凝縮は難しいようで、少し時間がかかりそうな感じ。
しかし俺達はまだまだ幼児期。
時間なら腐るほどあるんだ、ゆっくり修行すればいい。
少し経ってからフィオラのおなかの虫を合図に、昼食をとることになった。
ぐぅ、と音が鳴ってしまった羞恥心で、顔を赤く染めながらもフィオラは白いビニールシートのようなものをバックから取り出す。
「手伝うよ」
俺はそう声をかけて、一緒に準備に取りかかった。
「……このお弁当自分で作ったの?」
「うん。お母さんにも手伝ってもらったけど」
な、なんと……っ!
これが愛妻弁当というやつか。
前世では戦いに明け暮れすぎて、女性のじょの字も知らない俺だったが、この愛妻弁当という単語くらいは知っている。
つまりは女性が愛する男性に贈るもの……フィオラが俺に向ける感情については一旦置いておいて、まさかそんな機会に恵まれるとは。
そんなことを思いながらお弁当を食べていく。
今日そんなサプライズがあるなんて露知らず、俺も母さんにお弁当を作ってもらっていた。
だから2人でわけっこだ。
「……これも、どうぞ」
フィオラが差し出してきたのは、水筒に入った飲み物。
「えっと、これは?」
飲み物に対して質問返しするのはおかしい話だが、その中に含まれる主成分がとても気になる。
パッと見、トマトジュースみたいな色合いなんだが、お世辞にもいい匂いとは言えない。
なんというか、生臭さみたいなものがツン、と鼻を通る感じ。
お弁当自体お母さんと作ったらしいし、飲み物だけ特別に変なものとは思えないが、やはり5歳児に渡された飲み物から悪臭がするとなると、俺の中で懐疑心を抱かずにいられなかったのだ。
「手作り、なんだけど……嫌だ?」
そんな上目遣いで不安にそうに見つめられて、容易に断れる俺ではない。
男として覚悟を決める時だ。
こんなにも意を決するのは久しぶり。
あれはたしか俺が剣聖アルベールだった頃、自軍100に対して1000の軍勢が押し寄せてきて……いや、今さら昔話なんて必要ないか。
「じゃあ、頂くよ」
思わず息を呑む。
フィオラから直接コップを手渡された。
「どうぞっ!」
そう言う彼女は心なしか嬉しそうだ。
俺はその赤い液体を口に注ぐ。
もちろんゆっくりと、だ。
まずはひと口。
ゴクッ――
味は……思ったよりも大丈夫。
ドロッとした野菜ジュース感に後から押し寄せてくる苦味と塩気。
不味いなんてことはないが、少なくとも前世……野営で食べた虫のエキスと似たり寄ったりだ。
つまり飲めないこともないというのが正直な感想。
「……どう、かな?」
不安そうにフィオラは首を傾げている。
そんなの答えはひとつ。
「最っ高に美味い……っ!」
俺は満面の笑みでそう言って、残りの虫のエキス(失礼だと承知)を飲み干したのだった。
「ほんと? やったぁ! 明日からも私、頑張るから」
俺の反応にフィオラはニコッと明るく笑み、握った拳を胸の前に持ってくる。
「あーそんな無理しなくてもいいぞ? しんどい時は俺が母さんに頼むからさ」
「ううん。エリアスは魔法教えてくれるんだから、お弁当は私が作るのっ!」
こりゃ折れそうもないな。
きっとしばらくこの美味しい飲み物をもらう日々が続くことだろう。
あぁ楽しみだ(棒読み)。
その日の夜中、俺は熱を出した。
体温の基準は前世と同じ基準で、現在の俺の体温は37、6℃。
いわゆる微熱というやつである。
「エリアス、具合はどう?」
「母さん、ありがとう。だいぶ良くなってきたみたい」
少し前にもらった解熱剤が効いてきたみたいだ。
寒気もだいぶ治ってきたし。
「はぁ、よかった。お外へ行くことも増えたから、きっと疲れが出たのね。明日は1日休みなさいね。さ、今日は一緒に寝ましょ?」
この家には現在、俺個人の部屋があり、ちょうど4歳になった頃から1人で眠っている。
なので両親と一緒に寝るのは久しぶりだ。
2人の時間を邪魔して悪いが、体調も万全ではない。
今日だけは甘えさせてもらおう。
翌朝にはしっかり平熱に戻っていた。
とはいえ昨日の今日だ。
さすがに外出許可は出なかった。
フィオラが待っていることを伝えると、母さん自らいつもの丘に出向き、彼女へ言伝をしてくれた。
「今日はお熱が出てるから、また明日ここで」と。
それから、帰ってきた母さんに「あら、あんな可愛い子だとは思わなかったわ。エリアスも隅に置けないわね」とイジられたのは言うまでもない。
さらに明くる日――
再び日常が始まった。
修行に愛妻弁当という平穏な日々が。
しかしところがどっこい、その日の夜中にも熱が出たのだ。
しんどさとしては、体感的に一昨日と同程度。
だがこれ以上父さん,母さんに心配をかけるわけにはいかない。
そう思い、俺は解熱剤を夜中こっそり飲んで黙っていることにした。
そしてこの日から、俺の平穏なルーティーンに発熱という不調が加わったのだ。