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第14話 姫君の癇癪

 慧芽が離宮でヴェラの世話役を始めてから、十日ほど。とうとうヴェラの我慢が限界を迎えたようで、この日は朝から大変手のかかることばかりだった。


 それが今、最高潮に達した。今までの抑圧が爆発したのか、ヴェラが過去一番の癇癪を起こしていた。


「やだやだやだ! ダンナサマに会う! 会いたい! 会いに行くの!」

「いけません。主上もお忙しいのです」

「昨日もダメって言ったじゃん! じゃあいつなら会えるの!」

「しばらくは難しいとのことですから。ですから姫様、今日もお部屋でお勉強を」

「ぜっっっったいヤダ!」


 地団駄を踏んで、せっかく着つけた衣をむしりとり、脱ぎ捨て、ヴェラは慧芽をにらみつける。相対する慧芽は、外へと続く扉の前に立ちはだかった。一糸もまとわぬ、生まれたままの姿になったヴェラの逃亡を許さない構えだ。


「けーめーがダメって言っても会いに行くもん!」


 ぎらぎらとした金の瞳が慧芽を射抜く。威嚇したヴェラがくるりと体を反転させ、一目散に窓のほうへと走り出した。


「克宇様!」


 慧芽の要請に応じ、ヴェラよりも早く窓に到達した克宇は、ヴェラの前でゆるく手を広げた。その表情はちょっと困り顔だけれど、瞳の奥には断固として通さないという強い意思が見える。


 いつもなら壁を向くところだ。ヴェラの異様な覇気から目をそらすべきではないと克宇も判断したようで、真正面からヴェラと対峙する。慧芽もそれどころじゃないと判断したのか、叱責を飛ばさない。


 行く先を阻まれたヴェラだけが、ギリッと歯軋りをして、怒りの感情をあらわにした。


「こくうもジャマしないでよぅ!」

「申し訳ないです、姫君。これも仕事なものですから……」

「やだやだやだ! こくうもけーめーも、イジワルしないでよぅ!」


 がうっと牙をむき出しにして、ヴェラががなる。紫の髪が風もないのにふわふわと揺れるのが、ヴェラの荒れた内情に煽られているかのようだ。


 七日前に軒炎が離宮を訪れて以来、一度も軒炎はヴェラの前に姿を見せていない。

 慧芽も克宇も、皇帝である軒炎がそう簡単に皇城を脱け出せないことは分かっている。その上、今はまだヴェラを表舞台に出す時期じゃないのを肌で実感していた。竜の姫君の存在を秘匿しておくには、極力接触を絶つ必要があるのも理解していた。


 だけどヴェラはそれが納得できない。

 会いたい時に会いたいだけなのに、会いに行ってはならないと言われても納得がいかない。


 ちょっとくらい。

 ひと目、見るだけでも。


 そう訴えても、慧芽は滔々とヴェラを説き伏せ、克宇は軒炎との逢瀬を邪魔する。ヴェラにはそれが不満だった。


「ヴェラ、ちゃんとお衣装きたよ! ご飯も匙で食べてるよ! お勉強もしてるじゃん! なんでダメなの!」

「ですから、主上もお忙しいのです。ここに来るには時間もかかりますし、主上には主上のお勤めがございます」

「お城の外からお顔を見るだけでもいいじゃん! 行かせてよぅ!」

「なりません。姫様が今、離宮から出てしまうと、主上の思惑が不意になってしまいます。大人しく離宮にいてくださいませ」


 くるりと慧芽のほうへと向き直った金の双眸が、凶悪に開かれる。瞳孔は細くなり、慧芽を射抜く。


 普段のヴェラからは想像もしなかった、迫力のある眼光。慧芽は気圧されそうになったけれど、臆することなく胸を張り、ヴェラと対峙した。


「何度もお伝えしておりますが、姫様。姫様がこの離宮を出られるのは、皇帝の妃として真っ当な淑女となられた日でございます。今の姫様が皇城へ上がられても、すぐに摘まみ出されてしまいますよ」

「そんなことないもん! そんなになる前に竜になるもん!」

「竜体化してはなりませんと、常日頃からお伝えしているでしょう」

「じゃあどうしたらダンナサマに会えるの!」

「姫様が皇帝にふさわしい淑女になられた時でございます」


 これでは押し問答だ。

 互いに一歩も譲らない主張は平行線のまま、交わることはない。


 本音で言えば、慧芽もヴェラが軒炎に会いたいのであれば、気軽に会わせてやりたい。番いであるというのなら、生きるのに必要な相手のはずだ。特にヴェラは人にもなれる竜で、本人が言うには「ダンナサマが番いだから!」人間になれるという。


 慧芽にはその真偽が分からないけれど、ヴェラが言う以上そうなのだろうと考えている。逆説的に言えば、軒炎がいなくなれば番いとして人の姿の形をする必要もなくなるのだろうか、とも。


 竜の番いという状態が、人間で言う恋愛感情なのか、婚姻関係なのかも解明ができていない。一度、番いとして定めても、心が離れれば番いではなくなるのかなど、不透明なことが多い。できればヴェラの心のまま行動させることで、少しでも長く竜の姫君を引き留めておけるなら、それに超したことはないと思っている。


 とはいえ、だ。

 何を言ってもその番いの相手は、畏れ多くもこの天峯国の皇帝陛下。平民どころか、並みの貴族や名家ですらも、お目通りが叶うことがまずない存在だ。


 顔が知れていれば皇城の門衛にも通してもらえるだろうけれど、慧芽はおろか、ヴェラも今はまだ秘匿されるべき存在だ。正面から行っても門前払いが関の山。だからといって、正面が無理ならと皇城に侵入するようなことにでもなれば大問題。慧芽と克宇の責任問題になりかねない。


 そうなればまず間違いなく、慧芽と克宇の首が飛ぶ。


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