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第12話 竜のおとぎ話

 ひと月という時間はあまりにも短い。

 やりたい放題のヴェラへと、人間らしい教養のあれこれを教えるには、何をするにも中途半端になる。


 いまだ凝った盛装を嫌がるヴェラは、軒炎が忍びで会いに来る時以外、夜着以上の布を体にまとうのを許してくれない。軒炎がいれば夏の薄物は着てくれるようになったけれど、やはり重たい帯や蔽膝、下衣は身につけてくれない。


 とはいえさすがに、ひと月を「衣を着せる」ことのみに費やすことはできないので、慧芽は日中に学びの時間を設けていた。


「さて姫様。本日のお勉強の時間ですよ」

「はーい!」


 ヴェラが学ぶべきことは行儀作法だけでは足りない。


 竜であるヴェラに圧倒的に足りないものは、人としての常識や価値観だ。手っ取り早くそれらを学んでもらうには、お伽噺や故事説話、巷で流行りの小噺集が一番だと考えた慧芽は、一日に一つか二つの小話を選んで、読み聞かせをしている。


 教本となる冊子を見せながら文字を追っていけば、字の勉強にもなる。ヴェラ自身は字の勉強にはあまり身が入らないようだけれど、物語を聞くのは好きなようで、慧芽が読み語りをしている時は、大人しく耳を傾けていることが多かった。


 今日もまた、一つの小話をヴェラへと語る。

 それはこの天峯国に伝わる、竜のお話。


 五百年以上前には強欲な王が、全身が水晶のように透き通って美しい六花竜を捕らえようとして怒りを買い、一夜にして王城が氷漬けとなった。


 約三百年前には、棲み処を荒らされて人里に降りてきた白灯竜が炎を吐き出し、周囲一帯を焼け野原にしたので、国軍総出で討伐した。


 子供の寝物語としても有名な竜の話をして、慧芽は人間にとって、どれほど竜が驚異的な存在なのかということを説いた。


「このように、竜という存在は人智を越える力を持っていました。一度その力を奮えば、私たち人は簡単に滅ぶでしょう。ゆえに私たちは竜を怖れるのです」

「納得いかなぁい~! なんで竜がワルモノなの!」


 ぷっくうと頬を膨らませ、椅子から立ち上がったヴェラが地団駄を踏んで抗議する。そんなヴェラに、慧芽は言葉を訂正した。


「竜だけが悪いわけではありません。人にも間違いはあります。姫様も今の話を聞いて、竜よりも人が悪いと思ったのでしょう」

「だってそーじゃん! リッカリュー? は悪くないよ!」

「そうです。六花竜の話は人間にとって、過ぎたる強欲は身を滅ぼすという教訓の話なのです」

「ハクトーリューだって、おうち取られちゃったら怒るよ」

「それは人も同じでございます。ですが人同士であれば、言葉は通じます。暴力での報復は暴力で抑えられるのが常。白灯竜の話は最後に、言葉が通じるのなら話して解決をするようにと、締めくくります」


 決して竜だけが悪いのではないと説きつつ、けれど、と慧芽は言葉を続けた。


「人には人に学ぶことがあるように、姫様にはこの話から、竜として知っておいて欲しいことがあります」

「リュウとして?」

「はい。それは竜の力の強大さでございます」


 不思議そうな顔をするヴェラに、慧芽は声を静かに保ちながら、ヴェラの両手が人に過ぎたる力を持っていることを説いていく。


「姫様のお力は人智を越えるもの。吹雪をもたらす六花竜や、炎を吐く白灯竜のように、過去、紫雲竜は嵐と共に訪れるという伝えが残っております」

「シウンリュー?」

「姫様のように紫の鱗を持つ竜でございます」


 ヴェラが聞き返すので、慧芽は紫雲竜についても詳細に語る。


「紫雲竜は二百五十年ほど前より、天峯国やその周辺各国にて目撃情報が出ています。天峯国では八回ほど、嵐の日に、雷の合間を縫うようにして上空を飛んでいたのが目撃されてますね」


 へぇ〜、とヴェラが相槌を打つ。


「ヴェラ以外に、ヴェラみたいなリュウがいるんだねぇ」

「むしろ姫様のことです……いえ、もしや……?」


 ヴェラの言葉に聞き返そうとした慧芽が、はたと何かに気づいて、ヴェラの顔をまじまじと見つめた。


 初めて会った頃に軒炎から聞いた、ヴェラに関する話を思いだす。観察日記にも書いた記憶がある。ヴェラの年齢はおよそ三百だとか。


「姫様。姫様はご自分以外の竜と、お会いになられたことはありますか?」

「あるよー。ヒューロとバン!」

「姫様と同じ、紫の鱗をお持ちですか?」

「ううん。ヒューロはねぇ、きれいな氷みたいに、つるつるでつやつやだったよ。バンは白いんだけどねぇ、怒るとおなかが赤くなるんだ。あ、お話のリッカリューとハクトーリューみたいな!」


 笑顔で言葉を続けたヴェラに、慧芽は瞠目した。

 考える素振りを見せながら、ゆるみそうになる口もとをそっと手もとの袖で隠す。


 思わぬところから衝撃の事実を知ってしまった。

 今すぐにでも自室に戻りたい。

 戻って墨をすり、筆を取りたい。

 そして、ヴェラの話す歴史的発見を綴りたくてしょうがない。


 おそらく、「みたいな」ではなくて、正しくヴェラの会った竜とは、六花竜と白灯竜に違いない。お話の個体とは違う可能性もあるけれど、ヴェラが知っているのが自分を含めて三匹のリュウだけであれば、その長命を理由に、同一個体である可能性は高いと考えられる。


 ヴェラが話してくれる二つとない話を脳裏に焼きつけながら、慧芽の感情の大部分が、驚愕と歓喜で占められていた。


 ちらりと慧芽は克宇の様子をうかがう。

 克宇が慧芽の部屋を訪ねた日の様子を思いだす。


 克宇は人と竜の共存を夢見ているような人物だった。竜という生物界の頂点に憧れているのだろうと感じたくらいの、熱量だった。


 そんな彼がもしも、ヴェラ以外にも竜が生きていると知ったなら。


「…………」


 当然のように頬がゆるんでいて、心なしか瞳にも輝きが増している気がする。

 今この瞬間は、慧芽も克宇も思い至ることは同じだったらしい。


 慧芽は話が脱線してしまうかと思いながらも、今ほど竜に関する話を、直接ヴェラから聞き取れる時間はそうないだろうと思い直して質問を重ねた。


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