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第11話 竜の食べ物

「何か蛇に嫌な思い出でもあるのですか? そうそう都では蛇なんて見かけないでしょうに、そこまで嫌っていらっしゃるなんて」


 あまりにも克宇が蛇を嫌がるので、慧芽が尋ねると、克宇はその通りだと深く頷いた。


「自分でも情けないとは思うんですけど……やはりどうにも受けつけないんですよね」


 羮に浮かぶ、無慈悲に寸断された蛇の成れの果てから目をそらしている克宇。慧芽が先を促すようにじっと見つめれば、彼は眉を頼りなく下げながらも、蛇嫌いになった発端を話してくれた。


「幼い頃、祖父に山へと連れて行かれたことがあったのですが。その時に毒蛇に咬まれたんです」


 克宇の家は代々武官を輩出している名門だ。克宇の祖父は今なお健在で衰えを知らず、当時も幼い克宇を修行と称して山へ連れ込み、山籠りをしていたそう。その時に祖父の目のないところで、克宇が毒蛇の存在に気づかず藪に入りこみ、噛まれてしまったのだとか。


 噛まれた克宇は蛇を慌てて退治して、祖父のところに戻った。でも、蛇に噛まれたことはかっこ悪いことと思って内緒にしてしまったらしい。毒がまわりかけたことに祖父が気づき、速攻で下山。その足で医者にかかったのだとか。


「腕の良い医者にかかれたから良かったものの、そうじゃなかったら足を一本、切り落としていたかもしれないと言われました。あの時のことを思いだすと、とても蛇に近づく気にはなれませんよ」


 克宇が肩をすくめて語り終えると、慧芽は納得したようにうなずく。ちょっと自業自得な部分もあるけれど、それが教訓になっているのならば良いことだ。


「仕方ありませんね。幼い頃にすり込まれた苦手意識は、そう簡単にはぬぐえませんから」


 今後は克宇に無理強いをしないようにしなければと慧芽が思い直したところで、二人のやり取りを聞いていたヴェラが不思議そうな声を上げた。


「こくうはヘビにかまれると、足をきるの?」


 無邪気なヴェラの言葉に、慧芽も克宇も目を丸くする。お互いに顔を見合わせて、慧芽が口を開いた。


「克宇様だけではありませんよ。人は毒蛇に咬まれると、手足が腐り落ちることがあるのです。故に切り落とさねばならなくなることがあります」

「ドクヘビってふつーのヘビと違うの?」

「毒があるから普通の蛇ではありません。姫様の今食べているその蛇も、毒を持っております」

「ドク……ドクってなぁに?」


 首をひねるヴェラに、慧芽はさらに瞠目すると、丁寧に毒という言葉について教えていく。


「毒という字はこう書きます。毒とは体を害し、生き物の生命を脅かすものです。たとえば毒を体内に取り込むと、お腹が痛くなったり、体が痺れたり、血を吐いたり。意識を失うこともあれば、克宇様が話したように、体が腐り落ちることもあります」


 慧芽は行儀が悪いと思いながらも、茶の入っている椀に人差し指を差し入れ、濡らした指先で卓の上に文字を書く。その文字を示し、ヴェラに言葉の意味から、毒がもたらす症状について教えた。


 ぱちぱちと目をまばたきながら聞いていたヴェラだけれど、ふと椀の中身と克宇を見比べると、何かに気づいたようにぎょっとした顔になる。手に持っていた匙を放って両手で口もとを隠してしまった。


「ど、どどどうしよう! ヴェラ、毒、食べちゃった! 体くさっちゃう!?」


 急に慌てふためき出したヴェラはガタガタと椅子から立ち上がると、羮から距離を取る。金色の瞳孔が縦に開き、紫の髪がふわふわと逆立つ。


 興奮しているヴェラに、慧芽は内心焦った。


「何を仰っているのです。それはヴェラ様が隠していた蛇ですよ。私がこの蛇を姫様の部屋で見つけたのはこれで二回目です。食べるおつもりだったのでしょう?」


 一回目は迷いこんだ蛇かと思い、すぐさま始末してしまった。だけど今回、ヴェラが食べるつもりだったと言ったから、夕飯にしたわけで。


「今までもこの蛇を食べていたのでしょう? この蛇を食べて体が悪くなるということがありましたか?」

「いつのまにか消えてたヘビはけーめーが持ってっちゃってたのね……」


 慧芽はゆったりとした動作で床に落ちた匙を拾いながら、少しだけしょんもりしたヴェラへと問いかける。


 そのあと、たっぷり十は数えるくらい黙り込んだヴェラは、首をかしげて。


「でも、そうだね。体がわるいのはなってないや。このヘビおいしいから、ヴェラ好きだもん。見つけたらいっぱい食べるよ! でも体はわるくはならないの! ふしぎ!」

「それは姫様が竜だからでしょう。人間には毒でも、竜にとって毒ではないのかもしれません。逆も然りで、竜にとって毒でも、人間にとって毒ではない食べ物が存在するかもしれませんね」


 ふしぎ、ふしぎ、とはやしたてるヴェラに、慧芽は新しい匙を握らせると、その背後にまわって肩に触れ、椅子に座るようにうながす。動いた拍子にヴェラの紫の髪がふわふわと揺れた。


 ヴェラが着席し直すと、慧芽は椀にもう一杯の羮をよそおい、ヴェラへと差しだす。そのついでに、この話の着地点としての要点を伝えた。


「ですので姫様、食べたいものがあれば自分で拾うのではなく、私に仰ってください。逆に、食べられないものがあれば、それも教えてくださいませ。お話しくださらないと、食事やおやつに、姫様が食べたいものをお出しできませんし、姫様が食べられない物が何かも分かりませんから」

「おいしいものいっぱい食べさせてくれるならいいよぅ!」


 ヴェラが笑顔で答える。

 その笑顔に、慧芽は少しだけこの竜の姫君と歩み寄れた気がして、ゆるりとした微笑を浮かべた。


 その、傍ら。


 終始二人の少女と同じ食卓を囲んでいた克宇だったけれど、地獄を体現した羮を介して生まれた姫君と世話役の信頼関係に、彼だけは世にも奇妙なものを見た気分になったのだった。


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