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第3話 ご褒美の蜜菓子

 出遅れた克宇と共に急ぎ宮へと戻った慧芽は、軒炎からヴェラを引き取ると、ぐずる姫君を容赦なく衣装部屋へと押し込んだ。


「姫様! あれほど衣装を着ておくように言いましたのに、どうして脱いでしまわれるんですか!」

「だってキュークツなんだもん!」

「それでも人前に立つならば最低限の礼儀であると、再三お伝えしているでしょう!」


 慧芽は衣を手に取ると、襟を正し、袖を伸ばし、ヴェラへと衣をまとわせていく。


 ヴェラがあまりにも重たい衣は嫌がるので、蔽膝のような装飾は着せることを諦めた。まだ肌寒い時期ではあるものの、夏用の薄い生地の襦裾を用意して、帯をゆるく胸上で締める。


 先ほどは衣に慣れてもらうべくきっちりとした正装を着せたけれど、今は早急かつ少しでも長くヴェラに衣服を着てもらわねばならない。時間が限られていることを免罪符に、慧芽はヴェラに有無を言わせず、手早く美しく衣を着せることを優先した。


 でも、なんとか衣を着せ終わっても、早々にヴェラが服を脱ごうと帯に手をかける。


「姫様、いけません!」

「やだぁ~!」

「それをほどいてしまったら、主上とのおやつはなしですよ。あまぁい蜜菓子もお預けです!」

「けーめーのイジワル~っ!」


 何とでもお言いなさいと内心毒づきながらも、慧芽が手を休めることはない。ヴェラのぼさぼさになってしまった髪をくしけずり、軽く編み込んだ髪を肩から胸のほうへと流すように結わえる。


 そうしてようやく竜の姫君を人前に出られるように仕立て上げた慧芽は、忘れることなく釘を刺した。


「いいですか、姫様。このお部屋を出たら、まずは主上にご挨拶です。ご挨拶の言葉は覚えていらっしゃいますか?」

「しらなーい」


 そんなことより早くダンナサマのとこ行こー、とごねるヴェラに、慧芽の頬がひきつった。


 それでも根気よく、ここ数日で何度も繰り返し教えた「謁見の挨拶」を再びいちから教えようと試みる。けれど、ヴェラはもう居ても立ってもいられないようで身もそぞろ。これではきっと覚えていないのは明白だ。


「姫様、お願いですから、礼と挨拶だけは覚えてくださいませ。これができないとお部屋から出しませんよ」

「むぅ~! だいじょーぶだよ! 覚えた!」


 ヴェラがとうとうそう言い張ったので、慧芽は眉をしかめながらも渋々部屋の扉を開ける。


 衣装部屋の向こうは居室になっている。皇帝を通すにはきちんとした客間を使用するべきではあったけれど、軒炎は気にすることなく自らこの居室へと入っていた。おそらく、ヴェラの衣装部屋が一番近いことを知っていたからだろう。


 衣装部屋からの扉を開けば、当然のように軒炎が長椅子に腰かけてヴェラを待っていた。克宇も同じ部屋の中、外へと繋がる扉の前で護衛らしく待機をしている。


「御前失礼いたします。姫様のご支度が終わりました」


 慧芽が恭しく扉を開けて横に控える。

 ヴェラがひょいっと奥から顔を出した。


 編んでいるにも関わらず、紫の髪がぴょこんと跳ねている。非常に動きにくそうにヴェラがゆっくりと部屋へと入ってきた。その様子を見た軒炎が長椅子から立ち上がり、両腕を広げて。


「ヴェラ、おいで」

「ダンナサマー!」


 軒炎に名前を呼ばれた瞬間に、ヴェラの表情がぱぁっと晴れて、満面の笑顔になる。


 勢いよく足を踏み出したヴェラは、軒炎に飛びつこうとするけれど――裾を踏みつけ、つんのめり、予想外に勢いよく軒炎へと飛び出してしまった。


「姫様!」

「主上!」


 慧芽と克宇が慌てて一歩を踏み出す。


「案ずるな。これくらい平気だ」


 からりと笑った軒炎は、難なくヴェラを抱き止めるとそのまま長椅子へと腰かけて、彼女を自分の膝へと乗せた。


 怪我なく済んだことに胸をなで下ろした慧芽はそのままお茶の支度をすることに。通り際、克宇のほうをうかがえば、彼も壁際に立ち直して自分の仕事に戻っている。


 慧芽は一度退室すると、厨から茶器や茶請けを持ってくる。離宮とはいえ、軒炎の意向で慧芽と克宇のみしかいないため、常に人が足りていない。名門の出とはいえ、身のまわりのことはひと通りできる慧芽だからこそどうにかなっている部分もある。普通の女官だったら手の回らないところが出ていただろう。


 居室に戻れば軒炎とヴェラが仲睦まじそうに話していた。ヴェラが甘えるように軒炎にすり寄っているのを見て不敬の二文字が慧芽の脳内を通りすぎていくけれど、軒炎がまんざらでもなさそうなので野暮なことを言うのはやめておいた。


 香りの良い茶を茶器に注ぎ、茶請けとして蜜菓子を差しだす。砂糖が結晶化してきらきら光る蜜菓子に、ヴェラが目を輝かせた。


「おやつ!」

「ちゃんとお衣装を着られましたからね」


 ヴェラが無邪気に喜び、手を伸ばそうとする。だが、軒炎がその腰に腕をまわし、引き止めてしまった。


 蜜菓子に手が届かなくて、じたばた暴れようとするヴェラをその腕に閉じ込めた軒炎は、悪戯めいた表情で自ら蜜菓子をつまむ。


「さぁヴェラ、口をおあけ」

「ぴゃっ!」


 軒炎がその蜜菓子をヴェラの口もとに差しだした途端、ヴェラが赤面した。


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