ハッとして視線を上げると、まるで雪の中に足跡を残していくように、上衣、帯、
そして最後には、その道筋の先でかしゃんと繊細な金細工が床に落ちる音がして。
嫌がる姫君にあの手この手でようやく衣裳を着せ終わったはずの慧芽は、満足気に弧を描いていた紅い唇を思い切り歪めた。わなわなと体が震え、赤く染めた強気な眦がきゅっとつり上がる。可憐な花鈿を施すその額には青筋まで浮かんだ。
もう何度目か分からないやるせなさに、怒りもわいてくるというもの。
慧芽は胸の内に籠る感情と自らの裾を上品にさばくと、脱ぎ捨てられた衣を追いかけ、衣装部屋から顔を突き出した。そしてその先にある居室で、壁を向いたまま微動だにしない青年に、ぴしゃりと言い放つ。
「
「あっ、ハイッ! 今すぐ連れ戻します!」
「回収したらこの上衣をかぶせるように! 決して素肌を見てはなりませんよ!」
「そんな無茶なぁ!」
一寸先に壁を見ていた克宇が肩を跳ね上げた。
ここ数日の慧芽の怒声の賜物か。姫君が素っ裸になると条件反射で壁を向くようになっていた護衛武官の克宇が、慌てて部屋を出ていこうとする。
その克宇を引き留めて上衣を渡した慧芽は、もう一枚衣裳部屋から衣をひっつかむと、自らも克宇のあとを追うように逃げ出した姫君を追いかけた。
(せめてこの宮、いや、離宮の区画から出ていないと良いけれど)
胸中でぼやきながらも、大きく頭を振る。案じたところであのじゃじゃ馬娘ならぬじゃじゃ竜娘は、本能に任せて生きているのだから無駄だろう。慧芽は大きくため息をついて気を引き締めた。
慧芽に課せられた使命は、本能のままに生きるこの野生児を淑女――いずれは皇妃にふさわしい存在として、振る舞いを身につけさせること。
それがまさか、衣服を着ることから教えないといけないなんて。
目の前の餌に軽々と飛びついてしまった過去の自分を、慧芽は早くも後悔しそうだ。