二千六十九年、十二月二十日、東京。新宿ゼノパス特政区。
小雨。二十時五十一分。
立体広告が眩い街中に、政府の警報が発令されている。
『政府からのお知らせです。雨の水素イオン濃度指数がpH5.6を下回りました。酸性雨は、ゼノパスであるあなたの機能に悪影響を及ぼす可能性があります。撥水・防水処理を行っていないゼノパスの皆様は、政府の補助金やクーポンによって……』
そのゼノパスの少年は黒のレザーパーカーを羽織り、ビルの陰から一人の少女を見ていた。小雨降る中、街頭に座ってギターを弾きながら歌う少女。その少女もまた、ゼノパスである。
「人間の歌なんて唄わないでよ。僕達がこんな風になったのだって、そもそも人間が……」
そう呟く少年に、組織からの通信が入った。
『キース。目標は
『うん。
『上出来だ。報酬はXパックだけでいいんだな? いつもの店に預けておく』
「あ、あの……そ、それと、防水用のコーティング剤を……ダメかな?」
『ん? お前は元々……まあいい。高価な代物だが、それも追加で用意する。お前はよくやってくれているからな』
キースは通信を切ると、少女の元へと歩み寄った。
「あ、あの。こ、これ……どうぞ。僕はもう、お腹いっぱいだから」
少女に差し出したのは、ゼノパスのエネルギー源、Xパックだ。
「有難う。私、この
「う、うん……」
「いつも私の歌を聴いてくれて有難うね。でもさ、あんな遠くからじゃなくて、もっとそばで聴けばいいのに。私がそっちに行ければいいんだけどさ」
その少女の両足は、膝から下が欠損していた。
その傍らには、廃材で作られた台車が置かれている。
「じゃあ、僕もう行くね。仕事があるから」
◇ ◇ ◇
キースはゼノパスパーツショップのウィンドウを眺めていた。
そのパーツの電子値札には、政府の補助クーポンが適用される旨が書かれている。
「補助クーポンか。こんなの、反乱終結後に生産されたゼノパスだけのものじゃないか」
そこへ組織からの連絡が入った。
『今回の目標は確認したか? ニューロン・クラウド上にお前のアクセス履歴は無いが』
「ごめんなさい。後で確認しておく」
『目標はV・P捜査員の中でもベテランだ。まあ、レジスタンスサバイバーのお前なら問題ないと思うが。超高性能コマンド・アイを搭載してるお前ならな』
「あの……一番凄い目標を殺したら、報酬は増えるの……?」
『ああ。俺達が一番
「そ、それと、今回から報酬は現金で受け取りたいんだけど、いいかな?」
『構わないが、ID無しのお前は口座を持ってないだろ。大昔みたいに紙幣で、というわけにはいかない』
「それまでには口座、用意しておくから」
◇ ◇ ◇
十二月二十ニ日、東京。新宿ゼノパス特政区。曇り。二十時五十四分。
「あ! この間はコーティング剤、どうも有り難う! おかげで雨の中でも心配しないで歌えるようになったよ! でもあれ、高くなかった? 私達、補助金も使えないしさ」
「え? ぼ、僕、今、廃品回収をしててさ。新古品がタダで手に入ったから……それより、いつも歌ってる曲なんだけど……」
「曲?」
「あの曲って、確か昔の人間が、人間の為に作った応援歌だよね。どうしてそんな歌を唄うの? ゼノパスの君ならもっと奇麗な歌声で違う曲を……」
少女はキースに笑顔を向けて答えた。
「歌にゼノパスも人間もないでしょ? 君のように、廃品回収で頑張ってるゼノパスもいるんだからさ。それに私の声帯調節機能、もう壊れちゃってるからね。綺麗な歌声じゃなくってごめんね~」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「あはは。嫌いだったら聴いてくれないもんね。お仕事、頑張ってね」
キースは少女に別れを告げ、立体広告が照らす夜の新宿を歩いた。
「お仕事、頑張ってね、か。だから僕は、あの曲が嫌いなんだ……」