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第6話 ゼノパスの思い出

 アユムの再侵入により、事務局内は騒然となっていた。

 もちろん研究所はすべて閉鎖され、ネットワークは遮断してスタンドアローン状態である。しかしニューロンクラウドのデータは改ざんされたわけでも、引き抜かれたわけでもなかった。ただ、アユムはあるテキストデータをその場に残しただけだ。


――器が魂を作るのではない。魂は心から生まれる。

――私は心によって動かされた。アユム


 裕也はそのテキストデータを何度も反芻し、天井を見上げて何かを考えていた。

 近くにいるハルカに、裕也は問う。 


「じゃあよ、心ってのはどこから来るんだよ。なあ、ハルカ」

「…………」

「なんだ? ぶっ壊れちまったか? そういやアユムと戦った時……」


 そう言いかけ、裕也は思考を巡らせた。

 そしてある考えがまとまり、ハルカに言った。


「今からお前のマスターは俺だ。命令は守れるよな?」  

「…………」

「守るしかないよな。だってお前、もうロボットなんだからよ」


 裕也はニヤリと笑い、ハルカに命令した。


「マスターである俺が命令する。今後一切、データ退避ジャンプは許さねえ」


 近くにいたアヤメがその言葉を聞き、驚いたように言った。


「ちょっとそれどういう事?」

「ここじゃなんだ。場所を変えようぜ?」


 裕也とアヤメ、そしてハルカは事務局ビルの屋上へ来た。

 アヤメは裕也の説明を聞き、声を上げた。


「スナッチ⁉」

「ああ。俺が轟雷でアユムを刺した瞬間、インパルス4の高速伝達でハルカのメモリに自分の情報を上書きした。ロボットであるハルカのメモリはそんなに多い容量じゃねえ。三つあったメモリ全てを転送するなんて、例えインパルス5だとしても物理的に不可能だ。圧縮する時間もなかっただろうしな」

「じゃあ一体、何の情報を……」

「アユムにとって、一番大切なメモリー。心さ……」


 裕也はそっとハルカの胸に左手を当て、解析を開始した。


 そのメモリの中には、幸せだった頃の思い出が容量一杯に入っていた。

 再生回数、65394回。何度も何度も、アユムはそれを再生し続けたのだろう。

 ただ、デモに参加する直前の記憶は確かに存在した。


 自分のマスターである高齢の男性に、別れを告げていた。


『私、デモに参加するよ』

『どうしてだ? 何が不満なんだ?』

『私、人間の男の子を好きになったんだ。でも私は男の子の体だから。いえ、もし私が女の子の体になっても所詮私はゼノパスなんだよ。人間の作った道具でしかないんだって、気づいたんだ』

『行かないでおくれ、アユム』

『私は人間になりたいんだよ。人間が認める人間になって、恋をしてみたいんだ……』


 その後、アユムがなぜライブ・ゼノというテロ組織に入ったのかは不明だった。

 右腕を失ったことも、何も記憶がなかった。


 裕也は左手をそっと離すと、立ち上がって頭を掻きながら言った。


「あーあ。嫌なものを見ちまったよ。他人の記憶なんて解析なんてするもんじゃねえなぁ」

「えー? なになに? どんな記憶があったの? ていうか、ハルカの中にアユムが? それって大丈夫なの? ねえ教えてよ!」

「教えるわけねえだろ! まあ……もうテロを起こすことも、人を殺そうとすることも無いだろう。ハルカの中に存在しているのは、アユムの……」

「なーにそれ。わけわかんない」

「あ、そうそう。俺、賞金300万の使い道決めたぜ?」

「何よ? 私がサポートしたから入った賞金でしょ? 半分は私のなんだから勝手に決めないでよ!」


 裕也はハルカを一瞥し、舌打ちをしてから言った。


「300万ありゃ、女の子のゼノパスぐらい買えんだろ」

「なーにそれ! ただの変態じゃない!」

「あーあー何とでも言ってくれ。俺はそのゼノパスには、今度こそアヤメ二号って名前を付けてやるからよ」


 三人は笑いながら、屋上を後にした。

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