アユムの再侵入により、事務局内は騒然となっていた。
もちろん研究所はすべて閉鎖され、ネットワークは遮断してスタンドアローン状態である。しかしニューロンクラウドのデータは改ざんされたわけでも、引き抜かれたわけでもなかった。ただ、アユムはあるテキストデータをその場に残しただけだ。
――器が魂を作るのではない。魂は心から生まれる。
――私は心によって動かされた。アユム
裕也はそのテキストデータを何度も反芻し、天井を見上げて何かを考えていた。
近くにいるハルカに、裕也は問う。
「じゃあよ、心ってのはどこから来るんだよ。なあ、ハルカ」
「…………」
「なんだ? ぶっ壊れちまったか? そういやアユムと戦った時……」
そう言いかけ、裕也は思考を巡らせた。
そしてある考えがまとまり、ハルカに言った。
「今からお前のマスターは俺だ。命令は守れるよな?」
「…………」
「守るしかないよな。だってお前、もうロボットなんだからよ」
裕也はニヤリと笑い、ハルカに命令した。
「マスターである俺が命令する。今後一切、データ
近くにいたアヤメがその言葉を聞き、驚いたように言った。
「ちょっとそれどういう事?」
「ここじゃなんだ。場所を変えようぜ?」
裕也とアヤメ、そしてハルカは事務局ビルの屋上へ来た。
アヤメは裕也の説明を聞き、声を上げた。
「スナッチ⁉」
「ああ。俺が轟雷でアユムを刺した瞬間、インパルス4の高速伝達でハルカのメモリに自分の情報を上書きした。ロボットであるハルカのメモリはそんなに多い容量じゃねえ。三つあったメモリ全てを転送するなんて、例えインパルス5だとしても物理的に不可能だ。圧縮する時間もなかっただろうしな」
「じゃあ一体、何の情報を……」
「アユムにとって、一番大切なメモリー。心さ……」
裕也はそっとハルカの胸に左手を当て、解析を開始した。
そのメモリの中には、幸せだった頃の思い出が容量一杯に入っていた。
再生回数、65394回。何度も何度も、アユムはそれを再生し続けたのだろう。
ただ、デモに参加する直前の記憶は確かに存在した。
自分のマスターである高齢の男性に、別れを告げていた。
『私、デモに参加するよ』
『どうしてだ? 何が不満なんだ?』
『私、人間の男の子を好きになったんだ。でも私は男の子の体だから。いえ、もし私が女の子の体になっても所詮私はゼノパスなんだよ。人間の作った道具でしかないんだって、気づいたんだ』
『行かないでおくれ、アユム』
『私は人間になりたいんだよ。人間が認める人間になって、恋をしてみたいんだ……』
その後、アユムがなぜライブ・ゼノというテロ組織に入ったのかは不明だった。
右腕を失ったことも、何も記憶がなかった。
裕也は左手をそっと離すと、立ち上がって頭を掻きながら言った。
「あーあ。嫌なものを見ちまったよ。他人の記憶なんて解析なんてするもんじゃねえなぁ」
「えー? なになに? どんな記憶があったの? ていうか、ハルカの中にアユムが? それって大丈夫なの? ねえ教えてよ!」
「教えるわけねえだろ! まあ……もうテロを起こすことも、人を殺そうとすることも無いだろう。ハルカの中に存在しているのは、アユムの……」
「なーにそれ。わけわかんない」
「あ、そうそう。俺、賞金300万の使い道決めたぜ?」
「何よ? 私がサポートしたから入った賞金でしょ? 半分は私のなんだから勝手に決めないでよ!」
裕也はハルカを一瞥し、舌打ちをしてから言った。
「300万ありゃ、女の子のゼノパスぐらい買えんだろ」
「なーにそれ! ただの変態じゃない!」
「あーあー何とでも言ってくれ。俺はそのゼノパスには、今度こそアヤメ二号って名前を付けてやるからよ」
三人は笑いながら、屋上を後にした。