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第5話 アユム

 裕也が飛び退くと同時に、アユムも椅子から転がるようにしながらその場を離れた。

 アーマープレッシャーを構える裕也だったが、通行人に射線を遮られて撃つことができない。

 アユムはその小柄な体を生かし、ジグザグに人混みを避けながら姿を消した。


「ちっ! あのガキ! アヤメ! JDF監視衛星でマーキング……って、あいつはこの件、下りたんだっけか」

『何? 来生くん。呼んだ?』

「な、何でもねえ……。どうせ記憶を消されてるだろうし、説明してもしょうがねえ」

『前金の40万。あの後、私も貰っちゃったのよね。欲しい服もあったし。しょうがないからあなたに協力してあげるわ。JDF監視衛星により目標の座標追尾固定済み。NIRAI-KANAIはアユムの件で閉鎖中だから、逐一私が報告してあげる。轟雷も私が持っていくから、後で落ち合いましょう』

「すまねえ……アヤメ」

『謝罪はいいから早く追って。目標は北上中。旧歌舞伎町エリアへ向かってるわ』



 旧歌舞伎町エリア。首都防衛戦の際、ゼノパス達が最後まで抵抗した場所である。

 対ライブ・ゼノ結界が近い為に危険も多く、復興が後回しになっている。云わばゴーストタウンだ。

 裕也はその一角にある、十階建ての廃ビルを見上げた。


「ゼノコアの反応はあるが、それ以上は探れねえな。近くにライブ・ゼノのエリアがあるってのに、どうして帰らねえんだ?」

「……情報が少な過ぎる為、回答できません」

「ハルカ、お前に聞いてねえよ。もう付いてこないでいいから、ここに残ってろ」

「その命令には従えません。理由は上級命令者、三田村団長の命令を遂行できない為です」

「勝手にしろ」


 裕也はそのビルに足を踏み入れた。その建物は元々オフィスビルだったようで、ワンフロアはかなり広い。階段や床には割れたガラスと崩れ落ちた内壁が散乱し、歩くたびに不快な音が辺りに響く。


 五階フロアにアユムは居た。

 遠くにある立体広告の光が窓から差し込み、その姿を照らす。

 裕也はアユムから少し離れた場所に立ち、アーマープレッシャーを静かに構えた。


「逃げるなら巣に戻ればよかったものを。V・Pの情報を抱えたまま、どうしてここへ来た?」

「君を殺す理由ができたから。すぐに殺しておかないと後々私達が困るからね」

「そうかよ」


 裕也は左手をかざし、エコーハンズでアユムのメモリを探した。

 想像を超えた物を目の当たりにし、裕也はおもわず心の中で呟く。


《こいつはすげえな。全て大容量のマルチメモリ。頭部に高耐久光速ドライブが一つ。首筋に制御系らしきターミナルドライブが一つ。あとは心臓部、ゼノコアに直結したメインメモリか。全てがウルトラプロテクト。連行して解析する必要はねえってのに中身を覗きたくなる。盗んだV・Pの情報の他にも何があるのか……》


「どうしたの? 早く引き金を引きなよ」


 アユムの馬鹿にしたようなその挑発に、裕也は我に返って引き金を引いた。

 アユムは腰のナイフを抜きながら体を横回転させ、弾を避けながら音もなく素早く裕也に近づく。そして体制を低くし、下から一気に首筋を狙って刃を放った。

 裕也は咄嗟に飛び退くが間に合わず、その刃は頬を掠める。そしてよろけながらも再び大きく距離を取った。


《インパルス4の反応速度は伊達じゃねえな。高価な高性能メモリ……それに、動きを読ませねえ高水準のコンバットプログラム。こいつは反乱中に暴れ回ってたゼノパス兵の生き残りか? そりゃ並の捜査員なら簡単に殺されちまうだろうよ》


 間、髪入れずに裕也はトリガーを引き続け、アユムを狙う。アユムは右へ左へと軽やかなフットワークで弾をかわし、叫びながら再び裕也へと何度も刃を向けた。


「V・Pは私達にとって邪魔な存在なんだよ! 特に君は!」

「人殺しの邪魔だってか? てめえみたいのがいるから……俺の家族は死んだ!」


 裕也は相手の攻撃をかろうじて見切り、アユムの腹を蹴って後ろへとふっ飛ばした。

 アユムはよろよろと立ち上がり、裕也に鋭い視線を向けて言った。


「四年前。ゼノパスがデモを始めた頃だった。君達人間は私達ゼノパスを、罪の無いゼノパスを、デモをやったという理由だけで殺したじゃないか。何が違う?」

「あぁ? その後てめえらゼノパスは世界中で、罪の無い人間を何千万人も殺した。今もだろ? 反乱後、お前等が望むゼノパス保護法が制定された今でも、ライブ・ゼノは人を殺し続けているじゃねえか」


 裕也は再びアーマープレッシャーの引き金を引いた。

 しかし、それらは全て避けられ、ついには弾が切れてしまった。


「クソエイムが……泣けるぜ」


 アユムは無表情でナイフを器用に手元でクルリと回して握り直し、再び裕也へと駆けた。


「ケンカはよくありません。みんな仲良く。みんな仲良く」 


 その時、ハルカが二人の間に躍り出てその行為を止めようとした。

 と同時に女の叫び声がフロアに響く。


「来生くん! 轟雷!」その声の主はアヤメだ。


 裕也は投げられた轟雷を空中で受け取ると、ハルカを盾にしながら轟雷の特殊振動子を作動させる。一歩バックステップをしながら、刃を水平に構え、ハルカの背中目掛けて一気に突き刺した。貫通した刃はアユムの腹部を捉えた。

 アユムは口から循環オイルを吐き、力なくナイフを落とした。


「……ロボットのメインメモリは避けて突き刺したくせに、私には容赦ないんだね」

「こいつをぶっ壊しちまったら、工業製品協会を通して訴えるって奴がいるからな」

「だけど私のメインメモリに向かうはずの刃は……私が意図的に位置を変えたよ」

「体をずらしたか……面倒くせえことしやがって。でもまあ、今NIRAI-KANAIはメンテ中だ。データ退避はできねえ。循環オイルも漏れて生体部品の維持も時間の問題だ。どうする?」


 裕也は何かを悟り、轟雷の特殊振動子を止めた。

 アユムは冷たい顔を裕也に向けた。


「君が刃を2センチ動かせば、私のメインメモリを破壊できる。でもそれよりも速くプロテクトを解放し、コアの自爆を選択すればゼノ粒子は爆散する。そうなれば街にいる善良なゼノパス達は何人死ぬんだろうね」


 裕也はアヤメの顔を確認すると、彼女はそれに答えるように黙って首を横に振った。街に警報は流れていなかった。

 しかし裕也は焦らずアユムに答えた。


「やってみろよ。簡単に自爆出来るなら、なぜそれを初めから使わない? 出来ねえ理由があるからだろ」

「ふふっ、勘が良いね。メモリプロテクトの解放は私達にとって、尊厳の放棄を意味するんだよ。私の体に流れている記憶は、旧世代のハードディスクやメモリチップのように情報を留めて、それを人間に提供するようなものじゃないんだよ。メモリの中でゼノは自身の記憶となって常に動き続ける。文字どおり、記憶メモリだよ」

「生きた記憶。だから、ライブ……ゼノか」

「君等のような異能者は、私達の記憶を無神経に鷲掴みにして弄ぶ。旧世代オールドジェネレーションの思考でゼノパスをただの媒体とし、情報はどこだ、と」


 裕也は轟雷のグリップを握りしめた。


「そんな御託は聞きたくねえ。俺にはお前がエラーを吐いてる壊れた機械にしか見えねえな。だからメモリを破壊するまでだ。その尊厳とやらを抱えたまま、死ねよ」

「…………」

「最期に聞かせろ。お前等ライブ・ゼノがテロを起こす本当の目的はなんだ? 結界の解除か? ゼノパスの自由か? そんななものじゃないんだろ?」

「さあね。自分で探ってみたらどう? その異能の力ではなく、心でね。そろそろ《ゼノパス保護法第四条》に則って機能を停止せてもらうよ。第三項、機能を停止する権限はゼノパス自身が保持する、だったかな? 心を持つ者に自死を薦める人間って……笑えない?」


 アユムはにこりと笑い、そのまま機能を停止した。

 裕也は慌ててエコーハンズを使おうとするが、ゼノコアの停止を確認すると轟雷をゆっくりと引き抜いた。ハルカの体をアヤメに任せ、再び特殊振動子を作動させる。膝をついてかろうじて立っているアユムを見下すように睨み、轟雷を構えた。


「第四条? 尊厳? バニシング・ポイントに逃げ込んで消滅するようなポンコツが偉そうに」


 裕也はその首をはねた。


 ※


 アユムの体は研究所に運ばれ、すぐにメモリの解析が行われた。

 しかし既にデリート済みの為に得られるものは何も無く、解体処分となった。


 裕也は事務局のデスクに座りながら、天井をただ見つめていた。

 そこへアヤメとハルカが現れた。アヤメは裕也に声をかける。


「なになになに? まーた辛気臭い顔しちゃってさ。例の件、まだ考えてんの?」

「お前、本当にあれで終わったと思うか?」

「だって何もデータは得られなかったし、V・Pの情報も外部に漏れた形跡がない。賞金の300万円も入ったしさ……深く考えない方がいいわよ」

「……どうも引っ掛かるんだがな」



 裕也はその日、何の気なしにロム爺さんのいる地下三階を訪れた。


「今日は何しに来た? ああそうか。ハルカに女性器を付けたくなったのか?」

「そんなんじゃねえよ。ただ、何となくだ」


 ロムは裕也を招き入れ、テーブルにコーヒーを置きながら言った。


「そういえばハルカな、団長の命令を解かれて今はマスター無しだそうだ。お前がマスターになってもいいが、どうする? 返却するか?」

「どっちでもいいよ。それよりよ、ゼノパスってヤツが分からなくなっちまってよ」

「……どういうことだ?」


 裕也はこれまでのいきさつを話した。

 立て籠もった三体のゼノパスの事。そしてアユムの事。ライブ・ゼノ、生きた記憶。

 ロムは無害化された純正煙草をふかしながら少し考え、静かに口を開いた。


「この間の話の続きをしよう。魂がどこから生まれるか、お前は考えたことがあるか?」

「考えたことなんてねえよ」

「反乱前、世界にアンドロイド・ビッグバンと呼ばれる現象が起こった。人間に代わる労働力や娯楽の為に、ゼノパスは大量に商品として売られた。店頭に並べられ、購入者の好みによって性格が決められた。だがここまではロボットと同じで、そこに心は無い。心無き者が魂を持つと思うか?」


 ロムはコーヒーを啜り、続けた。


「だが人間は違う。生まれ落ちた瞬間から、人は魂の存在を肯定する。ただ人間とゼノパスの魂の共通点があるとするなら、それは自由な経験と記憶だ。それによって心が豊かになり、独自に判断し、感情を創り上げる。それが人間らしい魂というものだ」

「経験を積むことによって魂が生まれるなら、ロボットだってそうだろ」

「前に話した《人間が常に上位》という古い原則。それが心の育成を阻む。どんなに進化したAIだろうが人間の管理下に置かれて自由を阻害されるなら、ただの道具にしかすぎんよ。それは俺達人間であっても、心あるゼノパスであってもな」

「俺にはピンとこねえな。ジジイの説教にしか聞こえねえ」


 その時、アヤメが慌てて部屋に入ってきて叫んだ。


「来生君! こんな所で何やってるの⁉ 今大変なんだから!」

「なんだようるせえな。コーヒーぐらい静かに飲ませろよ」

「またNIRAI-KANAIのV・P情報プールに侵入されたって!」

「なんだって? で、犯人は?」

「それが……」


 犯人は自らその痕跡を残した。

 アユムであると。


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