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第4話 キャスケットの少年

 V・P事務局内、ブリーフィングルーム。

 V・Pに所属するすべての者の情報共有は通常、ニューロン・クラウド『NIRAIニライKANAIカナイ』の局内接続専用階層上で行われる。しかし作戦計画と直前の打ち合わせは捜査員チームを招集し、対面で行われる。


 この日もブリーフィングルームに多数の捜査員達が集められた。裕也はもちろんのこと、オペレーターのアヤメ、そしてロボットのハルカも同席している。腕を組んで黙って座る者、落ち着きなくフラフラと部屋の中を歩き回る者、ドラムのスティックで椅子のふちを叩く者と様々だ。

 異能者は男女合わせて二十五名。オペレーターなどのサポーターは四十名。異能者達は一筋縄ではいかない変わり者が多く、顔を見合わせれば殴り合いの喧嘩に発展するケースも少なくはない。さっそくあちらこちらで喧嘩が始まり、サポーターが仲裁に入る場面が見られた。

 裕也はイライラした様子で貧乏ゆすりを繰り返し、アヤメに話し掛けた。


「ったくよお。毎回思うが、作戦情報ならクラウド上に投げときゃみんな勝手に拾うだろうがよ。ギャーギャーうるせえんだよコイツ等」

「どんな頑強なプロテクトでも専用階層が突破される可能性はあるし、そうもいかないでしょ。それに今回は特殊暗号化された特A招集をキャッチ出来た連中だけよ。厳選されたって感じぃ?」


 アヤメはフォログラフ・タブレットを空中に表示させ、裕也に見せた。


「ねえ、これを見て。二日前からクラウド上の情報プールに全く動きが見られない。他の案件処理も溜まってるでしょうに、全てがストップしている状態よ。上層部は何か身構えてるって感じね。今回の特別招集も何か関係があるのかも」

「ってことは、でかいヤマか……ワケありか。その両方か、だな」


 その時、V・P団長である三田村が捜査員達の前に姿を現した。

 細身の黒縁眼鏡をかけ、白髪交じりのオールバックに無精ひげ。目つきは団長らしく、落ち着きを払った冷たい目だ。グレーのスーツの上からでも、筋肉質な肉体が想像できる。 


「そのまま聞いてくれても構わん。勘の良い捜査員なら、隣に居るうるさい奴をぶん殴って、黙らせてから聞くだろうがな」


 そう言うと全ての窓にシャッターが下り、部屋の照明が落とされた。

 部屋の四隅から淡い光が灯り、間接的にブリーフィングルームを照らす。

 その様子を見た裕也は馬鹿にしたように呟く。


「なんだよ。映画観賞会か?」

「しーっ! 団長に聞かれるでしょ!」


 三田村団長は3Dスクリーンに映る十五、六才の少年を指差した。

 ブラウン色のキャスケットを被り、どこにでもいるような優しい瞳の少年。

 ただ、右肘から下は欠損している。


「何もお友達を紹介する為にお前等を呼んだわけじゃない。こいつはライブ・ゼノのテロリストだ。勿論IDは外されていて追跡できない。推定メモリ稼働年数は四年。既にV・P所属の捜査員を三人殺して現在行方不明だ。さて、ここから先の情報をなら今回は特別に新日本円で四十万、前金で出そう。ここはブリーフィングルームだが、ブリーフィング簡単な説明をやるつもりはない。参加したくない奴は帰ってくれても構わんが……ここまでの記憶は精神洗浄で全て抹消させてもらう」


 その言葉を聞き、黙って部屋を出ていく者もいれば、捨て台詞を吐いて出て行く者もいた。中にはサポーターと意見が合わず、異能者だけが残るケースもあった。

 アヤメは視線を正面に向けたまま、裕也に聞く。


「やる?」

「……やるに決まってんだろ。前金の四十万円で古漫画本が何冊も買えるしよ」

「私はサポートしない、と言っても?」

「ああ。俺にはハルカっていう心強~い、相棒もいるしな」


 隣に座るハルカは、ニコリと笑いながら答えた。


「お役に立てるよう、頑張ります。よろしくお願いします。よろしくお願いします」


 アヤメはそっと席を立ち、ハルカを一瞥してから真剣な眼差しを裕也に向けた。


「じゃあ、私は下りるわ。情報を聞くだけで四十万? ふぅん、何を口止めしたいんだか」


 そう言い残し、アヤメはブリーフィングルームから出て行ってしまった。


 場が落ち着くと三田村団長はその先の情報を公開した。

 少年風ゼノパスの名は『アユム』。NIRAI-KANAIのV・P専用階層に侵入し、局の重要機密を盗み出した。脳伝達速度はインパルス4。当然違法改造だ。ライブ・ゼノの本拠地である旧副都心ビルに逃げ込んだという情報は無し。データジャンプの形跡も見られない。故に、まだ新宿に潜伏している可能性があるという。

 三田村団長は捜査員の顔を見渡して言った。


「成功報酬は三百万円だ。勘違いするなよ? こいつは賞金首であり、分析と解析の必要はない。見つけ次第、消せ。なお、作戦情報の漏洩が発覚した場合、前金の四十万の回収はに委託し、その後当局は一切関知しない。……回収の意味は、言わなくても理解できるな? 以上だ」


 裕也は口角を上げて不敵な笑みを浮かべ、上目遣いで3Dスクリーンに映る少年、「アユム」を見て呟いた。


「成功報酬? 俺は金じゃ動かねえんだ。なあゼノパス。お前だってそうだろう?」


 ※


 裕也とハルカはすぐに捜査を開始したが、何の手掛かりも掴めず、無駄に時間だけが過ぎていく。日が沈んで街の立体広告が眩しく感じる頃、裕也は一旦捜査を切り上げた。

 合成煙草と汚物の臭いが漂う繁華街。裕也はその大通りにある屋台に入り、うどんを食べながら悪態をつく。


「ったくよお。あんなゼノパスのガキなんて新宿に腐るほどいるっての。大半はID付きの良い子ちゃんだけどなぁ」


 裕也は割り箸でどんぶりの中のうどんを何度も差しながら、左に座るハルカに聞いた。


「で、ハルカはどう思うよ?」

「うどんは日本の伝統的な麺類です。消化が良く、健康に良いとされています。種類も豊富です。現在は代替小麦で作られていて――」

「そうじゃなくって、これからどうするかって……あーもういいや。やっぱロボットじゃ頼りにならねえか。それにお前、相棒じゃなくって監視役だしな」

「お役に立てなくてすみません。すみません」 


 裕也がうどんの汁をゆっくりと飲み干したその時、一人の少年が右隣りに座った。


「君が探してるのは、私ですか?」

「⁉ お前……」


 裕也は隣に座った少年のキャスケット帽を確認すると、反射的に背中の轟雷に手をかけようとする。しかしメンテに出したままであった為、そこにグリップは無かった。即座に後ろ腰へ手を回し、アーマープレッシャに手をかけようとしたその時、少年は更に席を詰め、裕也の体にピタリと寄り添った。これではすぐには抜けない。


「大丈夫だよ。私はただ、うどんを食べに来ただけだから」

「……消化器官もねえくせに、よくもまあ。で? 俺に何の用だ? アユム」


 キャスケットの少年、アユムはその質問を無視するかのように、目の前の店主に声をかけた。


「あ、おじさん。きつねうどんひとつ。あと、おいなりさん四つください。……消化器官は無いけど、口から入った食べ物を美味しいと感じ、異物として排出する器官があるのは知ってるよね? 来生 裕也さん」

「にしてもだ、きつねうどんと いなり四つは食い過ぎだぜ。どれだけ油揚げが好きなんだ? ふたつにしときな、ふたつに」  


 アユムの前にうどんが運ばれ、片手ながら器用に割り箸を口に咥えて割り、ずるずると麺を啜る。

 裕也はアユムに聞いた。


「俺を殺しに来たのか?」

「どうして私が君を殺すの? そんな理由はどこにも無いよ。今はね」

「そうか。でもよ、俺には今、お前を殺す理由があるぜ」 


 アユムは寂しく笑いながら裕也に問う。


「そんなに憎い? 私達、ゼノパスが」

「そうか、お前はV・Pの専用階層に侵入して、俺の経歴も探ったのか。ああ、憎いね。人間に刃向かうゼノパスは、特にね」

「憎しみ、という点では奇遇だね。私も見せかけだけの保護法を制定して、ゼノパスを物として管理する人間は嫌いなんだ」

「それをわざわざ言いに来たって訳か。俺と同じ感情の人間なんて、この世界中に何万と居るぜ? どうして俺だ?」


 その時、ハルカが前のめりになって、二人の顔を見比べた。


「喧嘩は良くないです。みんな仲良く。みんな仲良く」


 裕也はそれを聞き流し、アユムが注文した いなり寿司をふたつ一気に頬張った。

 アユムも残りの二つを食べる。

 裕也はそれが喉元を過ぎるのを見計らい、そっと言った。 


「こうやって人間とゼノパスが、仲良くできる世の中なら……良かったのかもしれねえな」

「そうだね。私もそう思うよ」


 裕也は屋台を蹴るようにして後ろへ飛び退き、腰のアーマープレッシャーを抜いた。


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