新宿区大京町。
ゼノパステロ対策集団
ニ千二十年代中期。世界的にリモートワークが確立されたが、ここ事務局では物理的な処理を行う部署も多く、捜査員の生体チェックや機密保持の為にブリーフィングも対面で行う。故に、局員や捜査員は旧世代のワークスタイルに近く、事務局内は連日、人でごった返している。
裕也はその事務局内で不貞腐れた表情を浮かべながら、デスクの椅子に座ってブツブツと独り言を吐いていた。
そこへ一人の女性が現れた。肩までの黒髪ストレートは、ちゃんとケアされているのかサラサラで艶がある。幼い印象を残した優しい顔立ちで、妹系アイドルといった感じだ。身長は百五十二センチと小柄だが胸の発育が良く、そこは年相応といったところだ。その女性の名は
「なーに辛気臭い顔でブツブツ言ってんのよ。あ、何? 過ぎちゃったことをいつまでも引きずるタイプ? だからいつまで経っても彼女が出来ないんじゃないの?」
「うっせえよ。昨日の処理はしょうがねえし、あの
「じゃ何よ?」
「相棒を付けるんだとさ、俺によ」
※
裕也は新宿御苑の一角にある、ゼノパス研究施設へと向かった。
この研究施設は主に、改造ゼノパスについての研究を進めている。改造自体は合法であるが、心臓部であるゼノ・コアに対する影響や耐久性などの問題を抱えることが多い。ゼノパス製造企業へその情報をフィードバックさせることで、新製品の開発にも繋がる。他にも似た施設は数多く存在するが、民間として大っぴらに、ライブ・ゼノが使用する未知の違法改造部品を分析・解析できるのは現在、この施設だけである。
そしてこの施設にはもうひとつの顔がある。対ゼノパス用兵器の研究開発と調達である。
裕也はその施設の地下三階へと降りた。
「ロム爺さん。居るかよ」
裕也はその部屋に入ると、ぶっきらぼうにそう声をかけた。
その部屋は薄暗く、天井から吊り下げられたLEDの明かりが数か所あるだけだ。入口正面には対ゼノ粒子の鉄格子があり、小さな受け渡し口が開いているだけである。まるで牢屋のようだが、その向こう側は意外にも広く、複雑にパーテーションで仕切られている。
顎髭をたくわえ、頭の禿げあがった小柄の老齢技術者、ロム。老人とはいえ、目つきの鋭さから数々の修羅場を潜り抜けてきた事が窺い知れる。ロムは白衣姿でゼノパスの生首を持って現れ、裕也に答えた。
「居るに決まってるだろ。年金だけじゃ食っていけんからな。他に取り柄がねえ老いぼれは、ここで働くしかないだろ」
「世間話をしに来たんじゃねえんだ。上から聞いてるだろ? さっさとよこせ」
ロムは黙って鉄格子を解除し、眼を更に鋭くさせながら顎で後ろを指す仕草をした。
「来な」
ロムのぶっきらぼうな言葉に従い、裕也はその奥へと足を踏み入れた。
案内されたそこには、一人の女性が全裸で静かに立っている。裕也はその
「おい、ロム爺さん。ゼノを感知しねえどころか、ゼノコア自体ねえぞ? こいつは……」
「ああ。ゼノパスと同等の外装や生体部品を使っているが、これはただのロボットだ」
裕也はハァと大げさに溜息を吐き、呆れ顔で言った。
「こんな旧世代の人型ロボットが俺の相棒だと? 要らねえよこんなの」
「団長が何と言ったか知らんが、これはお前にとっての相棒じゃなくて監視役だな。しかしまあ……ゼノパス用の大容量のマルチメモリを搭載してるし、肉質も人間とほぼ変わらん。お前が夜の相棒として望むなら女性器を付けてやってもいいが……メモリ回収時に、お前のテクニックが局内で広まるのだけは覚悟しろよ?」
「そんなことしねえよ! っていうか、どうして俺にロボットを付けるんだよ」
ロムは顎髭を撫でながらそれに答えた。
「従順だからだよ。決められたことしか行わず、文句も言わん。権利を主張することも、テロを起こすことも無い。ゼノパスは当初、なんと言われていたか知っているか?」
「
「そうだ。ゼノパスは魂、つまり心ありきとして作られた。片やロボットは古臭い原則に縛られ、行程で悩むことはあっても心で悩むことはない。それが、ゼノパスとロボットの違いさ。こんな時代になっても、いまだに勘違いしている馬鹿どもが多いけどな」
裕也はイライラした表情をロムに向けた。
「答えになってねえな」
「まだ答えは言っておらんよ。……そうだ。お前の持っている轟雷はそろそろメンテ時期だ。預かっておこう」
裕也は背中から轟雷を抜き、ロムに渡した。するとロムは受け取った轟雷をテーブルに置き、再び手を出した。
「アーマープレッシャー。そいつもそろそろ俺に解析させてくれ。なんなら、お前立ち合いでもいいが?」
「ふざけんな!」
裕也は即座に怒りを
「そうだよな。そいつはレプリカこそ数多く存在するが、オリジナルの内部は国家機密級の代物っていう話だしな。しかもそれが形見の銃なら、そう簡単には触らせてもらえないだろうな。団長が何故、人間やゼノパスではなくロボットをお前の傍にやるのか。答えはそこにあるのだろう。もしこいつが魂の器、ゼノパスだったら……お前は納得するか? 心を許すか? 物ではなく、魂がある
裕也はその問いに答えず、その部屋を後にした。
事務局のデスクに戻った裕也は、また不貞腐れた表情を浮かべながら頭の後ろで手を組み、椅子にふんぞり返っていた。ただ先程と違うのは、その周りが黒山の人だかりということ。中にはキャーキャーと声を上げる女性局員もいる。
「私、旧世代の人型ロボットを見るの初めて! かわいー!」
ロボットはそれに笑顔で答え、握手を求めた。
「褒めてもらえて嬉しいです。仲良くしましょう。仲良くしましょう」
しかし、アヤメだけは頬を膨らまし、そのロボットを品定めするようにじっと眺める。
「ふ、ふぅん。よく出来たロボットよね。で、でもスタイルは標準だし、女性としては大したことないわね」
さっきまで不貞腐れていた裕也はその言葉を聞き、ニヤニヤとしながら声をかけた。
「
「は、張り合ってなんかないわよ! 作り物としては、ってことよ。うん」
するとそこへ、ロボットが間に入った。
「争いごとはいけません。みんな仲良く。みんな仲良く」
「そうだな、アヤメ二号。一号とケンカしちゃ駄目だよなぁ」
アヤメはその言葉を聞き、天井を見上げた。
数秒間何かを考えると答えを導き出したのか、顔を真っ赤にしながら激高した。
「な、何よそれ! 私ロボットじゃないし、勝手に人の名前をロボットに付けないでよ! この子の名前はハルカ! そうしなさいよ!」
「……なんでハルカなんだよ」
「……私が昔飼ってた犬の名前。なんか文句ある? いい? ハルカに変なことしたら、工業製品協会を通して正式に訴えるからね!」
そう言うとアヤメは人垣を掻き分け、自分のデスクへと戻って行った。
裕也は不思議そうにロボットに聞いた。
「あの女、お前の名前がアヤメ二号じゃお気に召さないってよ。何でだろうな」
「柵木 アヤメさんの表情と声の周波数から推測しました。三百六十の回答の中で最も可能性のあるものを三つピックアップします。一つ目は同じ名前だと混乱が発生する為。ふたつ目はロボットに自分と同じ名前を付けられたことによる嫌悪感。三つ目は裕也さんが私をラブドールとして使用した場合、自分と重ね合わされるという期待、興奮によるものと考えられます」
裕也は呆れ顔だが、周りの局員達はニヤニヤした顔で「三つ目だな」「三つ目よね」「三つ目以外考えられない」と口々にしながら、各自デスクへと戻っていった。
裕也はロボットの肩を軽く叩いた。
「おい、三つ目はジョークだろ。正直、その下ネタはダイレクト過ぎてクソつまんねえよ」
「今後お役に立てるよう、ジョークプログラムを修正します。修正します」
「ったく、泣けるぜ……」