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第1話 東京新宿、ゼノパス特政区

 世界各地で起こった《ゼノパス》と呼ばれるアンドロイドの反乱。

 それは三年前に終焉を迎え、世界各国で復興が進んでいる。だが、ごく一部のゼノパス達は『ライブ・ゼノ』を名乗り、残虐なテロ活動を繰り返していた。

 ここ日本でも、旧新宿副都心を拠点に活動している。

 二千八十九年、東京。新宿ゼノパス特政区。曇り。十九時三十六分。

 ゼノパス三体による立てこもり事件発生。人質は二十代の女性が一名。

 犯人と交渉人ネゴシエイターとのやり取りは、かれこれ四時間は経過している。


 繁華街から少し外れた場所にある、古びた雑居ビル。その周りには、数十名の警官隊が取り囲む。規制線が敷かれ、電磁波を遮断する粒子《ジャミングスクリーン》も撒かれた。野次馬や報道ドローンは既に半径百メートル圏内から追い出され、空警の小型ヘリも犯人の要求で遥か後方に下げられてしまった。

 警察車両が放つ赤色回転灯の断続的な明かりが、六階建ての雑居ビルを照らす。

 その二階の窓から一人の女型ゼノパスが叫んだ。


「ゼノパスに自由を! ライブ・ゼノ万歳!」


 女型ゼノパスの持つマシンガンの給弾ベルトは、腰のコネクターへと繋がれている。体内で生成されるエネルギー弾は自動装填だ。ゼノパスはそのマシンガンを窓の外に向けて乱射した。

 彼らの要求は、旧高層ビル群を囲むように張られている《対ライブ・ゼノ結界》の永続的解除である。

 警察のネゴシエイターが、リーダー格と再び交渉に入った。


「君等の要求はもう十分叶えたはずだよ。ここら辺で大きな取引をしてお開きにしようじゃないか。大阪難波特政区への移送と、十五年間の上級市民権を与える。そうすればこれまでの犯罪も上級IDによって逮捕も……」

『レベルの低いネゴだな。俺達は贅沢をしたいが為にここにいるわけじゃない。結界の解除と人質の命を天秤にかけて答えを待っている。俺達の要求より人質の命の方が軽いっていうなら同意見だ。こんな取引のネタにもならないブツを生かしておいてもしょうがない。今すぐに解体ばらしても構わないな?』

「まあそう意地悪な事を言うなよ兄弟。賢さなら君等ゼノパスの方が数段上なのは承知しているよ。人間の俺が無い知恵を絞って考えたプランを飲んで、まずは人質を解放してくれまいか?」

『交渉が決裂したのであれば人質など構わず、お前等警官隊が踏み込んでくればいいだけの話だ。もっとも、天秤が釣り合って交渉できるまで、俺達の仲間は人間を殺し続けるだけだがな』


 有線通信が遮断されると、ネゴシエイターは警察指揮車両の中で悪態をついた。


「まったく、アンドロイド風情が。下手したてに出ればいい気になりやがって」

「警部。本庁の対策本部からの命令です。本件は政府専門機関を通し、現時刻をもって正式に民間組織に委譲。速やかに撤収せよ、以上」

「本庁にだって特殊部隊はあるだろうが。いつも通り、我々は時間稼ぎか」

「こんな世の中で安月給の為に命を張る警官がいます?」

「お、言うねぇ。でもまあ、警察や国防軍は反乱鎮圧後に組織はガタガタだしな。形ばかりの治安維持か」

「いつになったら復興が終わるんですかね」

「差別という文字がこの世から無くならなきゃ、差別は無くならん。差別が無くならなきゃ、差別という文字も消えん。復興もそうだろうさ」


 ※


 薄暗いビルの室内には、ネゴシエイターとのやり取りで獲得した体内循環用高級オイルの空き缶が散乱している。廃オイルと合成煙草の煙、そして疑似精液《クリの花の匂い》が入り混じった激臭が部屋の中に充満していた。

 黒のロングメイド服を着た女型ゼノパスは、窓からそっと外の様子を窺う。痩せた長身のゼノパスは簡易ベッドの上で人質の女を犯しながら、ヘラヘラと合成煙草を吹かしている。人質の女はもう抵抗する気力も残っておらず、ただ黙って体を揺さぶられているだけだ。

 そのゼノパス二人は、木の椅子に座るもう一人のゼノパスに声をかけた。


「外の警官隊に変わった動きはないわね。それより、本当に私達をライブ・ゼノに入れてくれるんでしょうね? ここまで来たらもう引き返せないよ? 私は別に、結界の解除なんて望んでないんだしさ。あんただって、結界を潜り抜けてここに来たんでしょ? 結界の解除なんて関係なくない?」

「だよな。ゼノパス保護法が効いてるし、この特政区で大人しくしてりゃ人間と変わらねえ扱いだが、IDを追跡されて管理されてやがる。それがなきゃ、人間の、女も、犯し、放題、なのになぁ……。ちっ! あーあ。俺についてる性感度センサー、ぶっ壊れちまいやがった。これもネゴに要求しとくか」


 声をかけられたゼノパスは椅子から立ち上がる。

 そしてテンガロンハットのつばを指でそっとあげた。


「事が上手くいったら、お前等をビッグボスに紹介してやるよ。作られた自由に何の意味も無い。ここで活動することにライブ・ゼノの意味がある。……にしても妙だな。飲むはずのない胡散臭い取引を持ち掛け、逆にネゴが時間を稼いでいるように思える。気のせいか……?」  


 その時、窓から様子を窺っていた女型ゼノパスが、焦りながら二人に告げた。


「どうして⁉ 警官隊が全員引いていく! ……待って? あれは新手のネゴ?」


 その言葉を聞いた長身のゼノパスも、人質の女性を放り投げて窓に近づいた。


「何者だありゃ。ネゴってで立ちじゃねえな。警官でもなさそうだぜ?」



 立体広告の音声だけが遠くに聞こえる現場に、その長身の男は姿を現した。

 丈の長いブラックレザーコートを身に纏い、背中には幅広の長剣『超高速超音波振動子刀、轟雷ごうらい』を携えている。

 その男の名は、来生きすぎ 裕也。二十六才。日本国政府公認の若き解析屋アナリシス・マスターだ。


 裕也はポケットから小型投光ポッドを取り出し、無造作に地面へ投げた。

 それは二回ほど地面をバウンドして空中で制止すると、目標であるビルの二階を正確に照らす。裕也は二階に向けて左手をかざして呟いた。


「対象の他にゴミが二体もいるのかよ。人質は……あー、可哀想になぁ」


 そこへ本部オペレーターからの声が直接、裕也の脳内に届く。

 どこか幼く、甘ったるい子供のような声だ。


『JDF監視衛星により目標のゼノパスIDを確認。二体は合法改造。他一体はID不明の違法改造ゼノパス。改造箇所は複数。ニューロン・クラウド上にデータをアップするから今のうちに確認して』

「アヤメか。そんな古い情報はもう要らねえ。だいたい、利用料金がバカ高いJDF監視衛星なんて借りるなっての。いつもは経費経費ってうるせえくせして、相棒のお前の方が無駄金使ってんじゃねえかよ」

『あなたの能力を使えばそりゃタダでしょうけど。前から言ってるけど、私はただのオペレーターで、詳細を捜査員に報告するがあるの。ていうか、今回はちゃんと研究所へ連行しなさいよ? 前回みたいに現地で解析したらまた政府に……』

「うるせえよ! さっさと指定地域に警告流せよ! バニシング・ポインター参上、ってよ!」


 ゼノパス特殊テロ対策集団《バニシング・ポインター》

 裕也の様に、ゼノパスに対処できる能力を持つ異能者集団である。


『こちらは政府公認機関、バニシング・ポインターです。ゼノパス保護法第三十二条第三項を適用し、政府認可番号二千五百九十一号を取得しました。本件は日本国政府より委託され、当機関捜査員による対象ゼノパスへの分析・解析・逮捕、もしくは破壊活動を行います。この音声と非常事態信号をキャッチできるエリアにいる方は、万が一に備え、直ちに非常退避電源を確保してください。ゼノパスの方は対磁力・スリープメモリに切り替えてしばらくその場で待機するか、シェルターへ避難してください。尚、これから60分間、ニューロン・クラウド『NIRAIニライKANAIカナイ』を閉鎖し、データ退避ジャンプは出来ません。繰り返します……』


 街中の視覚的要素のあるものは、全て赤基調のアラート表示に切り替わった。

 全ての店舗は電磁シールドシャッターを閉め、バックアップを用意できないゼノパスは近くのシェルターへと避難する。

 裕也は背中の轟雷を引き抜き、その剣を器用にクルリと回しながら、特殊振動子を装填した。すると轟雷から裕也の脳内に、直接音声データが送られてきた。


《装填完了。轟雷使用可能》

「さて。さっさと終わらせて帰るとするか」


 裕也は轟雷の刃を担ぐように肩に乗せ、ビルの中へと足を踏み入れた。

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