小雨降る新宿の繁華街。
ビルの屋上には、立体広告の女性が艶やかにポーズを決めている。
辺りは合成タバコと汚水の臭いが入り交じり、
西暦二千年代初頭に掲げられた環境活動など、もう意味のないものだ。
街を行き交う人々の身なりは煤け汚れていて、その貧しさが窺い知れる。
『政府からのお知らせです。雨の水素イオン濃度指数がpH5.6を下回りました。酸性雨は、ゼノパスであるあなたの機能に悪影響を及ぼす可能性があります。撥水・防水処理を行っていないゼノパスの皆様は、政府の補助金やクーポンによって――』
一人の男が、街に響くそのアナウンスに足を止めた。
そして遠くに見える、崩壊しかけの摩天楼を望んでポツリと呟いた。
「それが平等か? ただの過保護だろ」
丈の長いブラックレザーコートを着た、その長身の男。
刃が幅広い大剣を背負い、水溜まりを蹴飛ばしながら再び雑踏の中を歩く。
男は路地裏に入り、屋台の暖簾を潜った。
「おやっさん。いつもの」
「へい」
男は屋台の席にドカッと乱暴に座る。目の前に出されたのはキツネうどんだ。
薬味を無造作に入れ、汁を飛ばしながらズルズルとがっつく。
「いつか本物を食ってみてえな……90年代の漫画に出てきたような」
男がそう呟いたその時、目の前に半透明なスクリーンが浮かび上がった。
そこに映るのはゴーグルを付けた黒髪の女性だ。
『来生くん。仕事が入ったけど暇ぁ?』
「アヤメよぉ。俺、今うどん食ってて忙しいんだが?」
『食べた後でいいから。近くに処理できる捜査員がいないの』
「わりぃ。この後は帰って90年代の漫画を読むって決めてるしよぉ」
『対象は改造ゼノパス。報酬は新日本円で20万』
「安いな。古漫画なら3冊も買えねえじゃねえか。他をあたって――」
『反乱分子の生き残りの可能性が大……と言ったら?』
「…………」
『やる? それとも……そのまま帰る?』
裕也はうどんの汁を飲み干し、力任せに片手で割り箸を二つに折った。
それをどんぶりの中に、ゆっくりと落としながら答えた。
「あー……じゃあ、おいなりさん二個食ったら行く。おやっさん。いなり二つ」
「へい」