焼き切られた触手がぼたぼたと地面に落ちる。立ち上がる炎と煙の向こうに、、蕾のような影が見えた。
目を凝らしたモーリスは小さく舌打ちをした。
「ただの触手じゃないか」
レネ・リヴァースに意識を向けていると、後ろでがつっと何かが蹴られる音が響いた。
視線をちらりと投げると、美しいサリーの足が染野慎士の手を踏みつけているのが視界に入った。蹴り飛ばされたのだろう拳銃は、離れた場所で泥にまみれている。
「諦めなさい」
静かな声が告げた。
表情を消したサリーは、絶望に染まる染野慎士から顔をそらすと、モーリスに視線を向ける。それに頷き返したモーリスは、炎に包まれた魔樹へと集中した。
パチパチと火の粉が舞う中、再び蕾が開く。
灰と煙が巻き上げられ、その中から顔を上げたレネ・リヴァースは、高らかに笑い声を上げた。
「もう遅いわ!」
触手がうねり、炎の上を這っていく。その中で笑い続ける姿は破滅を喜ぶ狂喜に染まり、人ならざるモノにしか見えなかった。
「私の魔樹は、狙った獲物を確実に捕らえる。このアサゴから全て奪いつくしてあげる!」
レネ・リヴァースの笑い声が、薄暗い林の木々を揺らす。
狂気に踊る姿はあまりにも
憐みの眼差しを向けたその時だ。モーリスは遠くに爆撃音を捉えた。
林の奥、市街地の方角が赤く染まっていた。
「……何をした?」
「ふふっ、ははっ──あははははっ! 遅いのよ! 私の
響く砲撃は祝砲だと言わんばかりに、レネ・リヴァースは両手を広げて暗い空を見上げた。
勝ち誇ったような高笑いを前に、顔色一つ変えないモーリスは
「お前、アサゴを舐めすぎだ」
鳴りやまない砲撃を背に、モーリスは口角を吊り上げる。その表情には余裕すらある。
銃口が、レネ・リヴァースに向けられた。
それに臆することなく、目を細めた彼女は撃てと言わんばかりに、その豊かな胸を揺らし、ずいっと顔を前に押し出した。
血走った眼がぎょろりと動き、モーリスを凝視する。
「苦し紛れに何を言い出すのかしら? お腹をすかせた私の魔樹は貪欲なのよ。そこらの野良の
(──助ける気か!?)
モーリスが視線を向けたときには、すでにサリーの
「慎士!」
触手は、
ぐんっとしなった触手に、彼の身体はいとも
「レネ様、これは、どういう……」
「私の魔樹に魔精を与えられるのよ。足手纏いに残された道として、
「私は、足手纏いになどなりません!」
「ふふっ……愚かね。そんな愚かさを愛していたわよ」
恍惚とした表情のレネ・リヴァースは、赤い唇をにたりと歪ませた。
一本の触手が先端をぱっくりと開き、白い滴りを落として染野慎士に近づく。
「──頭を下げろ、染野慎士!」
声を張り上げたモーリスは、魔装短機関銃の銃身を向けた。
開いた触手の中に、容赦のない弾丸が叩き込まれる。そこに、サリーの鉄扇が放った風の刃が追い討ちをかけた。
「愛翔! 染野慎士を確保しろ!」
「言われなくっても!」
地面に叩きつけられる染野慎士に駆け寄ったサリーはその体を抱え上げる。そのすぐ傍で、
重い体を引きずり、魔装短機関銃で応戦しつつ後退したサリーは、染野慎士の掠れた声が自分の名を呼ぶのを耳にした。
「サリー……どうして、助けるんだ」
銃撃音の中、僅かに拾えた声は弱々しい。
触手が届かないだろう距離に染野慎士を下ろし、サリーは空を見上げる。そこは丁度ぽっかりと開いている。そこに向かって「
「少佐の頼みだから。それ以上でも、以下でもない」
感情の読めない声でそう告げ終えると、赤い輝きを放つ紅火が舞い降りてきた。
「
紅火の羽ばたきに触手は煽られ、レネ・リヴァースは唇を噛みしめていた。
染野慎士を背にのせた紅火は再び舞い上がる。それを確認したモーリスは地面でびたびたとのたうつ触手を踏みつけた。
「俺は、染野慎士が嫌いだ。なにせ、愛翔を傷つけたからな。だけどなぁ!」
怒りに満ちた瞳がレネ・リヴァースに向けられる。
「お前のような、部下を人間とも思ってないヤツは、それ以上に
魔装短機関銃に最後の弾倉を叩き込み、モーリスはその幹に銃口を向けた。
したんしたんと触手が地面を叩く。
「あなた、勘違いをしてるわね。あれは部下じゃないわ。私を慕ってきたから、可愛がってあげただけよ。私のために戦うと言ったのだから──」
「知るか!」
元から話が成立するなどと思っていない。
容赦なく、全弾をその幹に撃ち込んだモーリスは、再び回転式拳銃を抜く。そして──
「愛翔!」
大きな亀裂に、二人の弾丸が撃ち込まれた。
「
二つの声に呼応した弾丸は魔法陣を生み出し、レネ・リヴァースごと魔樹を捕らえた。