上空を行く大鳥──サリーを乗せた飛行型の
小さなため息が、モーリスのイヤホンに届いた。
「俺たちの仕事は民間人の保護だ」
『分かってるわよ。でも……』
「──ケイの通信端末の痕跡が気になるのか?」
綾乃が調べたケイ・シャーリーの外出記録と、情報端末から発信される位置情報によって、彼は五十八番通りに向かっていると推測された。しかし、その痕跡は途中で絶たれていた。
それが、サリーのため息の原因だと、モーリスは容易に想像がついていた。
その先に、本当にケイ・シャーリーと
考えるほどに、不安が募るのも仕方がないことだ。
『あんたは気にならないの?』
「途中で痕跡が切れたのが罠だったとして、今はそこに賭けるしかないだろう」
『そうだけど……』
「それに、アサゴの火力を突破して外に逃げるのは無理だ。染野慎士も、そのくらいは分かっているだろう」
『……西側に、シーバートの援軍があるかもしれないわ』
「その為の
そうねと口ごもる声が聞こえ、モーリスはやれやれと思いながら髪をかき乱した。
サリーの心に引っ掛かっているものが、失踪した二人の安否だけでないことくらい、モーリスも分かっていた。
染野慎士のことを、まだ思っているのか。──聞くに聞けず、モーリスはゆっくりと息を吐いた。
「ケイの暗号を信じろ。織戸清良を助けるんだろ?」
『……そうね』
頷くサリーの声は、心ここにあらずのようだった。
風が鳴る中、モーリスは考えを巡らせる。
わざわざポリュビオス暗号という形で痕跡を残したのだから、五十八番通りに意味があるはずだ。そう確信に近い思いを抱いていた。
ケイが基地を出たのは早朝。
赤の森から戻った候補生はまとまった休日となるため、基地の外に出ても何らおかしくはない。実家がアサゴにあるケイなら、里帰りだとでも言えば、問題視されることなく出られただろう。徒歩で向かったのか、何かの交通手段を使ったのかは判然としなかった。
だが、早朝に出たことを考えれば、五十八番通りにたどり着いてから数時間が経過していると考えた方が良い。
すでに染野慎士に遭遇しているか、あるいはシーバートと接触していても可笑しくはない。
暗号すら罠だとも考えられる。だとしても、すぐさま彼らを殺すことはないだろう。希望的観測でしかないが。
「うかうかしていられないことに変わりはない。だったら、その罠に乗ってしまう方が手っ取り早い」
『……わかってるわよ』
「あの辺りは民家も少ない。真っ先に避難勧告も出している。おかしな動きがあれば遠慮なく──」
『だから、分かってるわよ!』
悲鳴に近い声が響き、モーリスは思わずため息をこぼす。
今のサリーの心情は矛盾の塊なのだ。
ケイと清良を助け出したい。だけど、染野慎士と遭遇したくはない。捕まえて吐かせると言いながら、その本音は──
「染野慎士とのエンカウントが怖いのか?」
出来る限り穏やかな声音で、サリーの本音を引き出そうとした。だが、それに返事はなかった。
肩を落としたモーリスは再び髪をかき乱す。
「織戸清良の力になるんだろ?」
『……分かってる……』
「終わったら、酒でも何でも付き合ってやるから。……俺達の仕事は、まず民間人の保護だ」
イヤホンの向こうで、静かに「了解」とういう声が響き、上空で紅火がけたたましい鳴き声と共に上昇した。
数刻過ぎれば日が暮れると言うのに、繁華街に人の姿はなかった。
市街地のどこもかしこもがしんと静まり返り、粛々と地下のシェルターへの非難が完了していることが伺える。
「アサゴの人間は、
まだ避難を完了していない人影がいくらかあるものの、街道にいる軍の指示に従って行動しているのを見て、そうと分かった。
民間人を守ることが、最優先だ。
モーリスは白雪の背を叩くと真っ直ぐ前を睨み、深く息を吸い込んだ。
「白雪、駆け抜けろ!」
号令に反応した白雪は、五十八番通りに向かって
人のいない、市街地を駆け抜ける。さらに速度を上げてビルの壁を駆け上がり、その屋上を渡って西側に向かった。
アサゴはその東地区に基地を抱えている。
中央には繁華街や企業を抱えた商業区があり、その南北には居住区となる住宅地や小さな商店街などが点在している。
モーリスとサリーが今、向かっている西地区にあるのは墓地だ。アサゴで最も閑散とした場所になる。
五十八番通りは、その墓地に向かう通りの一つで、周辺に民家の数も少ない。
半時ほどかかっただろうか。
五十八番通りにたどり着いたモーリスは白雪の歩みを緩やかにすると、辺りの様子を伺った。
差し込んだ紅い太陽光に、モーリスの冷たい