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5-3 告げられる緊急事態

 教官室に辿り着くと、しばらくして情報端末に一件の招集通知が届いた。

 サリーがそれを見ていぶかしむ横で、モーリスは声を上げた。


「おい、外、見てみろよ。整備課が慌ただしい」


 モーリスが顎をしゃくり示した先では、整備棟から物資を積んだトラックが出入りしている。


「明日の演習に向かう用意……って感じじゃないわね」

装甲飛竜アルマ・ドラゴンも出すんじゃないか? 発着場の方も賑やかだ」

「赤の森に調査隊を出すのかしら」

「にしても、多くないか?」

「そうね。赤の森だけじゃないのかも……」


 二人が肩を寄せ合うようにして外を見て話していると、「何、見てるんだ?」とジンが声をかけ、間を割るようにして顔を出した。トレーニングウエア姿の彼は、額に汗をにじませている。


「あー、整備課の奴らか。ずいぶん忙しそうだよな」

「何か話、聞いてるか?」

「整備課のことは分からないが、さっきそこで、次の赤の森演習が延期になった話なら聞いたぞ」

「……延期、か」

「赤の森での異変の調査なんじゃねぇの?」

「それにしても規模が大きくないかって、話してたとこよ」


 サリーがそう言えば、ジンは確かにと納得しながら、手に持っていたミネラルウォーターのボトルの蓋を捻った。


 森の異変はいつ起きるか分からない。その為、森に生息する魔物の生息状況には常に敏感になる必要がある。

 生息する魔物の数が程度の些細ささいな変化だったとしても、調査隊は派遣される。いくつもの森に囲まれたアサゴは、小さな異変に対応することで魔物の蔓延ばびこる森に隣接しながら栄えてきた。


「俺らの急な招集も、それ絡みか? 休日の奴まで呼び出されてるけど」

「調査隊が出るだけなら、まだいいんだが」

「だけならって、お前、何か知ってんの?」

「いや……根拠のない予感だよ」


 言いよどんだモーリスは窓から視線を外すと、だいぶ賑やかになった教官室をぐるりと見渡した。

 皆、思い思いに話している。特に、演習を控えていた次の担当教官たちのざわつきは大きい。今後の予定を組みなおすことを考えたら、心中は穏やかでないだろう。


「サリーの担当分も延期になるんじゃないか? モーリスは運が良かったな」

「……延期で済むならまだ良いかもしれないわよ」

「何だ? サリー、お前も予感って奴か」

「まぁ、そんなとこね」


 けらけらと笑っていたジンは、サリーに短く返されると、面白いものを見たと言うように目を見開いた。

 ジンは不躾に二人を見比べる様な視線を向けた。それに対し、どちらともなく何かと問えば、彼は意味深な笑みを浮かべる。


「お前ら、仲いいな」

「は? どうしたら、そういう話になるわけ?」

「いやー、話のはぐらかし方もそうだけどさ、なんつうか……息があってると言うか、熟年夫婦の空気だよな」

「良く分かってるな。俺もそう思う」

「あんたらねぇ……バカなこと言わないで。この状況、誰だって予感ぐらい感じるわよ」


 真剣な顔で同意しているモーリスと変に感心しているジンを、呆れ顔で見たサリーは再び窓の外に目を向ける。それと同時にモーリスも外に視線を向けたものだから、間にいたジンは笑いを堪えるのが必死そうだ。


「ほら、そういうとこだ」


 そう言って二人に背を向けたジンは、ボトルに残った水を飲み干した。

 言われた意味が分からず、眉を吊り上げたサリーが、どういうとこよと言い返そうとした。その時、教官室のドアが静かに開けられた。


 現れたのは翁川綾乃と、銀髪を後方に撫でつけた眉目秀麗ミドルガイな上官──比企夏樹ひきなつき中佐だ。

 一同が、条件反射のように敬礼をすれば、比企は軽く答礼を返した。


「堅苦しい挨拶はいい。それよりも緊急事態だ。皆にも候補生を伴い動いてもらう!」


 よく通る声に、誰もが口をつぐんだ。


「これから多くの部隊がアサゴを離れる。その間、市街地の警邏けいらは候補生たちに当たらせる。各自の端末に資料を送った。それを見てほしい」


 一瞬ざわめいた教官達だったが、一斉に各自の情報端末を取り出して確認を始めた。

 そこには各地で発生した魔獣の異変報告が列挙されていた。その中に、モーリスの報告した赤の森の件も含まれている。さらに、当面の遠征の予定と出撃隊、補給や後詰めの隊に関することが記されていた。

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