早朝ランニングを終えて宿舎に戻ったモーリスは、腕に装着していたホルダーに納まる情報端末の通知音に動きを止めた。
通知の送り主は
深夜、報告書をメールで送るとすぐに、受け取り確認の返事があったことを思い出す。
(少将ちゃん、ちゃんと寝ているのか?)
自分のことを棚に上げつつ、モーリスは届いた通知の中身に目を通した。そこには本日、午後一に話の場を設けたい旨が記されていた。
了承の返事を送りながらミニキッチンの前に立ったモーリスは、いつものようにケトルを火にかけ、インスタント珈琲の瓶を手にした。
「
一連のことを考えれば、今日の招集は十中八九、シーバートと染野慎士の関係についてだろう。それと、赤の森の異変だ。
瓶底に残った粉をカップに落としながら、異変について思い返す。候補生たちにも聴取をしたが、明確な異変と呼べるものがほとんどなかった。だが、誰もが違和感を感じている。
まずは調査隊を派遣すべきだろう。だがモーリスは、それでは遅いような気がしてならなかった。
色々と思い過ごしであれば良いが。しかし、そう願う時点で、大概のことは最悪に繋がっているものだ。十年以上も軍人をやっていれば嫌でも勘が良くなる。
それは警戒心、恐怖心、そういったものへの防衛反応みたいなもの。そうと十二分にわかっているモーリスは、ケトルが湯気を上げるのを待ちながら、今出来る限りの思考を巡らせた。
異変は各地の森で常に起きている。それらは大きく分けて二つに分類される。
一つは
数百年前、大樹は新たな魔獣を産むという報告がされた。
当時、勢いを増した国々が森への侵攻を打ち出し、各地で大樹を伐採しようと試みたのだ。しかし、その幹に魔装具で攻撃を加えると、大樹は真っ赤な花を咲かせ、襲撃した人々を飲み込んでいったという。
人を
赤の森はその時に変異した大樹を有している。
今や、森の大樹に手を出すなってのは、万国共通認識でもある。
「シーバートが意図的に森の変異を引き起こそうと画策している……いや、ないか」
常識的に言えばその可能性は果てしなく低い。自殺行為にも近いことだ。しかし、タイミングよくシーバートの人間が街に出入りしていることが、引っ掛かってならない。
百歩譲って、偶然にも同時期にトラブルが重なったとしても、不穏な空気は払拭できない。
モーリスはふと、染野慎士のことを思い出した。
染野慎士は退役したと言っても、アサゴ基地に多くの繋がりを持っている。そこに
「……シーバート」
不確定要素が多すぎるが、突き詰めて考えると、シーバートと染野慎士の姿が必ず浮かび上がる。
奴らであれば魔物を焚きつけることができる。それをアサゴに向けようとしている。その手引きを染野慎士が行っている。そう考えればすっきりするのだが、推測の域をでないことも、モーリスはわかっていた。
染野慎士の姿を思い出し、モーリスはため息をこぼす。
この感情は警戒心なのか、嫉妬心なのか。その両方かもしれない。
「
サリーの悲しむ顔を浮かべながら、モーリスはお湯を注いだカップを覗き込む。
ゆらりと立ち上がる芳ばしい香りを吸い込みながら、まるで深い沼の底のように黒々としたカップの底を見つめた。
***
呼び出された小さな会議室でモーリスとサリーが待機していると、綾乃が上官と共に現れた。
その人を目視した二人は
綾乃が伴って現れたのは染野少佐だった。
「二人とも、急な呼び出しをすまない。特にモーリス・ロニー少尉は、実地訓練明けの休日だと聞いた」
「お気遣いありがとうございます」
静かに答礼をした染野少佐は椅子に腰を下ろすと、向かいのパイプ椅子に二人も座るよう促した。
染野少佐の横に腰を下ろした綾乃が口を開いた。
「深夜まで報告書の作成、ご苦労様でした。中身を確認し、早急に少佐のご子息を確保すべきと判断して、ご連絡をしたところ」
一度、ふっと息をついて瞳を伏せた。
「昨夜、消息を絶ったと判明しました。婚約者の織戸清良も行方不明です」
告げられた淡々とした言葉に、サリーが明らかに動揺し、喉をひゅっと鳴らすように息を吸いこんだ。