モーリスは入隊を前にした時、父親からイサゴの悲劇について聞かされていた。
襲撃を受けたイサゴに、近隣の基地から向かった増援が駆け付けた時には、シーバートの軍は撤退していた。残されたシーバートの負傷兵が襲撃の目的を口にすることもなかったという。基地はほぼ壊滅。残った軍人から聞かされたのは、襲撃の主力部隊に
シーバート本国からの声明もなく、後味悪く、イサゴの悲劇は軍の歴史の中でも闇に葬られた一件となった。
まだ幼かったあの日、何かが起きていると感じつつも、今なお真実を知ることができずにいる出来事だ。
もしかすると、そのときと似た何かが起きようとしているのではないか。そう、モーリスとサリーには思えてならなかった。
帰ってくることのなかった『おにいちゃん』の笑顔が、モーリスの脳裏にちらついた。
「狙いは、あの時と同じだと思うか?」
「分からないわ。イサゴの襲撃だって目的が判然としていないじゃない。比べようがないわ」
「そうだな……未だ、遺体すら見つかってない軍人も多いからな。お前の叔父さんもそうだろ?」
「……そうね」
目を伏せがちにしてカップに口をつけたサリーは、ゆっくりと苦い珈琲を喉に流し込んだ。
「もしも、レネ・リヴァースがシーバートの軍関係者で、イサゴの悲劇を繰り返そうとしているなら、協力者がいる可能性だって否めないな」
「でも、シーバートからアサゴに移転するのって、相当審査が厳しいはずよ」
「あぁ……正規の手続きでシーバートに入るには、軍所属の経歴が邪魔になる」
「偽装したんでしょうけど、そうすると、アサゴの人間が裏で糸を引いたとしか……」
それが染野慎士なのかもしれない。そう思ったのだろう。サリーは口を
染野慎士が退役したのは五年前。レネ・リヴァースがアサゴに入った時期を考えると、繋がりを持ってもおかしくはない。
「俺等とそう歳の変わらない軍人を、シーバートが手放すのも可笑しな話だしな。動けないような怪我で退役してるならまだしも」
「一応、彼らの退役理由は片腕の欠損ね。それぞれ利き手を失ってる」
「はんっ、そんなのシーバートなら何とでもなるだろう? あそこは人口こそ少ないが、特に遺伝子工学が優れている。
軍人を人とも思わないような国だと、憎々しげにこぼしたモーリスはカップの中身を飲み干した。それにサリーも頷きながらそうねと呟く。
どうしたって、二人のなからシーバートへの憎しみが消えることはない。苛立ちを隠すこともできなかった。
「この顔つき、まだ戦う意思があるようにも見えるわ」
「どう見ても
「怪我はフェイク?」
「あぁ、手袋はカモフラージュだろうよ」
ヘイゼルが隠し撮りをしてきた写真を拡大し、二人で覗き込むと、どちらともなくため息をついた。
男達の
彼らは、血なまぐさい日々を十数年生きたのだろう。戦うことしか知らない元軍人が働き盛りに武器を取り上げられ、果たして挫折感を
二人の
「やっぱ、少数精鋭のシーバートが手放すとは思えないな」
「……とりあえず、少将ちゃんに報告しましょ。慎士のことも含めて」
「そうだな。イサゴの悲劇を繰り返すわけにはいかない」
サリーの小さなため息を聞かなかったことにしたモーリスは、その伏し目がちに珈琲を啜る姿から視線を逸らした。
髪をわさわさとかき乱しながら席を立ったモーリスは、愛用の
それを見ていたサリーは、すっと目を細めて穏やかな笑みを口元に浮かべた。
「ほんと、好きね。
「お前の次くらいにはな」
「だから、そう言って何人の女を口説いたの?」
小さく噴き出して笑うサリーは、テーブルの上で分解されていく銃を眺めた。
「そこまでやるなら整備課に任せれば良いのに」
「予備は任せてるよ。けど、こいつだけは自分で磨きたいんだ」
分解はたまにだしと言って笑ったモーリスの様子を、サリーはどこか懐かしむようにしばらく眺めていた。