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4-6 お帰りの挨拶にしてはハードだと思うんだけど?

 赤の森で野営訓練を兼ねた五日間の遠征を終えて帰還したモーリスは、候補生たちに大型装甲獣アルマ・ビーストを整備班へ引き渡すよう、指示を出していた。


「次は、魔精石だが──」

「モーリス!」


 回収した大量の魔精石を抱える候補生に指示を出そうとしたその時、ひと際大きい声に言葉をさえぎられた。振り返ると、モーリスの補佐として訓練におもむいていたジンが奥のドアを指で示した。


 振り返ると、そこにサリーの姿があった。どこか緊張した面持ちだ。


「何か、急な案件らしいぞ。ひよっ子どもには引継ぎの流れを説明すりゃいいんだろ? 俺が代わっておく」

「……じゃぁ、任せる。三日間の休暇の後、訓練前に渡しておいた課題が提出になることも口頭で伝えてくれ」

「いいぜ。ついでに筋トレ課題も追加して良いか? あいつら、ひ弱すぎだろう」

「お前と比較してやるな」


 ちらりとジンを見たモーリスは、適度になと言って苦笑する。

 モーリスとて五日程度の野営で気が滅入るようなやわな体ではないが、ジンは別格だ。日頃から艶やかな筋肉をこれ見よがしにさらし、筋肉を鍛えれば精神も鍛えられると熱弁するタイプでもある。そんな彼から見れば、候補生となって半年程度の面々は年齢や経歴関係なく一律にになるだろう。


 意気揚々と候補生たちに近づくジンの背中を見て、モーリスは心の内で合掌をした。

 解散前に筋トレだと言い出しそうだ。その様子を想像しながら彼らに背を向け、眉間のしわを濃くして待つサリーの向かいに立った。


「お帰り」

「ただいま。どうしたんだよ。眉間の皴、とれなくなるぞ?」

「そんなの、とっくに手遅れよ。それより……。飼い主の素性も分かったわ」


 眉間を触ろうとするモーリスの手を払い、サリーは外套コートの裾を翻した。表情は硬く、その艶やかな赤い唇は微塵みじんも口角を上げていなかった。


 鉄製の扉が重苦しい音を立てて開かれた。

 無言のままかかとを鳴らすサリーの後ろをついて行くモーリスは、その背に声をかけた。


「話をするのは良いんだが、シャワーぐらい浴びたいんだけど」

「はぁ?」

「いやぁ、ほら、こうも汚れてちゃ、お前を抱きしめられないな。とか思うわけだ」

「抱きしめる必要なんてないでしょ」


 足を止めて振り返ったサリーの顔は、明らかな嫌悪感をにじませ、全力で理解が出来ないと物語っている。


「俺が抱きしめたいだけなんだけど?」

「……言ってる意味が分からない」

「今、お前も俺もフリーだ。だったら、全力で口説くしかないだろう」

「何バカなこと言ってるの?」

「口説けるときに口説いておかないとな。いざって時に後悔する気はない」


 いざと言う時が何を意味するのか、軍人であれば簡単に想像がつくだろう。

 大きくため息をついたサリーはきびすを返した。


「おいっ、どこ行くんだ?」

「宿舎で話しましょう。まずは、事務処理を終わらせてきて」

「急ぎじゃないのか?」

「シャワーくらい待てるわよ」


 さっさと話を終わらせるつもりだっただけよと、ぶつぶつ言いながら歩き出したサリーを追ったモーリスは、にんまりと笑ってその顔を覗き込む。直後、容赦ようしゃのないこぶしが飛んできた。


「勘違いしないで」

「俺、まだ何も言ってないけど?」

「そのにやけ顔が気に入らない」

「そりゃ、惚れた相手が俺のシャワーを待ってくれるなんて状況──」


 にやけない訳がないと言い切る前に、再びサリーの拳がモーリスの腹を目がけて突き上げられた。


 咄嗟とっさに拳を受け止めたモーリスは、ただただ自分を褒めた。顔を引きつらせ、しびれる掌に力を込めて笑う。


「相変わらず、過激な愛情表現だな、愛翔まなと

「サリーよ。下らないこと言ってないで、さっさと行ってこい!」


 パンッと小気味の良い音を響かせて手が弾かれた直後、引き締まった足がぐんっとしなり、モーリスの肩を狙うようにしてを描いた。


「だから、どうしてお前は、そう、いつも!」

「あんたの顔見てると、蹴り倒したくなるだけよ」


 久々にボンテージで包まれた美しい足を受け止めつつ、違う形で触らせろと思いながら、モーリスは笑顔を引きつらせる。


 ほんの刹那、絡み合った視線はすぐさまほどかれた。

 そっぽを向いたサリーは距離を置くと、耳をしきりに触りながら、さっさと片付けて来いと再び告げた。その背に、照れんなよと声をかけるのを思い止まり、モーリスは教官室に足を向けた。

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