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2-8 涙を止める方法は、とても簡単だった

 震える肩を抱きしめ、絡まるピンクブロンドの髪をほぐすように撫でる。


「本当なんだから」


 サリーの訴えるような声は、自分自身に向けたものだろう。必死に、言い聞かせているのだ。

 繰り返し呟き涙を流す姿を愛しく思い、モーリスはその震える肩をただ抱きしめる。


 お前の涙に弱いんだと素直に言えたら良かったのかもしれない。しかしモーリスは、他に何かかける言葉がないかと思考を巡らせた。

 笑わせるのが無理なら、いっそうのこと怒りを引き出すことは出来ないか。そうすれば涙は止まるだろう。泣き顔よりかは怒っている顔の方がマシだと、考えはあらぬ方向へと向かっていく。


 日頃から怒鳴られ慣れているモーリスだからこそ、そう考えが至ったのだろう。これが最善の策だとばかりに、彼は突拍子もないことを口走った。


「なぁ、とりあえず男食いに行ったらどうだ? 男食いのマナトって二つ名が泣くぞ」


 その言葉に、サリーの肩がひくんっと震えた。

 罵声でも何でも浴びせてみろ。何なら拳一発くらい食らってやるぞと、身構えたモーリスだったが、サリーは動かなかった。


「……今でも愛してるのに、はい次なんて切り替えられないわよ」

「まぁ、そうだよな」


 あっさり否定され、怒りを引き出すことが出来なかったと気づいたモーリスは天井に視線を投げる。


 よくよく考えれば、サリーの不名誉な二つ名は、振られた男たちが勝手に言っているだけのものだ。


 怒りに任せれば、涙も止まるだろうと思ったモーリスの作戦は見事に失敗した。

 次の一手を考えあぐねいていると、消えそうな声が「今でも」とぽつり呟いた。


「……今でもあの人との夜を忘れられないのよ……奪い返したいくらい」

「じゃぁ、一生思い続けて生きるのか?」

「それは……」

「なら、奪い返しにいくか?」

「セイラちゃんが幸せになってほしいっていうのも、嘘じゃない!」


 勢いよく上げられた顔は涙でぐしゃぐしゃで、お世辞にも綺麗とは言えなかった。それをまじまじと見たモーリスは可笑しさが込み上げ、思わず噴き出した。

 一瞬、サリーの瞳から涙が引いた。


「お前はそういうやつだよな。やっぱり、何も変わってねぇよ」

「何よ、笑うなんて酷いじゃない。あたしは本気で!」

「分かってるよ」


 振り上げられたサリーの手を掴み、遠慮をすることなくベッドに押し倒す。

 見下ろした顔は、酷いなんてもんじゃなかった。


「そうやって、あと何人の結婚を祝う気だ?」

「……なんでフラれる前提なのよ」

「俺が知ってる限り、今回で五人目だろうが」


 酒に溺れて逃げようとしたのは始めてだが。とは言葉にせず、モーリスは涙で汚れた顔を見下ろす。

 愛してやまない幼馴染が知らない男に泣かされたのかと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだった。

 許せなかった。その男が。彼を守れなかった自身が。


 苛立ちを誤魔化すように、サリーに覆いかぶさったモーリスは、白い手首を掴み、ベッドにきつく押し付けた。


「ちょっと、何──んんっ!」


 重なった唇に驚き、鳶色とびいろの目が大きく開かれた。

 少しばかり抵抗したぐらいで逃す気もなく、モーリスはわずかに開けられた唇に舌をねじ込んだ。むわっとしたアルコールの匂いが広がる中で、逃げる舌先をからめとり、ねっとりと深く口付ける。

 身をよじり、足をばたつかせるくらいでモーリスが退く訳もない。


 お互い軍人稼業だ。いくらでも抵抗の仕方は知っているのだから、嫌なら本気で抵抗すればいいだけのこと。

 だが、サリーはそうしなかった。


 合わさった口の端から涙が流れ落ちてきた。

 嗚咽おえつこぼれ、一度唇を離したモーリスは彼の柔らかな唇を優しくむように、幾度と角度を変えて口付ける。掴んでいた手を自由にすれば、その両手は背中に回された。

 分かっているのだ。諦めて歩き出すしかないことも、酒に逃げたところで何一つ変わらないことも。


 シャツを握りしめてくるサリーの指の熱さで、モーリスは気づく。

 こうして、傍にいるだけで良かったのだ。余計なことなどせず、泣き止むまで傍にいる。それをサリー自身、望んでいるのだと。


 モーリスは脳裏に、幼い頃わんわん泣いたサリーの姿を描き、そうして肩を寄せ合い生きてきたことを思い出した。

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