ケイ・シャーリーの射撃スコアが不調に陥っている原因を書面にまとめながら、モーリスは何とも言えない気分になった。
若くして前線に立つ覚悟を決めた青年の心を乱したのは、好き勝手に生きている大人。それも、自分の幼馴染を不幸にしかねない男だ。これが対等な相手であれば彼も堂々と立ち向かっていけただろう。
しかし、相手は元軍人で上官の息子。いくら部署が違うとはいえ上官とその息子相手に、強気になど出られるはずもない。
どうにかして、ケイの迷いを断ち切る手助けをしてやれないものかと、モーリスは思考を巡らせる。
無論、出来ることならその恋を実らせうことが一番なのだろう。しかし、色恋において連戦連敗の彼が、手ほどきが出来るほどの知恵を絞り出すことは出来そうになかった。
「俺に出来ることは、せいぜい、証拠探しか」
部署が同じで関係を構築できている部下の言葉なら、多少なりとも話を聞いてもらえたかもしれないが、生憎とケイは候補生だ。最悪、軍事に係わりがないことだと、聞き流されてもおかしくはない。
そう考えれば、話を聞いてもらうために証拠は必須といえる。
「救いは、染野少佐が温厚な人だって点か……」
話を聞いてもらえる可能性はゼロじゃない。そう僅かに期待を残しつつ、モーリスは時計に視線を向けた。
間もなく昼時だ。内勤の面々が一息つくいい頃合いだろう。
黒いファイルを片手に部屋を出たモーリスは、教官室に向かった。心地よいざわめきが近づいてきたと思う間もなく、通路の角で同僚たちと鉢合わせた。
「モーリス! お前、怪我は良いのか?」
「派手にやったって聞いたぞ」
「ついに、女に恨まれて刺されたんだって?」
「俺は、逆恨みした男に襲われたって聞いたぞ」
これから食堂に行くのだろう同僚の男達は、興味津々といった様子で尋ねてきた。それに呆れながら、モーリスは人当たりの良い笑顔を見せる。
「訓練で候補生を逃がすために怪我しただけだって」
「実地訓練か? この時期は蒼の森だろ。なんだ、腕が落ちたか?」
「女のケツばかり追いかけてるからだぞ!」
「こいつが追いかけてんのは、サリーだろ?」
「どっちにしろ、ケツを追い回してるに変わりはないだろうが」
「お前さ、この前フラれたからってモーリスに当たるのはやめておけって」
「そんなんじゃねぇって!」
「聞いてるこっちが、惨めだぞ。気にすんなよ、モーリス」
笑いながらモーリスの背を叩いた男達は、一通り騒ぎ終えると、さっさと治せよと口々に言いながら去っていった。さらに行くと、教官室から出てきた女性二人と目があった。
「モーリス! 怪我はもう良いの?」
「あぁ、そんな大した傷じゃないからね」
「それじゃ、来週からは教務に戻れるのかしら?」
「あなたとサリーがいないと、本当に困るのよね」
「……佐里?」
「あら、知らないの? 今日、お休みなのよ。その穴埋めで、こっちはてんてこ舞いよ!」
「だから! 治ったら、前から言ってた合コン、参加してよね。そのくらいのご褒美がないとやってらんないわ」
「あー……いい男集めろってやつね。俺よりいい男はそういないと思うけど?」
「あんた一人を皆で共有する訳にいかないでしょ!」
「つーか、教官組の女は、あんたを落とせないって分かってるわよ。それより、他の部署の男を紹介しなさい!」
けらけらと笑った女はモーリスの背をバシバシ叩くと、手を振りながら二人連れ立って去っていった。
その後も続々と、教官室で怪我の状態はどうかと聞かれ、モーリスは人当たりの良い笑顔で交わしながら、綾乃の姿を探した。
「モーリス!」
名を呼ばれて振り返ると、探していた彼女がそこにいた。きっちりと軍服に身を包み、教本と名簿を片手にして安堵の微笑を浮かべている。
「怪我の方はどうですか?」
「だいぶ良いですよ。いい加減、寝飽きていたところでした」
身辺調査のファイルを差し出して時間があるかと問えば、綾乃は昼食を一緒にどうかと尋ね返してきた。
「少将ちゃんの誘いを断れるやつは、ここにいないと思いますよ」
「そんなことはないと思いますが……少し片付けたい書類があるので、待って頂けるとありがたいです」
「暇をしてるので、いくらでも待ちますよ。珈琲を用意しますね」
「ありがとうございます」
ほっと安堵した様子の綾乃は受け取ったファイルをもって、自身のデスクへと向かった。それを見届け、モーリスは横の給湯室に向かう。そこに踏み込むと、今度は野太い声で名を呼ばれた。
「おう、モーリス! 派手に怪我したって聞いたが、随分元気そうだな」
「ジン! お前、いつこっちに戻ったんだ?」
「一昨日だ。まったく、
頬にざっくりと傷跡が残る大柄な男──ジンは、大口を開けて笑った。彼もまた、モーリス達と同じ魔装具使いの軍人だ。