「何があったんだ?」
「……あの、ここだけの秘密にしてもらえますか?」
「話の内容にもよるが」
ボトルの蓋を開けたモーリスがそれを傾けると、ケイは一度大きく息を吸った。
「その……先輩方に、社会見学だって言われて繁華街に連れていかれたんですが、その時……あの、染野少佐のご子息が女性と、その、
言いにくそうに打ち明けるケイの耳が赤くなった。
さらにケイは話を続け、夜遅くなってからの歓楽街で、染野慎士が別の女性と歩いているのも目撃したと打ち明けた。
モーリスは天を仰いだ。
噂通りの男だと知ったとき、この純真そうな青年の心中はいかなるものだったのか。
考えると、ふつふつと怒りすら沸き起こった。染野慎士に対してだけでなく、ケイを繁華街に連れ出した奴らを締め上げたい気すら起こり、モーリスは口元を引きつらせ、冷たいフェンスを握りしめた。
冷静になれと自身に言い聞かせる。
問題の大前提は、染野慎士の存在だ。さてどうしたものかと、顔を覆うようにしてこめかみを押さえたモーリスは、ふとサリーの後ろ姿を思い出した。
もしも、あいつが同じような目にあっていたら、自分はどうであったか。
「……そりゃ気が気じゃないだろうな」
モーリスはつい本音をこぼしていた。
幼馴染と言うのは何とも複雑だ。家族愛に近いためだろうか。それ以上になるには何かが足りない。それ故、モーリスは何度もサリーが他の男と付き合うのを見てきた。その横にいるべきは自分だと思いながら、彼が笑っていればそれでいいと思う気持ちが共存してしまう。嫉妬と安堵がない交ぜになった感情は形容しがたい厄介なものだ。
ケイも、そうなのかもしれない。
指の隙間から見えた暗がりの中、ぽつりぽつりと星が輝きを見せていた。
ケイに視線を戻したモーリスは、そこに思いつめた若い自分を重ね見た。目が合った彼は、何を思ったのか。焦りの色に顔を染め、慌てて声を張り上げた。
「殺したいとかじゃないんです!」
「……だろうな」
「でも、俺、このまま彼女が幸せになれるとは思えなくて……ぐるぐる考えてしまって、それで」
必死な訴えに、モーリスは口角を緩める。
「恋にうつつを抜かすな。そう言えるほど、俺は出来ちゃいないが……」
この基地に訪れたばかりの時、彼は間違いなく希望に満ちた顔をしていた。あの顔を取り戻させるには、手を貸す以外にないのだろう。
「まぁ、なんだ……乗り掛かった舟、てやつだな」
「……教官?」
「本来、プライベートの問題は自分で何とかしろというとこだが、お前じゃどうにもならなそうだからな」
モーリスの言葉に、ケイはつぶらな瞳をさらに見開いた。
今にも泣き出しそうなだったケイの頭に手を置いたモーリスは、くしゃりとその髪を撫でまわす。
「結婚の日取りはいつだ?」
「一年後だと聞きました」
「まだ時間はあるな」
「……教官、あの、何をしようとお考えですか?」
「それはこれから考える。ただ、染野少佐も、そんなことが明るみになったら何かと困るだろう。だからこの件、俺に任せろ」
ケイは唇をわななかせて「だけど」と消えそうな声で呟いた。
「お前がやるべきことは、守りたい人のために人を殺すことじゃない。覚悟を持って前線に立ち、一体でも多くの魔物を
モーリスの手が、ケイの肩をポンッと叩くと、彼は一度唇を引き結び、綺麗な敬礼を見せた。
「とりあえず、その幼馴染のことを少し、教えてくれるか?」
「あ、はい。彼女の名前は──」
夜の討伐に向かう