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1-10 大切なのはスコアじゃない

 揺れ動くケイの視線を探りながら、モーリスはさてどう話を進めるか考えていた。


 彼がモーリスの負傷を気にする素振りは微塵もなかった。つまり、悩みが昨日今日のものではないということだ。そこに訓練での失態が、多少は影響しているかもしれない。

 しかし、本質はそこじゃないと、モーリスは確信めいたものを感じていた。


 上空を見上げると、星が流れた。

 教官らしく訓練の話から攻めるのが妥当な気がし、モーリスはゆっくりと息を吐き出すと、ケイに向き合った。


「魔装具は俺の使う魔装短機関銃マギア・サブマシンガン魔装狙撃銃マギア・ライフル以外にもある。佐里が使う鉄扇、それに剣や刀、接近向きのものもな」


 突然の講習に、ケイが少し顔をあげた。


「だが、回収作業には必ず拳銃を使う。回転式か自動式かを選べるが、どちらにせよ、その射撃の腕がお粗末であれば現場では使い物にならない。だから、射撃訓練は怠ってはならない」

「心得ています」

「一発の精密さが命を救うことがある。特に、大型の魔物は、まず体内のでかい魔精石を撃ち抜かなければ回収が厳しい。その一発が生死を分けることさえある」


 その為、射撃の腕を日々みがくに越したことはない。最前線に立つ魔装具使いも、現場から帰還すれば射撃訓練や調整に余念がないものだ。


 当然のことながら、ケイも座学でその辺りはきちんと履修している。今更な話であっただろうが、優等生な彼は特に言い返すこともなく、再び心得ていますと頷いた。


「だが俺は、お前達の射撃スコアをそんな重要視していない」

「……え?」

「いくら射撃の腕がよくったって、現場でそのトリガーが引けなければ何の意味もないだろ?」


 人差し指と親指を立て、拳銃を模してケイに狙いを定めるそぶりを見せたモーリスが「撃てない奴は死ぬ」と言うと、彼の目が僅かに見開かれた。


「一般兵と違い、魔装具使いは若い内から最前線に送られる。俺ら教官は、お前達を預かっているから今はアサゴに留まっている。だが、上層部が必要と判断すれば、すぐにでも召集される。怪我をしてようが、身内に不幸があろうが、声がかかればどこにでもおもむく。軍人ってのはそういうもんだ」


 ケイは浅い息を繰り返し、静かにモーリスの言葉に耳を傾けていた。

 二人の間を、ひやりとした秋風が首筋を撫でるようにして抜けていく。


「そして、その時に最も必要なものは、覚悟だ」

「覚悟……」

「俺はな、射撃のスコアはその覚悟を持つための、要素の一つでしかないと思ってる」


 新米に経験則が足りないのは当然のことだ。誰にだって初めてはある。その時は積み上げたものを後ろ盾に戦うしかない。その為の候補生であり、実地訓練だ。射撃訓練も反復することで体に染み込ませるのが目的で、全てはで体を動かすためのものだ。


「お前がどうして戸惑ってるのか、俺は知らないけどな。前線に立ってきた経験なら語れる。迷いがあるなら話してみろ」


 すっかり陽が沈み、茜色から深い藍色に変わっていく西の空に背を向けていたモーリスは、黙り込んで足元を睨むケイの返事を待った。


「……教官は、人を撃ったことがありますか?」


 予想していなかった質問に、モーリスは眉間に力を込めて一度息を飲むと、短く「ある」と答えた。


 軍人の多くは対魔物の攻防戦に駆り出される。他国とも稀にいさかいが起きるが、魔装具使いがそういった対人紛争におもむくことは少ない。

 しかし、ない訳ではない。

 魔装具の技術を求める他国へ情報を売ろうとする裏切り者が出ることもあり、そういった場合に対処が求められることも、ままあるのだ。


 そうか、対人任務を気にしていたのか。なまじ優等生が故に、考えすぎなのかもしれない。そう察したモーリスはほっと肩から力を抜いた。


「対人の任務は珍しい。対人紛争も、めったなことじゃ起きない。どこだって、今は魔物の駆除が最優先事項だからな。銃口の先にいるのは魔物だ」


 そう焦るなと言い、ぽんっとケイの肩を叩いたモーリスは、彼が小刻みに震えているのに違和感を覚えた。


「違うんです、教官!」


 そうじゃないのだと、声を荒げたケイの表情は何かに恐怖しているようでもあった。

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