「失礼します! モーリスが怪我を負ったと聞き……モーリス!」
声を荒げながら入ってきたのは、
すると、コツッと足音がなり、もう一人姿を見せた。
「だから、言いましたよね。怪我はしたけど元気だって」
背後から声をかけたのはサリーだ。彼は美少女の腕をとると引き上げ、ゆっくりと立たせた。
「
「ちょっと、黒須! あたしはサリーって呼んでって言ってるでしょ」
「これは失礼。ファミリーネームで呼ぶ癖がついていましてね」
サリーの威圧などものともせず、黒須は涼しい顔をして笑った。それが気に入らないとばかりに、サリーはふんっとそっぽを向くと唇を尖らせ、モーリスのことはファーストネームで呼ぶくせにと文句をこぼす。
そんなやり取りを見ていた美少女──
つぶらな瞳の視線に気づいたのか。はたと、サリーの白い頬が赤く染まった。
「と、とにかく! 少将ちゃんが血相変える必要はないのよ。今回は、モーリスの読みが甘かっただけなんだから」
「でも……事前の調査不足も原因だと思います」
「そんなこと言ったら切りないわよ。森は変わるもの。突然変化することもあるんだから」
「ですが、蒼の森は比較的その変化が起こりにくい場所なのを考えると……」
「そもそも! 事前の調査隊は少将ちゃんの管轄じゃないし」
「だからと言って、私に責任がないとは」
「はいはい、そこまでね」
熱くなるサリーの肩を、モーリスはぐいっと自分の方へ引っ張り、綾乃に笑顔を向ける。
不意に引き寄せられ、モーリスの腕の中に納まったサリーは「ちょっと!」と文句を言いかけて彼を見上げた。
明るい声とは裏腹に、その瞳は微塵も笑っていない。
「少将ちゃん、ご心配をおかけしました」
モーリスの薄い唇が弧を描き、目が細められた。
少将ちゃん、と呼ばれた綾乃は一瞬、息を飲んで身を竦めた。
彼女の階級は中尉だ。しかし、この基地の同志は彼女を
彼にとって綾乃は特別な存在で、軍人を志したきっかけである
この基地のアイドル的存在でもあるのだが、生真面目な少女で責任感の塊みたいな存在だ。モーリスとしては、年下に責任を感じさせることに多少気まずさを感じている。
そして何よりも、サリーが敬愛する少女に優しい眼差しを向けると、ついつい嫉妬心に火がついてしまうのだ。
我ながら小さい男だ。そう思いながら、モーリスは咳払いをした。
「事前調査に疑問がない訳じゃないですが、とりあえず、俺はなんともないんで気にやまないでください」
「……分かりました」
「しばらく不便をおかけするかと思いますが、俺の代わりはこいつがするんで」
「はぁ!? 何で、あたしなのよ!」
「俺の代わりが勤まるのはお前くらいだろうが」
「それは……でも、あんたのとこは回収特化クラスで、サポート専門のあたしのとことはスタイルが違うでしょ!」
「一週間かそこらだ。基礎訓練強化にすればいけるだろう」
腕の中でぎゃんぎゃんと声を上げるサリーに爽やかに微笑んだモーリスは、まだ言い返そうとする彼に「出来ないの?」と、
綺麗な顔が耳まで真っ赤に染まる。
「こっちにはこっちの予定があるの!」
悲鳴に近い怒号が上がった。
直後、黒須が堪えきれないとばかりに噴き出して笑い出した。それを見て、綾乃はきょとんとする。
「おい、モーリス……お前はガキか。嫉妬は見苦しいぞ」
「……うるせぇ」
「お前は恋愛と親愛の区別もつかんのか」
「ちょっと、何の話してんのよ?」
「あ? なに、このアホはお前が翁川中尉と話してるのが──」
「あー、あー、とにかく、少将ちゃん! 俺が休んでいる間の仕事はこいつにやらせるってことで!」
「ちょっと、勝手に決めないで! それに、さっきから
突然声を上げたモーリスと、それに反応したサリーの声に黒須の声はかき消された。
黒須は再びやれやれとため息をつきながら綾乃に視線を向けて「ただの嫉妬ですよ」と呟いた。それを理解するのに数秒を要した綾乃は、目をぱちくりと瞬かせる。
横ではサリーとモーリスが不毛な言い合いを続けていた。
ややあって、綾乃が小さく咳払いをすると、サリーはハッとして振り返った。
「サリー、大変でしょうがよろしくお願いします」
「ううっ……少将ちゃんの頼み、あたしが断れると思う?」
その質問に、綾乃は
赤い唇からため息をこぼし、実に不本意と言いたそうな顔をしたサリーは、モーリスの首根っこを掴んだ。
「さっさと治しなさいよ」
「看病してくれるんだろ?」
「恋人にでもお願いしなさい!」
「別れたから、俺、フリーだよ? ほら、遠慮なく、お前も男と別れて来いよ」
モーリスの軽薄ぶりに顔を引きつらせたサリーは「バカじゃないの!?」と叫びをあげると、その頭を思いっきり拳で殴りつけた。