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1-3 俺が相手にされていない訳ではない

 アサゴは首都の東に位置する地方都市だ。ここから北東に位置する辺境地を調査するために作られた街でもあり、補給地点として長く栄えてきた。


 さらに、森と化した旧世界の一部を開拓して作り出されたこの街は、周辺に魔物の巣窟そうくつとなる森が点在するため、常に驚異の最中だともいえる。そのため、多くの軍人が最前線で命を落とす時代が長く続いた。


 しかし、逆境の中で魔装具マギア・アームズ──旧世界の銃火器、武器と魔法を融合させた特殊武器を扱う候補生を育成するには適していた。

 モーリスとサリーも魔装具を扱う適正者で、このアサゴ基地出身の軍人だ。それだけでなく、魔装具を複数種を扱える数少ない軍人にして、若くして少尉となった所謂いわゆるエリートでもあった。現在は、訓練生を預かる教官としてアサゴ基地に所属している。



 日が落ちる前に、装甲飛竜アルマ・ドラゴンはアサゴ基地内の発着場に舞い降りた。

 帰還を告げるように飛竜が咆哮ほうこうを上げた。

 出迎えた数名の整備士と軍人に飛竜を任せ、二人は基地内へと向かった。


 静かな廊下に踵の音を響かせて進みながら、モーリスはどうにも居心地の悪さを感じていた。人気のない通路に響く足音のせいなのか、はたまた負傷した腕の熱と痛みのせいなのか。

 ちらりと横を見たモーリスは、こいつのせいだと心の内で呟く。すると、空気を読んだわけではないだろうが、サリーが足を止めた。


「帰還報告に行ってくるから、あんたはまず医務室に行くこと」

「何、俺の心配してくれんの?」


 振り返った綺麗な顔は不愉快だと言わんばかりに歪んでいた。

 突っかかってこられた方が、無言よりも遥かにいい。気が楽になったモーリスが口許をニヤリと緩めれば、サリーは大きなため息をついた。


「あんたが倒れたら、仕事にならないからよ!」

「そんなに、俺と一緒にいたいんだ?」

「どうしたら、そう解釈できるの?」


 はんっと鼻で笑い返したサリーは彼の腰に下がるポーチを指差した。

 そこに入っているのは、モーリスが回収してきた赤い塊──魔精石ませいせきと呼ばれる魔物の体内に出来る結晶だ。彼らが使う魔装具の生産に欠かせないものであり、旧世界で主に使われていた電気エネルギーに代わる物だ。


「回収したもさっさと整備部に届けなさいよ」

「当然届けるけどさ」


 言いながら、モーリスはサリーの顔を覗き込む。


「素直に俺の心配してるって言えよ」

「は? ちょっ、どこ触ってんのよ。コートが血で汚れる!」

「照れるなよ」


 サリーの腰に手を回し、さらに顔を近づけるモーリスは目の前の綺麗な顔が引きつるのを見た。


 まずいと直感したのとほぼ同時に、足を払われ、視界がぐらりと傾いだ。ドタンッと無機質な床に倒れ、したたかに背中を打ったモーリスは、気付けば綺麗な足に腹を踏みつけられていた。


「ずいぶん、元気があるじゃない?」


 サリーは端正な顔に恐ろしいほど冷ややかな笑みを浮かべた。


 黒光りするボンテージに包まれる引き締まった体のラインを見上げるのは何とも絶景だ。しかし、さすがの威圧感とでも言うべきだろうか。


 モーリスは魔物の前に立ったような命の危機を感じた。


 女言葉で話し、化粧も決めて爪の先まで手入れをしているような絶世の美人だが、サリーはまごうことなき軍人で男だ。身長は百七十二センチ。さらに高長身のモーリスと並べば少しばかり小柄に見えるだろうが、女性と並べば間違いなく男と分かる。いくら芸術品のような細身とは言え、訓練された筋肉で引き締まっている。


 威圧感があってしかるべきなのだ。しかし、今のモーリスはそれを素直に称賛している場合でもない。何せ、美しいおみ足が腹の上にあるのだから。

 本気で体重をかけられでもしたら、内臓が無事では済まないだろう。


「ま、待てっ。俺は負傷してんだぞ!」

「だったら、さっさと医務室に行ってこい!」

「お、おい……サリー!」


 引き締まった足が上げられたが、一瞬、ぴくりと止まった。その隙に横へと転がったモーリスはその場から飛びのいた。

 容赦なく下ろされた足が、ダンっと激しく床を踏み鳴らす。


「マジで俺を踏みつけるつもりだったろう……」


 顔を引きつらせたモーリスは、きびすを返したサリーの背中を見て、乾いた笑いを浮かべた。

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