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1-2 つれない幼馴染と黄昏の空

 モーリスとサリーを乗せた装甲飛竜アルマ・ドラゴンは、木々が生い茂る“あおの森”上空を旋回すると、アサゴ基地へ向けてその大きな翼を羽ばたかせた。


 眼下に広がるのは、どこまでも続く広大な森。それは荒廃した旧市街の上に数百年かけて生い茂ったと伝えられている。


 遥か昔、高度な科学技術で発展した旧世界は、自然界に淘汰とうたされた。


 突如として現れた大自然の化身──聖痕を持つ獣サケル・ベスティアに世界の英知は破れ、各国の指導者、英雄は瞬く間に失われた。

 生き残った人々は住む場所を追われ、荒廃した大陸各地で息を潜めるようにして命を繋げたという。それは、まさに終焉という名にふさわしい時代だった。


 肩を寄せあいながら、しぶとくあらがう人類を神は哀れんだのだろうか。


 朱い翼をもつ神が降り立ち、聖痕を持つ獣に打ち勝つための力となる魔法マギアを授けたとされるのは、現代いまからさかのぼること一千年前のこと。

 突如として世界にのさばった異形の獣──魔物は、聖痕を持つ獣の力により変化を遂げた生物だということが分かったのも、丁度その頃だった。


 滅びに抗う力を得た人類は国の再興を続けながら、今日こんにちも魔物と戦い続けてきた。だが、滅びは続いている。


 広大な森を眺め、幼い日々に習った滅びの歴史を思い出していたモーリスは、ふと熱を持つ腕に視線を落とした。


 黄昏ゆく空を眺めて感傷的になっているなと、モーリスは自嘲気味に口角を上げた。

 冷たい風が顔を撫で、通り抜けていった。


 血で汚れた腕を洗浄するサリーの指先が視界に入った。


「……怒ってるのか?」


 尋ねるも、返事はない。

 罵詈雑言ばりぞうごんの嵐を覚悟していたモーリスは、どう接したらいいか分からず、それ以上の言葉をかけられなかった。


 いつものサリーであれば「鍛錬たんれんが足りないからよ」とか「あたしの手をわずらわせないで」と、綺麗な鳶色とびいろの瞳を細めて冷ややかに突き刺すようなことを言ってきただろうに。


 撤退の指示は適切だった。被害も最小限だった。

 森で、訓練生の撤退を指示したことを思い出しながら、モーリスはもう一度、サリーに声をかけてみた。


「なぁ、候補生に重傷者は出ていないんだよな?」


 包帯を巻いていた白い指がぴくりと動き、一瞬、止まったように見えた。だがすぐに、何事もなかったようにサリーは再び手を動かす。


「あんたがおとりになったおかげでね」

「それは良かった」

「……あんたがえさになってたら、何人かドロップアウトしたでしょうね」

「魔物の腹で最期を迎えるつもりはない」


 勝手に殺すなよとモーリスが笑い飛ばせば、サリーは小さくため息をついて視線を逸らす。


「ほんと、あんたはバカなんだから」


 二人の間を、再び冷えた風が吹き抜けた。

 その風が、バカを言い合う空気を巻き上げてしまったのだろうか。再び沈黙が居座り続けることになった。


 風の唸る音を聴き、モーリスは遠ざかる森を再びちらりと見る。

 広大な森を見下ろすたびに、塀に囲われた街で読み書き歴史を学んだことを思い出す。そんな軍人も少なくないだろう。

 生き残るための学びの時が、どれほど幸せだったことか。


(もう、十年以上前のことだけどな)


 ちらりとサリーに視線を向け、懐かしい首都での幼い日々を思い出す。


 読み書き、歴史を学んでいた初等科時代、制服が可愛くないと言って怒っていたサリーは小さくて可愛かった。今ではその磨かれた肉体美を惜しげもなく魅せる全身黒のボンテージスーツを好んで着るようになったが、手入れの行き届いた髪は、幼い頃と変わらず柔らかだ。違うと言えば、彼の好きなピンクに染め上げられていることか。


 無意識に手を伸ばしたモーリスは、サリーが反応して身をすくめるのに気付いた。

 髪に触れる直前で、手が止まった。


「何よ? 怪我人は大人しくしてなさい」

「いや、髪に葉っぱがついてるぞ」


 モーリスの指を払ったサリーは、髪についた小さな葉をつまむと顔を逸らす。そうして、何事もなかったような顔で、応急処置に使った道具をポーチにしまった。

 そんな姿に、モーリスは幼かった彼の姿を重ねて笑った。


「なに笑ってんの。気持ち悪いんだけど」

「いや……昔も、手当てしてもらったよな」

「いつの頃の話よ」

「八歳くらいか?」

「……よく覚えてるわね。そんな昔のこと」

「そりゃ、お前との思い出だからな」


 もしも魔物の腹の中で死ぬことがあるなら、最期に思い出すのはあの幼き日々なのかもしれない。そう考えながらサリーを見つめていると、彼は少し眉を吊り上げた。


「……相変わらず、つれねぇな」

「え? 何かいった?」

「なんでもねぇ!」


 思わずこぼした本音は、風の音にかき消されたようだ。

 口元を手で覆い隠したモーリスは、深く息を吸い込んだ。


 生まれた日も、産院までも同じで家族同然に育ったと言うのに、どうしてこうもつれないのか。

 その答えに心当たりがない訳ではなかったモーリスは、暮れゆく空を眺めながら「つれねぇな」と呟き、自嘲気味な笑みを浮かべた。


 ややあって、アサゴの街が小さく見えてきた。

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