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第28話

 テスト週間に入り、全部活動は活動を停止した。

 運動部の活気ある声が消え、吹奏楽部の音出しが消え、静かな放課後を迎えていた。

 俺たち生徒会メンバーも例に漏れず、他の生徒たちと同様に勉強に励んでいた。

 生徒会室に集まった俺たちは久世と班目が結菜を、俺が若月の面倒を見る形で勉強は進められていた。


「ふー、疲れましたぁ」


 若月がきりのいいところでぐっと伸びをして背を逸らす。それを見た結菜が、ぽんと手を叩き言う。


「そうだ。せっかくだし休憩がてら親睦を深める為に自己紹介でもしちゃう?」


 確かに、この生徒会メンバーはあまりお互いのことについて知らない。久世とも挨拶は交わしたが、深い会話などはしたことがなかった。班目とは既に深い仲になってしまったのだが、どうしてこうなったのか俺にもわからない。


「いいですね。これから生徒会を共にやっていく者同士、親睦を深めましょうか」


 久世が賛同し、自動的に班目が頷いた。

 結菜の提案を若月が断るわけもなく、俺の意見を聞くまでもなく多数決で可決された。


「それじゃ私から。和泉結菜です。ご存じそこの穂高とは兄妹になりました。どうせなら秘密とか言う方がおもしろいよね」


 結菜はこほんと咳払いを挟むと、爆弾を投下した。


「実は好きな人がいます! えへへ、言っちゃった」


 まずい。俺は咄嗟に隣を見た。若月は満面の笑みで結菜を見ていた。いや、よく見ると目が笑っていない。


「じゃあ質問どうぞ。聞きたいことあったら何でも聞いてね」


 結菜がそう言った瞬間、若月が神速の速度で手を上げた。


「はい朱星ちゃん」

「安城先輩はそのこと知ってるんですかー?」

「うん、穂高は知ってる。誰かは教えてないけどね」

「そうなんですかー」


 その瞬間、若月が俺の脇腹をものすごい力で抓んできた。俺は声を出すわけにもいかず、黙って痛みを堪える。

 結菜に好きな人がいるという情報を若月に黙っていた制裁だろう。というかこの後輩容赦ねえな。一応先輩だぞ、俺。

 今度は久世が手を上げた。


「その好きな人とは両想いになれたかい?」

「残念ながら。実は一度振られてるんだ。でも、諦めずにがんばってるところ」

「それはぜひ頑張って。応援するよ」

「いいの? 恋愛禁止を掲げてた人の発言とは思えないけど」


 結菜が怪訝な表情を浮かべて問う。

 久世は頭を掻くと、班目を尻目に見る。


「元々、僕は禁止しようと言っていたわけじゃない。飛鳥がペアを組む条件に恋愛禁止を推してね」

「私は今でも恋愛を禁止すべきだと思っています。ですが、応援はします」


 班目がそう言って照れくさそうに顔を逸らす。俺は班目がなぜ恋愛禁止を推奨していたかを知っているだけに反応に困る。


「しかし意外だったな。久世が班目にペアを組んでくれるよう頭を下げたんだな」


 俺はてっきり班目から立候補したと思っていたのだが。


「ああ。飛鳥ほど適任はいなかったからね。飛鳥は立候補するなら風紀委員をやめなくちゃいけなかったから、それでね」

「なるほどな。まあ確かに適任だわな」


 班目は学業も学年三位をキープしている秀才だ。それでいて風紀委員に在籍していたなど、生徒会に加入するには最適な人選だったのだろう。実際、選挙は接戦だったと聞いた。俺の応援演説で空気を支配したが、それでも久世と班目を推す声も少なくなかったという。そういう意味でもこの二人を生徒会に加入させたのは結菜を支える意味でおおいに正解だったろう。


「はーい、いつからその人のこと好きなんですかー?」


 若月が更に追加の質問をする。この機会に結菜から色々聞き出す算段らしい。目が据わっている。


「中学生の頃からかな」


 結菜がそう答えると、隣で若月が「なるほど。中学が同じ奴か」と呟いていた。怖い。朱星ちゃん怖すぎる。

 こいつ、知り得た情報をもとに結菜の好きな人を特定しようとしていないか。


「あたしー、結菜先輩が好きになる人がどんな人なのか知りたいですー」

「えー、恥ずかしいな。まあいいよ。えっとね、あんまり目立たないんだけど、困っている人がいたら助けてくれて優しいの。それでいて不器用なところが好きかな」

「いいですねー。羨ましいです」

「朱星ちゃんは好きな人いないの?」

「いますよぉ。でも、難しいかなって感じでー」

「そうなんだ。諦めなくていいと思うよ。私も一回振られてるし」


 相手はお前なんだ。できれば諦めるように誘導してほしかった。いや、個人的に結菜と若月が付き合うのは怖いからやめてほしい。俺の胃が休まらん。


「それじゃ私への質問はこれぐらいでいいかな。なんか好きな人のことばっかりになっちゃったね」

「どうせならみんなで恋バナしましょうよぉ。その方が深い関係になれますよぉ」


 若月の提案に久世が苦笑いを浮かべる。恋バナ大好き結菜ちゃんが目を輝かせたので、若月の案は採用されることになった。


「じゃあ次は副会長の穂高だね。さあ、どうなの!」

「安城先輩は男の人が好きなんですよねぇ。いい人いるんですかー」

「うーん、多分それは違うと思うよ」


 苦笑する結菜の腕を引っ張り体を寄せ合う。


「頼む、ここでは俺は男好きってことにしておいてくれ」

「えーなんでよぉ。穂高の恋バナ聞きたいのに」

「俺の命が危険なんだ」

「なんだかよくわからないけどわかったよ」


 結菜は不満げな顔を浮かべながらも頷いてくれた。


「なに話してるんですかー?」


 若月が目ざとく追及してくる。


「えっとね、好きな人の話口止めされただけ」

「え、結菜先輩知ってるんですか?」

「名前だけね」


 おい、結菜。それじゃあ俺が好きな人がいるみたいじゃないか。

 結菜はてへっと舌を出すとウインクしてきた。


「俺は好きな人はいないぞ。まだそういう相手はいないんだ」

「またまたー隠さなくていいですよぉ」

「本当なんだ。今は恋とかそういう気分じゃない」

「噂では野球部の堀先輩が怪しいと聞きましたけどぉ」


 やはり一輝で噂が広まってしまっているようだ。一輝には悪いことをしたと思うが、ここは一輝を利用させてもらおう。


「そうだな。一輝は付き合いが長いし、一番好きな人に近いかもしれない」

「本当は好きなんじゃないですかー?」

「それは違う。だから一輝にちょっかいかけるなよ」

「やだなぁ、そんなことしませんよぉ」


 こいつならやりかねないと思うから怖いんだよな。若月は俺の話は満足したのか久世に水を向けた。


「あはは、僕か。みんなが正直に言ってるから僕も正直に話すけど、好きな人はいるんだ」


 意外にも久世は正直に自分の心情を吐露した。表情を変えない班目の顔が僅かに強張った。


「えー久世くんも好きな人いるのー!?」


 結菜が過剰に反応する。


「久世先輩に好きな人がいるのは意外でしたけど、本当だとしたらやばいですねー」


 若月が興味無さそうにそう言う。結菜の時とで態度が明らかに違う。その露骨なまでの態度を気にしていないのか気付いていないのかはわからないが、久世が苦笑する。


「まあ告白された子には言ってきたけどね」


 頬を掻きながらそう言う久世に結菜が食い下がる。


「えー、久世くんモテるもん。女子の間でも凄い話題に出るんだよ。そっかー好きな人いるのか」

「まあ、気にされるのは嬉しく思うよ」


 久世はイケメンスマイルを浮かべながら、頬を掻く。

 久世が好きなやつがいるというのはどうやら本当らしい。以前、班目と久世の告白現場に遭遇した際は、ブラフかもしれないと考えたことを思い出す。その可能性が潰えた今、班目は何を思うのか。長年久世を見てきた班目が、久世が好きなのは自分じゃないと言い切っていることから、班目のことが好きという線はないのだろう。


「久世くんの好きな人ってこの学校の人?」

「まあ一応そうなるね」

「そうなんだ! 誰だろ」

「相手は詮索しないでもらえると助かるかな」

「そうだよね、ごめん」


 結菜が手を合わせて謝る。この学校の人か。班目の気持ちを知っている俺からすれば、それが班目であってほしいと思うが。


「最後はじゃあ班目さん! どう? 好きな人はいる?」


 結菜がそう言って班目に手で拳をを作って差し出す。マイクに見立てているのだろう。

 班目は視線を逸らしながら、淡々と言う。


「……いるわけないじゃないですか。私は恋愛禁止を推奨してた人間ですよ」


 どうやら本当のことをいうつもりはないらしい。久世の前だし言いにくこともあるか。


「そっか。そうだよね。恋したこともないの?」

「……恋したことぐらいは、あります」

「きゃーその時のこと良かったら教えて」


 一番恋愛から程遠そうな班目の恋バナということもあり、結菜が興奮して食いつく。

 班目はその勢いに気圧され、後ずさる。


「好き、だったんですけ、ど、見向きもされませんでした」

「告白はしなかったの?」

「できませんでした」

「勿体ない! 告白したら相手も意識してくれるかもしれないのに」


 結菜が悔しそうに目を瞑る。実際告白して諦めてないやつの言うことは説得力がある。だが、班目の場合は相手に好きな人がいるということがわかっているからな。そう簡単な話ではないのだろう。振られることが確定しているうえで告白だけでもなんていうのは所詮綺麗事だ。実際に振られたら立ち直れない奴だっているだろうし。


「いいんです」

「そ、そう? 班目さん可愛いから絶対にまたチャンスあるよ!」


 結菜がそう励まし、ちょうど一周する。休憩時間にしては秘密を打ち明けたことで、仲は深まったような気がする。

 おかげで若月にはこの後どやされるかもしれないが、生徒会のことを思えば良かったと思う。

 結菜が手を打ち鳴らし、緩み切った空気を引き締める。


「よし、じゃあもうちょっと勉強頑張ろう」


 その指示に従い、再び俺たちは机に向かう。

 その際、若月がこっそり俺に耳打ちしてくる。


「先輩、この後ちょっと付き合ってください」


 結菜に好きな人がいることを隠していたことを詰められるのだろう。俺は胃が軋むのを感じながら溜め息を吐く。


「わかったよ」


 若月の暴走を止められるのは俺だけだ。しっかり俺が手綱を握って制御しないとな。



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