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第26話

 選挙戦が終わり、俺たち新生徒会は活動開始まで目前に迫っていた。

 久世に呼び出され、生徒会室に集まる。生徒会室に入ると既に全員揃っていた。一人だけ見知らぬ女子生徒もいる。


「いや、集まったね」


 久世はそう言うと俺に席へ座るよう促す。俺が席に着いたところで、結菜が咳払いを一つ挟み仕切り始める。


「それじゃ、生徒会活動開始まで直前に迫ったところで、そろそろ新メンバーを決めなきゃいけないわけだけど、久世くん、その子がそう?」

「ああ、一年の若月だ。見た目はこんなだが、真面目なやつだよ。若月、挨拶を」


 久世にそう言われて若月と呼ばれた女子生徒が立ち上がる。セミロングの金髪をくしゃっと巻いている女子だ。どことなく不真面目な印象を受けるが、久世の推薦なら間違いはないのだろう。


「一年の若月わかつき朱星あかりです。生徒会庶務として頑張らせていただきます。よろしくお願いします」


 若月は丁寧にお辞儀をすると席についた。

 久世の推薦で庶務が決まった。これで晴れて新生徒会としてお披露目できることになる。


「明日の全校生徒の前での挨拶、緊張するー」


 結菜が早くも頭を抱えていた。投票前演説の前は失敗したからトラウマになっているのかもしれない。

 俺はそんな結菜の様子を横目で見ていた。

 あの日、海に出掛けてから結菜は雰囲気が変わった。どう変わったのかと聞かれても上手く答えられないが、こう余裕を感じられるようになったのだ。生徒会長としての自覚が芽生えたのか、それとも別の理由か、俺にはわからないがなんにせよ、結菜を支えていくことに変わりはない。


「これで生徒会メンバーが全員揃ったわけだけど、正式な活動開始は中間考査が終わってからになります。各自、生徒会メンバーとして恥じない成績を取るようにしましょうね」


 久世が結菜を見ながらそう言って苦笑する。


「う、うん。赤点取らないように頑張る」


 結菜は縋った目で俺を見てくる。

 わかってるって。勉強教えるよ。


「それじゃ解散ということで」


 結菜の号令でそれぞれ席を立つ。

 ふと視線を感じ振り返ると、若月が俺の方をじっと見ていた。目線が合うとすぐに逸らされた。何か気になることでもあるのだろうか。


「穂高、行こ」

「お、おう」


 結菜に肩を叩かれ、若月から意識を逸らす。そのまま生徒会室を後にして、その日は帰った。



 翌日、朝礼で生徒会のお披露目があるので、いつもより早く学校に登校する。

 俺は体育館に移動すると、既に到着していた結菜と合流する。


「どうだ、緊張してないか」

「めっちゃしてるよ。でも、なんか今回は大丈夫な気がするんだよね」

「人前で話すことを経験したからだろ。これから場数を踏んでいけば、すぐに慣れるさ」

「そうだね。うん、私、生徒会長なんだもんね。胸張らなきゃ」


 そう言って結菜は背筋をぴんと伸ばしその豊かな胸を張る。

 朝礼の流れは校長の話があって、現生徒会長の退任の挨拶。それから新生徒会のお披露目と続く。

 結菜の出番はまだ当分先だ。それまでに緊張を解せばいいだろう。

 校長の話が始まる。うちの高校の校長の話は長いことで有名だ。立ったまま長話を聞かされるのは勘弁してもらいたい。ましてやこの後も生徒会による挨拶が続くのだから猶更だ。

 結菜が話す頃にはきっと生徒たちもだらけているだろう。

 そう思っていたのだが、結菜が壇上に上がると、どっと歓声が沸いた。


「みなさん、お静かに。えー、生徒会長になりました和泉結菜です」


 結菜は笑顔で全校生徒に手を振ると、すらすらと挨拶をしていく。結菜が静かにと言ったら、生徒たちは黙って話を聞いていた。いつの間にか結菜にもカリスマが備わってきたのかもしれない。俺は素直に感心し舌を巻く。結菜はこれから人気のある生徒会長になっていくだろう。兄として俺も負けてはいられないな。

 結菜の挨拶が終わると、割れんばかりの拍手と歓声が体育館に響き渡る。

 続いて役員の紹介が行われ、俺も生徒たちの前に姿を現す。名前が呼ばれてお辞儀をし、新生徒会のお披露目はつつがなく終わった。


 放課後、生徒会室に行くとまだほとんど人は集まっていなかった。

 唯一中にいた若月がぺこりと頭を下げてくる。


「安城先輩、ですよね」

「そうだけど」

「先輩に話があるんです」


 真剣な表情で若月は俺の目を見つめてくる。まさか告白か。この流れは前にも経験したことがある。俺は困った表情で若月を見ると、溜め息を吐く。これから生徒会としてやっていく間柄で気まずくなるのは避けたいところだが。そう思っていると若月が口を開いた。


「先輩って男が好きなんですか」


 どうやら若月も俺が男が好きだという噂を聞きつけたようだった。俺の狙い通り、学園中に俺が男好きという噂が流れれば、女子は寄ってこないと考えていたからそれは僥倖なのだが、若月はやけに真剣味を帯びた声で聞いてくる。


「ああ、そうなんだ」


 だから嘘を吐くのは一瞬躊躇われたが、結局俺は嘘を吐いた。

 すると若月の表情がぱっと華やいだ。


「先輩は信用できます!」


 俺の手を取り、ぶんぶんと振って笑顔を向けてくる。

 どういうことかわからず困惑する俺を余所に、若月は1人納得顔で頷いている。


「あたし、これから先輩を頼りにさせてもらいまーす」


 そう言うと、ウインクして手を放す。

 いったい何がどうなっているんだ。わけがわからず呆然としていると結菜たちが入って来た。


「話はまた今度」


 そう言って若月は俺から離れて席に着いた。


「中間テストがあります」


 結菜は手を組んで深刻そうな表情でそう言った。


「なので勉強会を開きたいと思います。みんな、私に勉強教えて」


 手を合わせて頭を下げる結菜。生徒会に集まったメンバーは学年トップスリーだ。勉強を教えるのには申し分ないだろう。

 結菜がそう言い出すと思って、勉強をするのに生徒会室を利用する許可は取ってある。実際に新生徒会の活動が開始するのは中間テストが終わってからだし、別に構わないだろう。


「それじゃ若月は俺が教えようか」


 久世がそう言って後輩の指導を買って出る。


「いいえ、他の先輩方とも仲良くなりたいんで、安城先輩に教えてもらいます」


 なんと若月が俺を指名してきた。さっきのことといい、なぜか俺に妙に懐いている若月だが、俺を好きだというわけじゃないようだ。何か別の目的があって俺に近付いているとしか考えられない。

 ここで断るのは先輩として評価が下がるだろう。俺は頷くと、若月の隣に席を移動した。

 結菜を見ると、少し寂しそうな表情をしていた。


「じゃあ、和泉さんには僕と飛鳥で教えるよ」

「うん、ありがとう」


 てなわけでそれぞれ席を移動し、問題集を開いた。


「俺は適当に問題集解いてるから、わからないところあったら聞いてくれ」

「せんぱーい、ここわかりませーん」


 早速一問目で若月が猫なで声を出してくる。

 見ると、基礎中の基礎問題で、逆に何がわからないのかわからなかった。


「これはだな」


 俺はひとまず解き方を説明すると、なぜそうなるのかを丁寧に説明する。人に教えるのは結菜の相手で慣れているので、問題はない。

 若月は人差し指を顎に添えながら頷いている。


「わかりましたー。先輩ありがとうございます」


 猫なで声でそう言うと、若月は問題に向かっていく。

 しばらく様子を見ていたが、若月は決して頭が悪いわけではないようだ。最初の問題も本当は自分で解けたのだろう。俺を試したのか、意図の読めないやつだ。


「先輩ってすっごく頭いいんですね」

「まあ勉強は得意だからな」

「そんな人に教えてもらったらあたしも成績アップできちゃいますね」

「それはお前の努力次第だな」

「がんばりまーす」


 若月はぺろっと舌を出すとあざとさをアピールしてくる。

 それから二時間ほど勉強を続け、最終下校のチャイムが鳴る。


「お疲れ、今日はここまでにしようか」


 久世がそう言って参考書を片付ける。結菜は久世と班目に教えてもらって手ごたえを感じているのか、得意げに鼻を鳴らしていた。

 生徒会室の戸締りを済ませ、全員で学校を出る。

 俺と結菜は一緒に帰るので、久世たちと分かれる。


「あたしもこっちなんですよぉ」


 若月が後ろをとことことついてくる。


「朱星ちゃん、って呼んでもいいかな」

「もちろんですよぉ。あたしは結菜先輩って呼びますね」


 早くも打ち解けたのか、和やかに談笑している結菜と若月。結菜も妹ができたみたいで嬉しいのか、笑顔で接している。

 しばらく歩くと三叉路にぶつかる。


「あたしはこっちなんで、また学校でよろしくお願いします」


 若月はそう言うと、俺たちとは違う道に進んだ。


「帰るか」

「うん」


 結菜と二人並んで歩く。兄妹であることを公表したので、一緒に帰っても問題にならない。結菜と兄妹になったと噂が広がれば面倒になると思ったが、今のところ面倒ごとには巻き込まれていない。

 家に着いたところで、俺は立ち止まった。


「どうしたの?」

「すまん、ちょっと忘れ物した。先に入っててくれ」

「わかった」


 結菜は特に怪しむ様子もなく家の中へ入っていく。

 俺はそれを見届けると踵を返し、早足で歩いていく。そして壁際に隠れる影に声を掛ける。


「それで、お前は何をしてるんだ」


 俺に声を掛けられた若月は悪びれる様子もなく微笑んだ。


「先輩、気付いてましたか」

「生憎と視線には敏感なんだ」

「視線できるだけ外したのになぁ」

「それで、どうした尾行した」


 そう問い詰めると若月はぽんと手を叩くと俺の手を取った。


「話すんでちょっと付き合ってください」


 そう言って俺の手を引いていく。

 なんだかわからんが話すと言うのならついていこう。

 俺は若月に引かれるまま後ろをついてく。

 喫茶店に立ち寄ると、中へ入っていく。

 席に通されると、メニューを手に取り俺に手渡した。


「ここはあたしが出します。好きなものを頼んでください」

「それじゃあお言葉に甘えて」


 夕食前なのでコーヒーを注文する。若月はケーキとカフェラテを注文した。


「それで、そろそろ話してもらおうか」

「わかってますよぉ」


 若月はそう言うと、衝撃の言葉を口にした。



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