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第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑭

 三軍男子の動揺〜深津寿太郎ふかつじゅたろうの場合〜


 寿太郎じゅたろうは、動画編集に時間を取られたせいで、クラスのものである執事喫茶にまったく関わることができなかった反省の意志を示すように、


「埋め合わせできることがあれば、ナンでもさせてもらう……」


とは答えたものの、まさか、普段は、おっとりした印象のある莉子に、


「そうだね、深津くんが、そう言ってくれるなら、すぐに実行してもらおうか?」


と、押し切られる格好で、自分たちの三年一組の教室に連れて来られるとは思わなかった。

 彼女は、


「ゴメンね、亜矢! ちょっと、寿太郎くんを借りていくね」


と、わざわざ友人に断りを入れていたが、いったいナニをするつもりなのだろう? と、寿太郎はいぶかしむ。

 戸惑いながらも、莉子と付き添いの奈美に連れられて、彼が教室に入ると、そこには、営業(?)を終えた執事喫茶で使用していたと思われるアフタヌーン・ティー用のティーカップなどが机に置かれ、ハンガーには、モーニング・コートやロングテール・コート(燕尾服)が吊るされていた。


「深津くんには、まだが残ってるから、そのために、キッチリと服装を整えないとね!」


 ニコニコと微笑みながら言う莉子に対し、


「リコ、やる気だね〜! ウチも手伝うよ〜」


と、奈美もノリを合わせてくる(いや、彼女の場合は、元々の性格か……)。

 彼女たちの意図が読めず、


「大事な仕事って、ナニ……?」


と、寿太郎がたずねると、莉子が答えた。


「深津くんもわかっていると思うけど、私たちのクラスの執事喫茶も、深津くんたち映文研のドキュメンタリー映画も、亜矢がいなくちゃ、成功しなかったからね! 深津くんは、三日月祭みかづきさい本番で、執事喫茶をしたから……これから、亜矢に、私たちクラスの想いを伝える、という職務を果たしてもらいます」


 フンッ! という鼻息すら感じられそうなドヤ顔で語る、いつもは穏やかな性格の彼女に同調し、一方の奈美は、いつでも、テンションの高い、もうひとりのクラスメートも、相変わらずの口の悪さを発揮する。


「そうそう! ナニもしていないふりして、最後に美味しいところを持っていける大役だよ! 二学期まで、深津でも成功するように、ウチらがフォローするからさ……」


 クラスメートを三軍呼ばわりした上に、という表現まで追加する彼女の言葉に、苦笑しながら、


「別に、教室内でくすぶっていたつもりはないんだけどな……」


と、反論しつつ、寿太郎は


(クラスのものに参加できなかった償いになるなら……)


そう考え直して、彼女たちの提案を受け入れる。


「わかった……とりあえず、そこの執事服に着替えればいい?」


 ふたりに確認すると、いつもと違って、すっかり前のめりなノリになっている莉子が、得意げに語る。


「どれでもイイってわけじゃいよ! もう、夕方の時間だし、晩餐会の時間には、イブニング・コートとも呼ばれる燕尾服を着用するのがマナーらしいよ? 『日本執事協会』のホームページにも、そう書いてあるって、亜矢が言ってた! それに、深津くん専用の執事服は準備しているからね」


 彼女のその言葉どおり、彼が手渡された燕尾服は、他のクラスメートが着用した形跡はなく、まっさらなままだった。

 すぐに、高等部の制服を脱ぎ、着替えを始める。

 ノリの効いた真っ白なホワイトシャツは、オレの上半身にピッタリとフィットし、黒のパンツも足の長さにバッチリ合っていた。

 礼装として使われるという黒の蝶ネクタイとベストを着用し、ふたつに割れた長い裾のジャケットを羽織る。

 着替えが終わると、さらに、


「はい! せっかくだから、小物も忘れずにね!」


と、懐中時計(100均ショップに、税別500円で売っていたらしい)と、白の手袋を手渡された。

 最後に、ピカピカに磨かれ、顔が映るほどの光沢を持った黒の革靴に足を滑り込ませる。

 姿見用の鏡がないので彼自身は、全身の姿を確認できないのだが、ふたりからの、


「おぉ〜、思ったとおり、バッチシ決まってるじゃん!」


「うん! ちゃんと着こなせてるよ、深津くん」


という称賛の声を信じて、準備が整ったことを確信し、


「ふたりとも、ありがとう!」


と、礼を述べたあと、いちばん気になっていることをたずねる。


「ところで……瓦木さんに、自分たちの想いを届けるって、具体的にナニをすれば良いの?」


 彼の問いかけが意外だったのか、ふたりは、顔を見合わせたあと、クスクスと笑い合い、莉子が告げる。


「あれだけ思い入れタップリの動画を作っておいて、いまさら、私たちが言うまでもないことだと思うけど……亜矢に会ったら、深津くんが感じている亜矢への想いを伝えるだけでイイんだよ……」


 その答えに、少々、面食めんくらいながらも、彼女たちの言わんとする意図は伝わったので、ゆっくりとうなずきながら、


「そっか……彼女は、まだ、ステージの前にいるかな?」


移動する前に、亜矢の居場所が気になってたずねると、莉子が答える。


「う〜ん、もうステージには、いないんじゃないかな? 学内にいるとしたら、映文研で活動していた思い出もあるし、視聴覚教室の近くにいるかも?」


「それな! あと、高須不知火たかすしらぬいが言ってたサプライズ企画も、視聴覚室からなら、バッチリ見えると思うよ!」


 一方の奈美は、不知火しらぬいが言っていたの内容について、なにか知っているようである。

 そして、亜矢の居場所を予想した彼女は、最後に小声で寿太郎に耳打ちをしてきた。


「わかった! ありがとう! 視聴覚室に行ってみる」


 寿太郎は、ふたたび、ふたりに礼を言ってから、スマホを燕尾服のポケットに忍ばせ、執事喫茶の余韻が残る教室をあとにする。


「深津くんの亜矢への想いを伝えるだけでイイんだよ……」


 普段は温厚なクラスメートは、そんな助言をくれたが、もうひとりのクラスメートが言うように、これまで自分が、一軍トップクラスの女子を相手に、彼女たちの期待どおりの活躍ができるのだろうか?


 ブレイクダンスの実践において、映文研のメンバーから戦力外通告をくらったように、身体を動かすスポーツなどとは無縁で生きてきた自分にとって、人生で初めてかも知れない大舞台で、サポートをしてくれた人たちの期待に応えられる自信はなかったが――――――。


 莉子が、最後にささやくように伝えれくれたアドバイスを信じて、自分たちは、自分たち映文研の根城ねじろである視聴覚教室に向かった。

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