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第1章〜元カレを見返すためにクラスの三軍男子をスパダリに育てることにします〜⑬

 ネット・スターの悲劇〜瓦木亜矢かわらぎあやの場合〜


 視聴覚室のドアをノックすると、室内から漏れ聞こえてきていた雑談の声がピタリと止まって、しばらくして、ドアを開くとともに、気だるげな声と表情で、同じクラスの深津くんが


「は〜い、どちら様?」


と、応対してくれた。しかし、彼の声と表情は、わたしたち三人の姿を見たとたん、一変する。


「か、瓦木かわらぎ……さんに、樋之口ひのくちさん、名塩なじおさん?」


 うわずった声色と目を丸く見開いた表情は、それだけで、自分たちの訪問が彼に衝撃を与えたことを物語っている。

 クラス内……いや学年全体のの本拠地に、クラスの中心人物である三人が訪ねてきたら、そりゃそうなるよね、と考えながら、心の内を表に出すことなく、わたしは、口角をわずかに上げて微笑をたずさえ、(クラブ名以外は)五分前と寸分も違わない言葉で、(表向きの)訪問の理由を伝えた。


「いま、わたしのSNSで、同級生の美容意識について調査してるんだ! 良かったら、映像文化研究会の人たちにも、調査に協力してもらいたいんだけど――――――」


 ただ、さっきとは違って、説明の語尾が、少しずつトーンダウンしていく。

 それは、わたしの言葉が終わるか終わらないかのうちに、室内から、


「ん? 瓦木に、樋之口に、名塩だって? 三年一組の一軍女子さまが、映文研になんの用だ?」 


という声が聞こえてきたからだ。


 その声の主が、高須不知火たかすしらぬいであることがわかると、わたし自身だけでなく、わたしの後ろで視聴覚室のようすをうかがおうとしているリコとナミにも緊張が走るのがわかった。

 それでも、わたしは、学内一の奇人の登場にもめげず、相手に、と思われないギリギリのレベルで小首をかしげて、最後は、ややうれいを帯びた(以下略)で、


「あっ、忙しいところにゴメンね……良ければ、中で少し詳しい話しをしたいんだけど、ダメかな?」


映像文化研究会の代表者にたずねてみる。

 しかし、目の前の映文研部長は、わたしたち三人を目にしたときとは違って、特に動揺した素振りを見せることもなく、部員たちにたずねる。


「なんか、うちのクラスの女子が、美容に関するアンケートをしたいそうだが、部屋に入ってもらってもイイか?」


 彼の問いかけに、


「おう、構わないゾ!」

「大丈夫で〜す」


と、高須不知火を始めとして、下級生らしき男子が応じた。

 わたしは、内心で深津くんに対して、


(わたしの全力の《|魅了《チャーム》》の表情で動揺しないとか、ナンなのコイツ?)


と、心のなかで悪態を付きながらも、表情に出さず、


「ありがとう! お邪魔しま〜す」


と言って、リコとナミのふたりを伴って、視聴覚室に入室する。

 室内には、深津&高須の三年生コンビの他に、下級生と思われる四人の男子生徒が集まっていた。


「うちの研究会に女子の生徒が来るなんて、高等部に進学して以来、はじめてッス」


「先輩たち、今度は、女子を相手に、ナニやらかしたんですか?」


 下級生の中でも、比較的背の高いふたりが、口々に映文研の現在の評判をうかがわせるような発言をする。

 その言葉に、うんざりしたようすで、返答しつつ、深津くんは、わたしに言葉をかけてきた。


「いま、アンケートかなにかで訪ねてきたって言ってただろ? 瓦木さん、悪いがこの口に悪い後輩たちに納得してもらうために、詳しく説明してくれないか?」


 彼の言葉にうなずき、軽く咳払いをしてから、わたしは、映文研のメンバーに語り始めた。


「わたし、SNSで洗顔や美容に関する商品を紹介させてもらってるんだ……でも、わたしだけじゃなく、男子向けの動画作成に困ってるヒトが多くてね。そこで、学内の色んなヒトに、洗顔や美容に関する意識調査のアンケートをして、それを今後の配信に生かしていこうと思ってるんだ。そこで、映文研のみんなにも協力してもらいたいなって考えてるんだけど――――――」


 ここで、再び、と思われないギリギリのレベルで小首をかしげ(以下略)の表情で、(表向きの)訪問理由を説明すると、そこに口を挟む人物がいた。


「いやいや! 意識調査もナニも、この部屋に居るオトコ連中は、オレをはじめ、美肌や髪質どころか、ヘアスタイルすら意識せずに生きてきたようなヤツらだぜ? 可能なら、オレたちの方が、瓦木たち三人に、アドバイスをもらいたいくらいだ!」


 皮肉交じりに言葉を挟んできたのは、高須不知火たかすしらぬい

 深津くんも、いつも一緒にいる友人の言葉に無言でうなずいている。


 普段なら、その横柄な言動には、カチンと来ているところだが、高須くんが言った



という一言を、わたしは、聞き逃さなかった。


「もちろん、協力してくれたら、わたしたちの方でも、アドバイスをして、具体的に色々な商品を使ってもらったり、オススメのヘアセットなんかも紹介させてもらうよ! そうだな〜、できれば、わたしたちと同じ三年生がイイんだけど〜」


 そう言って、深津くんの方に視線を向けると、続いて、室内にいた十人のうち、ひとりを除く視線のすべてが、彼に注がれた。


「ハァ!? みんなして、なんでオレを見てるんだ? 頼まれたってオレは、やらね〜ぞ!」


「いや、これは、ドキュメンタリー作品の素材として、格好のネタだぞ! 瓦木は、同世代の女子に影響力がるんだよな? 『冴えない男子をインフルエンサー女子が磨きあげる!』これは、面白いじゃね〜か! バズる要素も満載だ!」


 まさか、学内一の奇人・高須不知火たかすしらぬいに同意してもらえるとは思っていなかったが、彼のリアクションは、映文研のメンバー全体を見渡しても、おおむね共通しているようだ……ただ、約一名を除いて。


 その反応は、わたしにとって喜ばしいことだったけど――――――。

 それでも、ひとつだけ気になることがある。


 そのことを思案していると、何事にも物怖ものおじしないタイプのナミが、わたしに代わって、映文研のメンバーにたずねてくれた。


「これは、好意的な反応と考えて良いのかな? ところで、ドキュメンタリー作品の素材って、どうゆうこと?」


 ナミのいや、わたしたちの疑問に、部長の深津くんが、やや面倒くさそうなようすで答える。


「あぁ、映文研では、十一月の三日月祭みかづきさいと、『映像甲子園』っていうコンクールに向けて、作品を作る予定なんだ。いまは、その企画会議をしてるところだ」


 なるほど――――――。

 彼の説明に納得しつつ、願ってもない幸運に、喜びを隠しながら、満面の笑みで申し出る。


「それなら、ちょうど良かった! ぜひ、その作品に協力させて!」


「いや、しかし、いきなり言われてもな〜」


と、ひとりだけ深津部長は渋い表情をしているけど、そんな彼に高須副部長が声をかけた。


寿太郎じゅたろう、ちょっとイイか? 外で話し合おう。浜脇と安井、ふたりは、しばらくの間、瓦木たちの相手を頼んだぞ!」


 彼は、そう言い残して、クラスメートの首を腕で抱え込みながら、視聴覚室の外へと消えていった。

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