「スポーツ祭?」
「そ」
首を傾げる甘利に、俺は頷く。
有名学校行事の一つ――スポーツ祭。
スポーツに力を入れているこの学校では、文化祭よりも盛り上がるイベントで、文芸部も関係なしに全員三種目までの参加が義務付けられている。そんな俺たち文芸部からすれば地獄のようなイベントが待ち受けているのに気が付いて、何となく話を振ってみたのだ。
「お前陸上部だろ? したらリレーとか出れないじゃんか」
「先輩が俺の事を知ろうとしてくれてる、ってことですか……!?」
「いや、お前が出る競技には出たくねーなと思って」
「え゛っ」
ガン、とショックを受ける甘利をスルーしつつ、おにぎりを食む。別にそんな意図はなかったけど、甘利が面白いので訂正しようとしたのをついやめてしまった。正直、ただの話のネタだったのだが、まさかこんな反応をするとは。
(おもしろ)
「春先輩、俺の事そんなに嫌いなんですか……」
「さあ。どう思う?」
「意地悪過ぎます……っ」
びぇ、と泣きそうになる甘利。本気で泣きかねない雰囲気に慌てて「冗談だから! ただの世間話!」と首を振って答えた。泣き止んだ甘利が「そうなんですね」と呟くのを聞いて、ほっと息を吐く。……この手の冗談は今後やめておこう。大の男が泣くところなんて見たくないし、何より下手に見た目がいいから罪悪感が半端じゃない。
(こいつのファンもどこで見てるかわかんねーし、俺も命は大切にしたい)
念の為甘利の手に飴ちゃんを握らせれば、「食べさせてください」と手ごと掴まれた。つい「バカなこと言うな」と軽く殴ってしまったけど、大丈夫だろか。夏生がこの前「そういえば甘利にはファンクラブがあるって聞いたが、本当か?」なんていうから、気になってしまう。
(つーか俺に聞かれても知らねーし)
「そうですね。一応玉入れとか騎馬戦には出るようにお願いはされています」
「お願い? って、自分で決めてるんじゃねーの?」
「はい。俺、正直どの競技にも興味ありませんし、みんなが出たくないものでいいかなって」
「あと俺、結構身長あるみたいなので」と甘利は自分の額辺りに手を翳す。……確かに甘利は結構、いや、かなり身長が高い。
(そう考えるとなんか、腹立ってくるな)
こっちはまだ百七十も行ってないっていうのに……!
「春先輩?」
「くそっ、二十センチくらい頭削れればいいのに」
「先輩っ!?」
「俺なんかしました!?」と泣きそうになる甘利を余所に、俺はおにぎりを口に放り込んだ。あーくそっ。
(明日から牛乳飲も)
ズズズ、とレモンティーを飲みつつ、甘利を見る。未だに涙目になっている彼は、唸り声を上げると「先輩は?」と問いかけてきた。
「何が?」
「スポーツ祭。何に出る予定なんですか?」
甘利の言葉に眉を寄せる。
(こいつ、言ったら絶対に同じ競技にするだろ)
少ないとはいえ、練習は全学年合同だ。つまり、普段なら別の授業をしている時間に同じ授業を受けられると言うこと。甘利は一年だし、知らないだろうと思っていたが、血走る目がこいつが知っていることを証明している。
(わかりやすすぎるだろ! つーか練習で何するつもりだばか!)
こっちはこの前のキスも許してないんだぞ!?
「そりゃあお前、百メートル走とリレーに決まってるだろ」
「両方とも俺が出れないやつじゃないですか!」
「当たり前だろ、バーカ」
ぎゃんっと泣き喚く甘利。相変わらず元気で何よりである。
べっと舌を出してやれば、「っ、可愛いことしないでください!」と叫ばれた。意味がわからない。
レモンティーの最後の一口を飲み干してパックを袋に投げ込めば、予鈴が響いた。騒ぐ甘利を置いて、俺は教室を出る。午後にも部活はあるし、二時間くらい鍵かけなくても大丈夫だろ。
響く甘利の唸り声を聞きつつ、俺は次の時間の話し合いの時間でどうやって希望の競技を勝ち取ろうかと、思考を巡らせていた。
「最悪だ……」
(まさか借り物競争と騎馬戦に出ることになるなんて)
ズーンと重い空気を背負って、俺は机に突っ伏す。黒板にはついさっき決められたばかりの割り当てが書かれていた。
(借り物はともかく、よりによって騎馬戦とか……)
まさかくじ引きで一番に引くなんて思いもしなかった。周りの嬉しそうな反応も含め、余計に腹が立ってくる。
「ぁあああ゛ああ゛〜」
「うわっ、何ソレ。どっから声出してんの?」
「うっせ」
ドン引きする秋人に、俺は悪態を吐く。何に出るのかと問えば、玉入れと借り物競争だと告げられた。くそ、比較的楽な種目になりやがって。
「交換しろ、馬鹿」
「え? いやだけど」
「うぜー」
満面の笑みで即刻拒否する秋人。女子たちの視線が突き刺さってくるが、生憎もう慣れている。
(人気者はどんな時でも人気だな)
まあ、巻き込んで来なけりゃなんでもいいけど。
「何? そんなにやりたくなかったやつでもあるの?」
「いや、そうじゃねーんだけど……」
「ふーん?」
首を傾げる秋人に、俺は眉を寄せる。不思議そうな顔をする彼に何となく居心地が悪くなり、視線を逸らせば「あ、もしかして後輩くんと被った?」と笑われた。
「何でわかるんだよ!?」
「うわ。マジなんだ?」
「っ〜、! カマかけやがって……!」
「あはは。わりーわりー」
怒りに拳を震わせていれば、「ごめんって」と苦笑いしながら謝ってくる。でもその顔は全く悪いと思っていない。
(ったく、ヘラヘラしやがって……!)
ムカつく。
「ていうかさ、春ってそんなに後輩くんと仲悪かったっけ?」
「あ?」
「もう、怒んないでよ」
申し訳なさそうに眉を下げる秋人に、「もう怒ってねーよ」と言って座り直す。それよりも、さっきの秋人の言葉の意味の方が気になった。
「仲悪いって、何でそう思うんだよ?」
「いや、だってさっきの反応からして、同じ競技に参加したくなかったんだろ? それって嫌いだから以外に何か理由があんのかなって」
「あー、いや。別に……」
「ふーん。じゃあ、ラブラブ過ぎてってこと?」
「あ゛?」
「ジョーダンだって」
ヘラっと笑って両手を上げる秋人に、俺は眉を下げる。学ばないな、こいつは。ついさっきも似たようなことしたくせに。
(そもそも学ぶ気がないんだろうけど)
そう考えると、いつしか痛い目を見そうで友人としては心配になってくる。まあ、その時は俺も嬉々として突っつくだろうけど。未だ笑みを浮かべる奴に「もう揶揄うなよ」と釘を刺せば、「はいはい」と返ってくる。こいつ、マジで痛い目見ないかな。できれば今すぐにでも。
「おーい、秋人ー! ちょっと来てー!」
「おー、今行く」
クラスメイトの声に、秋人が立ち上がる。「それじゃ」と手を振っていく彼の行く先には、隣のクラスの女子が立っていた。顔を赤らめているところを見るに、何の呼び出しかは明白だろう。
(相変わらずモテんな、あいつ)
「……」
「夏生?」
ふと、視界に入るもう一人の友人の姿に、俺は首を傾げる。俺に背中を向け、彼は秋人が消えて行ったドアをじっと見つめている。
(何か用でもあったのか?)
確か夏生も秋人と同じ玉入れに参加する予定だったはず。もう一種目は何だったか忘れたけど、もしかしたら何か伝言があったのかもしれない。
(まあ、放課後一緒に帰るだろうし、放っておいてもいいか)
それよりも俺は今後の練習をどう乗り切るか。そっちの方が大切である。――だって。
(あいつ、俺がいるって知ったら絶対一緒に組もうとしてくるだろ!)
ただでさえ公開告白で変な風に目立ってるのに、そんなことになったら噂に拍車がかかってしまう。俺は出来るだけ平穏な学校生活を送りたいのだ。今までは『可愛い後輩の可愛い失態』みたいな感覚で流されてきたけど、今回ばかりは本当に俺の生活が破綻する可能性がある。というか、俺だって普通に彼女欲しい。
(こうなったら、練習中はあいつとはとことん接触しないようにしなくては……!)
甘利には悪いが、俺の平穏な学校生活のためだ。協力してもらおう。
俺は拳を握りしめ、固く決意を新たにした。
――はずなのに。
「なあ、青井。お前それ重くねーの?」
「めちゃくちゃ重いです……」
背中に引っ付く甘利の存在に、俺はヒクリと頬を引き攣らせた。
(どうしてこんなことに……)
俺はただ、平穏な学校生活を守るため、甘利に「練習中は極力話しかけないでくれ」と言っただけだ。ちょっと言い方はキツかったかもしれないけど、それはほら、言葉のあやというか。何となく察して、裏を読んで納得してくれるもんだと思っていた。
だが現実はどうだ。練習でグラウンドに集合した瞬間、背後を取られた挙句、脇の下からずっぼりと手を入れられて抱きしめられている。二十センチ近く差があるからか、寄りかかってくる甘利は重いし、背中は暑いしで最悪だ。
(そして突き刺さる視線)
俺はどうしたらよかったのか。出来る事なら教えてくれ、神様。
「おーい、騎馬戦組ー。そろそろ練習始めるぞー」
「まずはチームを決めてくぞー」と三年の先輩の声が響く。その言葉に、俺はハッとした。
(チーム決め、だと……!?)
まずい。このままでは甘利と同じチームになるのは避けられない。だってそうだろ、こんな状況だし!
「おい甘利っ、ちょっと離れろって」
「嫌です」
「チーム決めの間だけでいいから!」
「絶対嫌です」
「この……っ、イヤイヤ期かお前!」
そういうのは小さい子供で卒業すんの! 図体のでかいお前がやったところで可愛くねーだろうが!
わなわなと両手を震わせる。腕を引き剥がそうとしても、とんでもない力で対抗され引き剥がすことができない。それどころか余計に強くなり、モジャモジャの頭が肩に擦り付けられる。
(髪うぜー!)
動くたびに頬を掠める癖っ毛に、苛立ちが込み上げてくる。いっそのこと丸刈りにしてこい、イケメンが。
(って、言ってる場合じゃない!)
早くこいつを引き剥がさなくては。同じチームにだけはなりたくない。なんか色々とやばい気配がするし。
体を捻って甘利の肩をぐぬぬぬ、と押す。擦り寄ってくるでかい駄犬と奮闘していれば、ふと司会をしていたリーダーの先輩と目が合った。茶髪の短い髪をセットしている端正な顔つきの彼は、どこかで見たことがある。
(あっ、そうか! サッカー部キャプテンで生徒会役員の……!)
名前はわからないが、強豪校のサッカー部のキャプテンで生徒会にも所属している彼は、学校では結構な有名人である。そんな有名人と目があって避けられるかと問われればーー答えは否。
驚いたように俺たちを見る彼に、ぎこちなく会釈をすれば、にっこりと笑みを浮かべられた。巫山戯ていると思われたのかとヒヤヒヤしたが、どうやらそうではなさそうだ。ほっと息を吐いたのも束の間。近寄ってくる先輩に、俺は無意識に身構える。……何故だろうか。
非っ常―に嫌な予感がする。
「ねえ、君たち。何年生?」
「うぇあ、はいっ! えっと、に、二年です。あ、その、こいつは一年で」
「へえ。学年が違うのに仲が良いんだね。幼馴染? 部活が一緒とか?」
「あ、いえ。特にそういうわけではなくて……」
「そうなんだ」
にこりと笑う先輩に、ひや汗が流れる。
(な、何なんだよこれ……っ!)
まるで尋問されているかのような状況に足が震える。幽霊部員が当たり前のし写真部に所属している俺は、一学年上の先輩との関わりなんてなかったし、こうして目をつけられることもなかった。だからか、人一倍緊張している気がする。
(ていうか先輩の前でこの状況で話してるのって、失礼なんじゃないか!?)
何も言わない甘利はさらに失礼に映っていることだろう。俺に飛び火する前に何か話せこら、と甘利に視線を向ければ、こいつは何故か先輩を睨みつけていた。
(こ、こいつ……!)
バカか! バカなのか!?
変なやつだとは常々思っていたけど、宇宙一のバカだったのかもしれない。
「せせせ、先輩すみませんっ! そのっ、こいつ礼儀がなってなくて! あっと、そのっ、この状況も、俺としては何がなんだかって感じで……っ!」
「あははは。気にしないで。俺も気にしてないからさ。それより君たち結構仲良さそうだし、このまま俺たちとチーム組まない?」
「へっ?」
「君たちなら面白そうだし」
そう言って先輩は親指で後ろを指さした。そこには先輩の同級生なのだろう人が、黙ったまま小さく会釈をした。雰囲気が夏生にちょっと似ている。「どう?」と差し出される手。先輩からの誘いなんて、本来なら喜ぶべきなのだろうけどーー。
(甘利と同じチームになる上に、リーダー格の先輩と一緒とか、地獄か??)
俺はその手を掴めないでいた。今朝見た星占いのマスコットキャラが『予想外のことが起きるかも! ラッキーアイテムは折りたたみ傘だよ!』と言っていたのを思い出す。傘を持ってても受け止めきれないことって、一体どうしたらいいいんですかね。
「つまり、春先輩と一緒ってことですか?」
「お、おい、甘利っ」
突然甘利が反応を示す。その言葉の内容に嫌な予感はさらに降り積り、俺は今日初めて甘利の腕を引っ張った。嬉しそうな顔をするなぼけ。
「そうだよ」
「じゃあいいですよ。組みましょう」
「本当? 嬉しいなぁ」
先輩の手を甘利が取る。信じられない光景に、俺は先輩の前だということも忘れ、「お、おいっ!」と声を上げてしまった。
「何勝手に……っ!」
「いいじゃないですか。俺、先輩と一緒に騎馬戦やってみたいです。それに、先輩だって断れないでしょう?」
「うっ」
「大丈夫ですよ。騎馬は俺がやりますから。先輩は安心して身を任せててください」
にこりと笑う甘利に、俺は思いっきり顔を顰めた。誰のせいでこうなっているのか、どうやらこいつはわかっていないらしい。意味不明な言葉を吐く甘利に、一発殴ってやろうかと拳を作りーー俺はふと違和感を覚える。顔を上げれば「どうしました?」と首を傾げる甘利と目が合った。
(ちょっと待て)
「俺が一番上なのかよ?」
「えっ。まあ……その、先輩が一番小さいですし」
「っ、先輩!」
「うーん、確かにこのメンバーだとそうなるかな。安心して。僕たち二人ともサッカー部で鍛えてるから」
ポン、と肩を叩かれ、「一緒に頑張ろうね」と告げられる。
(さ、最悪だ……)
断たれた退路に、俺は愕然とする他なかった。とりあえず、小さいと言った甘利は後で一発殴ろうと思う。
嫌なことというのは案外続くもので。
「写真ですか?」
「そう。青井君に頼みたくてね」
顧問からの言葉に、俺は持たされたカメラを見下げる。
(え、めんどくさいんだけど)
ただでさえ騎馬戦に向けての練習で心身を擦り減らしているというのに、何でそんなことまでしないといけないのか。
「何で俺なんですか? 普通こういうのは部長がやるんじゃ……」
「私もそうしようと思ったんだけどねぇ。彼、全然部活に来ないし、君は副部長でしょう?」
「うっ」
(そうだった)
唯一の先輩で部長である彼は、写真部きってのサボり魔なのだ。学校にもあまり顔を出していないみたいだし、後輩である俺たちの中ですら留年するんじゃないかという話が持ち上がっているくらいだ。
(でも先生曰く、すげー頭いいらしいし、よくわかんねーんだよなぁ)
「もしよかったら青井君から頼んでよ。スポーツ祭の写真撮ってくれれば、誰でもいいからさ」
「ええ……」
「私はどんな写真でも愛する自身がありますからね!」
メガネを指で上げ、意気揚々と告げる先生に俺はため息を吐く。これ以上言うのも面倒なので「分かりました」と頷けば「よろしく頼むよ!」と告げて去っていく。
(先生はああ言ってたけど、普通に部長に会うとか無理ゲーだろ)
学校でも見かけないのにどうやって話をしろって言うんだ。
(前部長は何であの人を部長にしたんだか)
答えは分かりきっている。今の部長しか三年がいなかったからだ。俺は再び息を吐き出して、手に持ったカメラを見る。無駄にいいカメラは、覗き込めばきっと綺麗な景色を切り取ってくれるのだろう。それはちょっと、ワクワクする。
「あーもうっ。やるしかないよなぁ」
こんなことなら、見たいテレビのために副部長に立候補するんじゃなかった。後悔先に立たず。俺は重い気のまま部室を後にした。グラウンドからは元気な運動部の声があちらこちらから聞こえてくる。その中に甘利や先輩たちもいるのかと思うと、明日の練習が億劫に思えてきた。