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第7話

――甘利とキスをした。


(……ちがう)

甘利に、奪われた。その事実を再認識した瞬間、ブワッと込み上げる熱に顔が熱くなる。

(いやっ! いやいやいや!)

なんで男同士でそんなことしてんだ!? つーかあんなの完全な不意打ちだし、そもそも俺は良いって言ってない!

ぐわっと込み上げる熱に顔を覆って突っ伏す。がたんと足が机の足にぶつかって痛みが走る。しかし、それに構っている余裕は今の俺にはない。

(なんでき、きす、なんか……っ)

あいつの事だ。なんか変なことを考えてやったに違いない。そういう雰囲気でもなかったし、つーか俺すげー爆笑してたし!?

正直どうしてそんな行動に走ったのか、全くわからない。

「おーい。何してんだ、春ー?」

「……」

「無視か」

「……無視じゃない」

ぽつりと答えれば「何だ。生きてんじゃん」と呟いた。顔を上げればドピンクの派手な髪色に目が霞む。相変わらず派手な奴だな。

――東雲秋人。クラスメイト兼、友人の一人だ。

染めた明るい髪と両耳についたピアスが特徴的で、甘利ほどでは無いが女子に結構人気。チャラそうな見た目通り、彼女を取っ替え引っ替えしてはフラれている。間違いなくスクールカーストの上位に位置する男だ。

そんな彼がなんで俺なんかと話しているのかといえば、単に中学からの腐れ縁だからで。

「どうした? このやっさしーい秋人様が話を聞いてやらんでもないけど?」

「マジでうざい」

「ガチトーンやめろって」

わしゃわしゃと頭をかき混ぜられ、その鬱陶しさに目を細める。

(学力は下から数えた方が早いくせに)

「この俺からの誘いを断るなんて、お前と夏生くらいだぞー?」

「いや、この前隣のクラスの佐藤さんにフラれてたじゃん」

「アヤちゃんは恥ずかしがり屋さんなの!」

俺はフゥンと生返事をして、秋人を見る。それにしては断られた後、落ち込んでいたようだけど。それについては聞かない方がよさそうだ。

(つっても、相談ねえ)

相談するとして、俺は何て言えばいいのだろうか。『男にファーストキスを奪われて悩んでます』って? 冗談じゃない。そんなの話のネタにしかならないじゃないか。

「んー。もしかして、あの後輩くんだったりして」

「なっ、!?」

「お。アタリ?」

ニヤリと笑う秋斗に、俺はパクパクと口を開閉させる。

何で知ってるんだ、こいつは。そう言いたいのがわかったのか、秋人は「そりゃあ、あんだけ目立つ公開告白されてりゃあ、噂にくらいなるでしょ」と得意げに口にした。

(今すぐコイツの記憶を抹消したい)

ていうか噂ってなんだ、噂って。一体いつからそんなことになってるのか。

(いや、噂は元々されてたけど、あんまり気にしてなかったっつーか)

むしろ災難だったな的な反応が多かったような気がする。校門での公開告白は、翌日には誰もが知り得る話になっていたのだ。今更、と思う反面、やはり羞恥はあるわけで。

(そういや、俺は罰ゲームだったって誤魔化したけど、アイツはどうしてんだろ?)

甘利の言葉が嘘だとは思えない。……まあ、キス、されてるし。

思い出してしまう光景に、顔が熱くなる。いや、だって。初キスだぞ? ファーストキス。人生で初めてのキスが、あんな――。


「どうしたんだ、二人とも」

「おー、夏生」

ふと呼びかけられる低い声に顔を上げる。短い短髪を爽やかに靡かせるガタイのいい彼は、柴田夏生。秋人と同じ、中学からの腐れ縁だ。

中高と剣道部に所属しており、剣道しか頭にない剣道バカ。この学校にもスポーツ推薦で入っており、二年になって剣道部の副主将を任された。無口で無愛想なくせにモテるんだから、女子はわからない。

「実はさぁ、春がこの前の一年に悩まされてるらしくて」

「ちょっ、秋人!」

「この前のって、校門で公開告白してたっていう、あの?」

「げっ。お前も知ってんのかよ」

「そりゃあな」

おもむろに隣の席に腰掛ける夏生に、俺は頭を抱える。苦し紛れに席を指差して「邪魔になるぞ」といえば「こいつ今日休みだろ」と返された。そうだっけ。

「そういえばその子って、確か入学前にもかなり目立ってたよね」

「そうなのか?」

「ああ。陸部の推薦枠だからな」

夏生の言葉に、俺は目を見開く。開いた口が塞がらなかった。

(陸部の推薦枠って……)

うちの学校でひと際強いのが、陸上部だ。全国常連。上位を総舐めし、記録をいくつも塗り替える年があるくらいには強いのだとか。有名な監督がいるとかで生徒数も多く、推薦取るだけで将来が約束されると言われているほど。

(万一入れたとしても練習がキツすぎて辞めるやつも多いって聞くし……)

え? 何? あいつそんなところに入ってるの?? それで公開告白したわけ?

「……アイツ、馬鹿なの?」

「まあ、馬鹿なんじゃない?」

「馬鹿なんだろうな」

秋人と夏生が笑う。二人が否定しないということは、相当な馬鹿らしい。

でも弁当といい、意外とがっしりした体格といい、陸部の推薦枠なら納得できることは多い。

「そういえばそいつ、うちの寮でも有名だったな」

「あー、スポーツ寮?」

「す、スポーツ寮……?」

二人の会話に首を傾げる。スポーツに力入れていることは知っているが、それ以外はよく知らない。

「スポーツ推薦で入った奴限定で寮に入ることが出来るんだ。俺も甘利も、その寮に入ってる」

「あ。そういえばお前、寮生なんだっけ」

「ああ。今年からだがな」

夏生は元々実家から通っていたのだが、今年に入って両親が転勤になったらしい。てっきり一人暮らしでもしているのかと思っていたが、まさか寮生になっているとは。

「さえちゃん元気にしてる?」と問う秋人に、夏生が「お袋のこと名前で呼ぶな」と眉をしかめる。ちなみに父親は『ともやくん』である。

(ん? てことは、アイツの弁当って誰が――)


「春先輩ッ!!」

「!?」

ガラッと勢いよく響く扉の音に、身体が跳ね上がる。何だなんだと騒がしくなる周囲の声を聞きながら、俺はゆっくりと振り返った。

そこには息を切らせた甘利が、必死そうな顔をしてこちらを見ている。火照った頬にドキリと心音が響いた。ガシリと腕を掴まれる。

「ちょっ、!?」

「すみません、春先輩をお借りしてもいいですか?」

「待て。そろそろ授業が――」

「まあまあ! いいじゃん、夏生。次の授業は自習だから問題ないし」

「だが……」

「その次の授業に間に合えばいいでしょ?」

ねっ、とウインクを飛ばしてくる秋人。

(そんなことよりも助けて欲しいんだけど!?)

なんで送り出すみたいな雰囲気になってるのか。そもそも相談も出来てないし、解決だって出来てないのに!

こうなったら夏生だけが頼りだ。クソ真面目な夏生なら例え自習だったとしても見逃さないだろう。中学の時だって俺が自習サボったのすげー怒ってたし、今回だって――!

「それもそうだな。行ってこい、春。」

「どうして!!」

「春の事、頼んだぞ。甘利」

「はいっ!」

「俺の事は無視か!?」

ぐっと掴まれる手。甘利の表情が心なしかキラキラと輝いて見えるのは、気のせいだろうか。気のせいであって欲しい。切実に。

「行きましょう」

そう言って引かれる腕に、俺はもう観念するしかなかった。


連れてこられたのは、写真部の部室だった。

「すみません、ここしか知らなくて」と苦笑いをする甘利は、いつもと変わらない。

(もしかして昨日の事気にしてるの俺だけ……?)

それはそれでムカツクというか、なんというか。

「先輩」

「!?」

「眉間、皺寄ってます」

トン、と甘利の指先が額を突っつく。戯れのような、柔らかい指先に俺はドクンと心臓が跳ねるのを感じる。

(っ、やっぱ、無理……!)

近すぎる距離に顔を背ける。昨日の事が頭を過り、ただの後輩に変に意識してしまう。

俺は甘利の腕を払って、椅子に腰かけた。いつもと違う、甘利と向かい合うような席だ。テーブルを挟んだことで物理的に距離が出来てほっとする。……甘利が少し寂しそうに俯いているが、今は俺の心の平穏の方が大切だ。

「んで? ここまで連れて来て何の用だよ?」

込み上げる罪悪感を振り切って、問いかける。正面の椅子に座った甘利が、テーブルの上にあった俺の手を握る。

(コイツ、手が震えて……)

「あの、……春、先輩」

「な、んだよ」

「その……昨日は、すみませんでした」

小さな声で謝る甘利。下げられた癖のある髪のつむじが、目に入る。

「その、俺、本当はあんなことをするつもりじゃなくて、でも、その……耐えられなくて……!」

「耐えるって」

「っ、だって春先輩、可愛すぎるんですよ……っ!」

「はあっ!?」

(何意味わかんねーこと言ってんだコイツ!?)

ぐっと握った手を震わせながら、真剣な顔で何を言い出すかと思えば。何となく嫌な予感がして手を引っ込めようとすれば予想以上に強い力で止められた。

「だって先輩と一緒に居られるだけでもすごく嬉しかったのに、俺がわんちゃんと戯れていると嬉しそうな顔するし、子供たちに捕まった時も助けてくれるし!」

「そりゃあお前が死にそうな顔してたからだろ!」

「それに帰りだって飲み物奢るって、コンビニでココアとチョコ買ってくれたじゃないですか!」

「そんなことしてたの俺!?」

ていうか両方とも甘ったるいのよく貰ったな!? 俺なら迷惑にしか思わないけど!?

ぐぐぐ、と全力で腕を引っ張ってみても、全く動く気配がない。

(ゴリラか、こいつ!?)

それどころか余計強く握りしめられた上、上目遣いで見つめられてしまった。嫌な予感がする。

「先輩、逃げないで」

「逃がして欲しい。切実に」

「なんでですか」

「お前の目が座ってるからだよ!」

さっきまでのしゅんとした空気はどこに行ったのか。ギラギラと獲物を見るような目に、ひゅっと喉が引き攣る。正直今すぐ逃げたい。

キョトンと首を傾げる甘利に、ヒクリと頬が引き攣る。完全に無意識なのだろう。

「先輩は、俺に手を握られるの、嫌ですか?」

「は、はあ? 今のはそういう問題じゃ――」

「嫌なら、離します。けど、もし嫌じゃないなら……もうちょっと、このままでも、いいですか」

「っ」

消え入りそうなほど、小さな声で呟く甘利。その声に、俺は悪態の一つも出なかった。

(ずるいだろ、そんなの……っ)

こっちは嫌だって言ってんのに、そんな縋るような真似されたら――振りほどけるわけがない。

冷たい指先に、彼が緊張しているのがわかる。強かった手は俺が力を抜けば、柔く優しいものに変わった。

「……次の授業までだからな」

「! はい」

ぶっきらぼうに答えれば、嬉しそうにはにかむ甘利。その笑顔が驚くほど甘くて、温かくて――。

(……胸やけしそう)

甘い雰囲気に、俺は出来る限り甘利の方を見ないように視線を逸らし続けた。


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