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第2話

甘利を引き連れてやって来たのは、文化部の部屋が並ぶ第二棟の一角だった。

「ほら、入れよ」

「ありがとうございます」

ガラリと扉を開け、甘利を招き入れる。甘利は珍しそうに周囲を見渡しており、中の備品に興味津々に視線を向けていた。まるで初めて人の家に来た犬のような反応に、つい笑ってしまう。

真ん中には、八つの机を繋げて向かい合わせになっている席がある。まるで会議室の机のようだ。適当に腰かければ、甘利は俺の正面に荷物を置いた。

「先輩、ここって?」

「写真部の活動場所」

「写真部……」

「人のいないいい場所ってここくらいしか思いつかなかったんだよ」

「嫌なら出てっていいぞ」と告げれば、甘利はブンブンと必死に首を振る。そんなに必死にならなくてもいいのに。ふは、と吹き出せば、甘利は持ってきた鞄を漁り出した。出てきた弁当箱にぎょっとする。

(でかっ!?)

まるで重箱のような弁当箱だ。しかもこの大きさ、完全に二段弁当だろう。

甘利が慣れたように包みを開ければ、大きな弁当箱の上に更におにぎりが三つ乗っていた。おかずが白米に埋もれず、飛び出している。卵焼きにウインナーに、唐揚げだ。

(こいつ、めちゃめちゃ食うじゃん!?)

驚く俺をよそに、パカっと開けられた蓋。中には鶏肉やブロッコリーを中心に色とりどりのおかずが入っていた。

(め、めっちゃアスリート飯って感じ……!)

素人が見てもわかる、バランスのいい食事。そういえば昨日、コンビニに行った時に弁当を見て「小さいんですね」と言っていたのを思い出した。その時は何の話か分からなかったが、甘利の弁当を見た今は理解できる。

「春先輩? どうかしましたか?」

「え、あ、いや。何でもない」

「? そうですか?」

首を傾げる甘利に、俺は引き攣る頬で笑い返す。……弁当であれなら普段どれだけ食ってるんだ、コイツ。

箸を取り出し、行儀よく手を合わせた甘利は「いただきます」と告げると箸を動かし始める。その様子を横目に、俺も食べかけのおにぎりを取り出した。

ぱくりと食めばと、パキリと海苔が割れる音がする。

(うんま)

いつもパンばっかりだけど、やっぱ米もいいよなぁ。

「……」

「……じろじろ見んなよ」

「はっ! す、すみません……っ」

完全に無意識だったのだろう。ちらりと甘利を見れば、慌てた様子で弁当を掻き込んでいる。そんなに慌てて食わなくてもいいだろう。「喉詰まらせるぞー」と揶揄えば「っ、子供じゃないんですから」と赤い顔で返された。

(顔がいい奴はどんな顔をしても様になるんだな)

じゅーっとパックジュースを吸い込む。頬を膨らませて食べる甘利は、まるで餌を与えてもらったわんこのようだ。

「先輩?」

「んぁ? なに?」

「あ、いえ。何か食べたいものでもあるのかと思って」

「? 別にねーけど」

「え?」

えってなんだ、えって。

変な奴だな、と首を傾げれば、「だって」と甘利が呟く。

「すごい、見て来るので」

「? あっ」

甘利の言葉にブワッと熱が上がる。

(やっべ、そんなに見てたか俺っ!)

熱を持つ顔に咄嗟に視線を逸らす。「わ、わりっ」と謝れば「い、いえ」と首を振られる。後輩の顔をじっと見るとか、何してんだ俺っ!

大きく深呼吸をして、俺は再びおにぎりに噛みつく。食べ終えた包装をぐしゃりと握り潰して、袋の中に突っ込んだ。もう一つのおにぎりを取り出し、無言で食う。

静かな教室には時計の針の音と、他の生徒たちの声が聞こえて来る。

(なんか、よくわかんねー緊張感が……)

「春先輩、もう終わりですか?」

「あ、え? 何?」

「お昼ご飯。おにぎり二つしか食べてないですよね?」

「足りるんですか? 俺のいります?」と唐揚げを差し出してくる甘利。美味そうな唐揚げに「うっ」と言葉を詰まらせる。

(飯は足りてるけど、唐揚げうまそう……)

じゅるっと涎が出てしまう。いかんいかん。

「いや、いいって。ちゃんと自分で食えよ」

「でも」

「あとで足りなくなっても知らねーぞ」

「う゛っ」

図星を突かれたのか、唸る甘利。

(そんな顔するならあげるなんて言わなきゃいいのに)

あげたい。でも足りなくなるのは困る。うーんと悩む甘利に、ふはっと吹き出してしまう。子供みたいだなんて言ったら怒られるだろうか。

「でも、先輩にも食べてもらいたいし……」

「まだ悩んでんのかよ」

「だって、好きな人とは同じ物食べて、共有したいじゃないですか」

「はあっ?」

ブワッと上がる熱に、俺は瞬きを繰り返す。

(な、なに言ってんだコイツっ!?)

じっと向けられる真っすぐな視線に、居た堪れなさから視線を外す。それでもじっと視線を向けられるんだから、見られているこっちは堪ったもんじゃない。

(ああもう!)

俺はガサリと袋に手を突っ込んだ。

「甘利!」

「はい!?」

「手!」

俺の勢いの良さに甘利は首を傾げつつも、素直に手を出してくる。自分よりも一回り大きい手に、俺は掴んだ菓子を無造作に手渡した。

「えっ」

「やる」

疑問符を飛ばす甘利の手には、クッキーやチョコなんかの小さい物がコロコロと置いてある。実は朝に女子が特典目当てで買った菓子だからと半ば押し付けるように配り歩いていたものだ。俺は甘いものがあんまり好きじゃないし、お礼になるなら一石二鳥だろう。目を見開く甘利に「代わりに唐揚げな」と告げれば、ぱあっと明るくなる顔。

「もちろんです! あ、卵焼きもいりますか? 串カツもありますよ。あとハンバーグとかメンチカツとか……」

「肉肉しいなおい! てかそんなにいらねーからっ」

「え?」

「ああもうっ、こんくらいでしょんぼりするな! っ……卵焼きと唐揚げ! それだけで十分だからっ」

首を傾げる甘利に半ば叫ぶように告げれば、「わかりました」と満面の笑みを浮かべる。

(なんか、コイツに甘すぎないか、俺……?)

唐揚げを箸で取って差し出してくる甘利から、指で唐揚げを取って食う。行儀が悪いのはわかっているが、わざわざ自分から餌を与えてやる必要はない。目に見えて肩を落とす甘利を横目に、俺は内心溜息を吐いた。

(やってけんのかな、俺)

はあ、とため息を零せば、「春先輩」と上機嫌な声で呼ばれる。顔を上げれば、今度は卵焼きを差し出していた。能天気な顔が腹立たしくて、俺は卵焼きを指で奪い取った。残念そうに落ち込んでいるが、知ったことじゃない。コンビニでもらったお手拭きで手を拭いて、ごみを纏める。

ちらりを甘利を見れば、いつの間にかデカい弁当は食べ終わったらしく、今度はデカいおにぎりを食べていた。手元にはまだおにぎりが残っている。……お前、流石にそれは食い過ぎじゃね?

とりあえず卵焼きのお礼に何かねーかなと袋を見たが、袋にはゴミ以外何も残っていなかった。仕方ないとポケットに手を突っ込めば、小さなものが指先に触れる。

(あった)

余り物だけど、こういう時に役立つからつい持ってきてしまう。

「これ、卵焼きのお礼な」

「えっ」

「あと、あんまり食い過ぎて腹壊すなよ?」

ころんと甘利の前にそれを置く。小さな包装紙には『れもん』とひらがなで書かれていた。チャイムが響く。ビクリと肩を揺らす甘利の肩を叩いて「授業! 遅れんなよ!」と告げて、俺は立ち上がった。「春先輩!」と声をかけて来る甘利に振り返れば、ふわりと微笑む彼と目が合う。

「俺、これ好きなんです。――ありがとうございます」

「お、おお……」

「先輩も午後の授業、頑張ってくださいね」

ふんわりと笑う彼の顔に、俺は数秒固まって――慌てて視線を外した。

(あっぶね……!)

一瞬、見惚れそうになった。顔が良い奴はそういうところ狡いよな。むず痒い気持ちが競り上がってくるのを感じ、俺は足早に廊下を歩いていく。

陽の光に照らされて笑う甘利の表情が、放課後になっても頭から離れなかった。


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