日中はまだまだ強い日差しに焼かれるものの、朝夕は過ごしやすい気候になってきた。山々も徐々に色づき始めていた。金色に輝いていた田畑も、刈り入れが終わり、茫々とした大地を晒している。
「みんな! 明日は収穫祭だから、お休みよ! しっかりお祭りを楽しんでね!」
リルム王女のひと言で、これまで半年間、休みらしい休みの無かった魔法省の面々に、突然の休暇が与えられた。
午前中は古武術の稽古、午後はリルム王女の転移魔法の特訓、夜はジルギスの特訓と、毎日へとへとに疲れきってベッドに倒れ込むだけだったカイトに突然、降って沸いた休暇。
――ちょうど良かった。
収穫祭の日は、実家の宿屋は一年でいちばん忙しい。祖母と母の二人だけでは、手が足りないだろう。明日は、早く起きて実家の手伝いに行こう。
そんなことを思いながら、カイトは今日もベッドに倒れ込むのだった。
🌑
「よ! まだ机にしがみついてのかよ。飲みにいこうぜ」
諜報部のバルシアが、魔法省を訪れるのは珍しい。握った右手を口元に掲げ、ジョッキで酒を煽る仕草をする。
「耳が早いな」
「それが仕事だからな」
ジルギスしかいないのを確認し、魔法省の執務室にずかずかと入ってきた。
「それか」
ジルギスは黄色く輝く石を弄っているところだった。表面を観察したり、切り出した小片に薬品をかけたり、握りしめて魔法を唱えたり。反応を確認し、微に入り細に入り、ノートにメモをとっていく。
ジルギスが机にしがみついていたのは、バルシアが手に入れた「効果強度が二倍になる魔法石」の研究のためだった。
「何度、聞いてもわかんねーんだよな。違いが。二回繰り返すのと、二倍の威力になるのと、二倍の効果時間、だっけか。どれがどれだか」
「
「やっぱ、どれがどれだか、わかんねーや」
「ここ、テストに出るぞ」
「うへぇ……」
バルシアが真面目に覚える気のないことは明らかだったので、ジルギスは話題を変えた。
「しかし。どこかにはあると聞いてはいたが。よく見つけたな。どうしたんだ、これ」
「おっと。そこは企業秘密ってやつだぜ。そんな事より店じまい、店じまい」
「わかった、わかった」
🌒
翌朝。魔法省の面々に休暇を言い渡し、自分も時間のできたリルム王女は、お付きのガーベラ以外の誰にも明かしていない秘密の部屋に来ていた。
「ここに来るのも久しぶり。さ、時間が勿体ない。始めましょう」
「はい」
そう言うと、リルム王女は車椅子の向きを回転させて、ガーベラの方を向いた。ガーベラは、王女の足元にしゃがむと、彼女の義足を外し、特別誂えの義足に交換した。
「この訓練をされるのは、お久しぶりでございます。勘が戻るまで、ご無理はなさいませんように」
「わかってる、わかってる」
普段の義足も、特別誂えの義足も、見た目には、金のレリーフをあしらったブーツのように見える代物で、大きな違いはない。しかし、特別誂えの義足には、重力を操れる魔法石が仕込まれている。
ガーベラに支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。ふらふらと上半身が揺れるが、義足のお陰で大きくバランスを崩すことはない。
ゆっくりとガーベラの肩に置いた手を放す。
ガーベラも王女の腰を抱くように添えた手の力を少しずつ緩めていく。
ふらふらと危なっかしくはあったが、リルム王女は一人で立っていた。
「うん、立つのはまぁまぁ、大丈夫そうかな。杖を」
「もう一度、腰を支えることをお許しください」
「そうね。勘が戻るまでは、お願い」
ガーベラからは、「何も折角のお休みの日にまで訓練をなさらなくても」と言われたが、自分が皆の足を引っ張っていたのでは元も子もないと、王女は譲らなかった。
そして、ごく僅かな移動ではあったが、王女は小さく足を前に動かした。
🌓
城門での厳重なチェックを終えて、久しぶりに正規の手続きを経て城の外へ。普段、転移訓練で幾らでも城外には出ていたが、それとはまた違って、すがすがしい気持ちになる。
鼻と口から大きく息を吸い込み、城外の空気を味わう。城内にあてがわれた寮での生活が息の詰まるものだったとか、そういうことではないのだが、開放感を伴って吸い込んだ空気は格別だった。
――まぁ、結局使うんだけどさ。
「
折角の休暇。一分、一秒たりとも惜しい。カイトは人目のないことをざっと確認すると、我が家へ転移した。
「
「まぁ、カイト! どうしたの? お城でのお勤めは?」
「おやまぁ、どうしたんだい? 追い出されちまったんかい?」
「違うよ。今日は、収穫祭だからって、お休みを貰えたんだ。なので、手伝いに帰って来たよ」
「まぁ、まぁ」
「そうかい、そうかい」
カイトの母と祖母は相好を崩してカイトを抱きしめた。
🌔
収穫祭の日とあって、ランチタイムにはまだ早いというのに、一階のラウンジは、客でごった返していた。顔なじみの常連やご近所さんが、厨房にまで入って、手酌で自分も飲みながら店の手伝をしている。
カラン。
さらに新客だ。
「いらっしゃいませ!」
カイト、母、祖母ばかりか、既に出来上がっている客たちまでが大合唱で迎える。しかし、ドアを開けはしたものの、男二人は入り口で少々揉めていた。
「もう何件目だよ」
「いいじゃないか、な。な?」
逆光で分かりにくかったが、聞き覚えのある声にカイトは驚いた。
「え? ジルギスさんと、バルシアさん?」
「ん? なんだぁ、カイトが見えるぞぉ。お前、まだ未成年だろ?」
昨晩から何件もはしごして、完全に出来上がり、若干呂律のおぼつかないジルギスが言った。
「そっか。ここ、お前ん家か。ちょうどいい。よし、ここで飲みなおすぞ」
まだまだ飲み足りないバルシアが、ジルギスを担ぐようにして店内に入ってきた。相当飲んだものとみえ、アルコールの香りが充満する店内以上に酒臭かった。
「あはは、かなり飲まれてますね」
「あぁ、多分、五件目だ」
「六件目だよ」
酔ってはいても、数字には強いジルギスが横から訂正する。
「おうおう、カイト坊の知り合いか?」
「線が細そうだが大丈夫なのかよ」
男客が囃し立てる。
「きゃー! ジルギス様とバルシア様だわ! どうぞ、こちらに、こちらで一緒に!」
女客が囃し立てる。
そうして二人を加え、「ムクドリとツバメ亭」の収穫祭にかこつけた宴会は、大いに賑わいをみせた。
🌕
昼を過ぎる頃になると、ほぼほぼ満席となり、立ち飲み客まで出てくる始末だった。
カラン。
今度は女性の二人連れだった。一人は足が悪いのか、杖を頼りによろよろと歩き、もう一人がしっかりと支えている。フードを目深に被っていて、二人とも容姿はわからない。
「いらっしゃいませ!」
人数の増えた大合唱に迎えられたものの、席がない。
「足が悪いのかい? ここ、譲るぜ。座んな」
入り口に近い席に陣取っていた男たちが席を譲って立ち上がった。女二人は、小さく頭を下げてお辞儀をする。
「ダッケさん、ラインさん、ありがとうございます! どうぞこちらへ」
カイトが代わりにお礼を言って、女性客を席へと案内する。
その時、カイトは、ふわりと覚えのある香りを嗅いだ。
「おーい、カイト! おかわり!」
店の奥からバルシアに声を掛けられた。
「行きな。こっちは母ちゃんがやるから」
「うん。はい、ただいま!」
新客を母に任せ、カイトはバルシアの元へ、新しいジョッキを運んだ。
「バルシアさん、お待たせしました!」
「サンキュー、おわっと」
つい、余所見をしていたせいで、勢いよく机に置いてしまい、ジョッキからビールの飛沫が飛んだ。
「あ、すみません!」
バルシアが支払いのためにテーブルに置いた貨幣もビールまみれになった。
「どうした? カイト。疲れたか?」
「いや……、今来た、女性のお客さん……どこかで嗅いだことのある香りがするなって思って」
「なんだ、なんだ? 少年も色気づいちゃうお年頃ってか? 姫殿下に言いつけるぞ」
「そんなんじゃないですってば……あっ!」
言下に否定しようとして、カイトはバルシアの冷やかしをヒントに、はたと気が付いた。
「姫殿下だ。姫殿下と同じ匂い。プールの時と一緒だ」
「プール? どういうことだ?」
「プール」の一言にジルギスが食いついた。仕方なく、先日、宇宙服の実験をプールで行った時の事故の際、水中にいるにも関わらず、姫殿下の匂いがしたと感じたことをジルギスに伝えた。
「気のせいだろ、そんなの」
「ですよね。僕もそう思います」
バルシアとカイトが勘違いという線で手を打とうとしていた横でジルギスが神妙な顔をして黙りこんでいた。
「香り……香り……空気? 酸素が切れなかったのは……あっ!」
バルシアが勢いよく立ち上がる。
「すまん。用ができた。城に戻る」
そう言いおいて、バルシアは店を出ていった。
「おいおい、おかわり頼んだとこだってのに。すまんな、カイト」
そう言うと、ジルギスもバルシアを後を追って店を飛び出していった。
「あ、ありがとう、ございましたー」
一瞬の出来事に呆気に取られ、カイトはそう返すのが精いっぱいだった。
🌖
「今、飛び出していったの、ジルギス様とバルシア様ですね」
「そのようね。びっくり。お二人もこのお店に来てたなんて」
ガーベラはともかく、リルム王女がお忍びで来ていることは秘密にしないといけない。しかし。
「あ、やっぱり、ガーベラさんだ!」
ジルギスとバルシアが飛び出していったのに釣られ、つい顔をあげてしまったところをカイトに見つかってしまった。
「しーーっ!」
幸い、リルム王女については、バレていないようだ。休暇を貰えた付き人仲間と飲みに来たと思われたようだった。それでも、あまり目立つのはよろしくない。
だが、無理だった。
「ひ、姫殿下!」
あまりの驚きに、空気を読む余裕もなく、カイトは叫んでしまった。